3ー3
「この度は友人のイザベルが失礼を致しました。急ぎ後を追いましたが準備に手間取りまして」
クレア・ゴーダが修学院にやって来た。実に清楚かつ可憐。
奔放な夜の女王とディーに聞いていても信じられない程、優雅なカーテシーだ。
「長旅は身体に障るのでは」
「イザベルですね。……残念ながら流れてしまいましたの」
「───それはご愁傷様でした」
「───クレア」
イザベルが物言いたげに友人を呼ぶ。
「……言いづらい相手だったのよ。だから咄嗟に浮かんだフォーサイス様のお名前を、つい。まさか貴女が乗り込むなんて」
「私を知るあなたなら、こうすると分かってた筈だ」
「私たちの口論はご迷惑だわ。謝罪に来たの、後にして」
冷たいな、友人じゃないのか。イザベルは傷ついた顔してるぞ。
「こちらへの謝罪は結構。友人同士、話し合い誤解を解いて下さい」
話は続かなそうだが気まずげなふたりを置いてその場を去る。
こちらはこちらでやる事があるので、こっそり子どもらを集めた。
まずハリーに頼み事をし、みんなには念のための指示を与える。
前回のこともあり、予定外の出来事があった場合のマニュアルを作ったんだ。
夕食は簡単に済ませた。とはいえ栄養価は高い。黒パンに具沢山スープ、チーズオムレツとサラダ。
それでも不満そうな視線が突き刺さるが今はそれどころじゃない。
配膳や手伝い、何をするにも数人で動く子どもたちにクレアが微笑んで言った。
「仲が良いのですね」
「元から仲はいいんですが、俺の本のせいで怖がりになってしまって。トイレに行くにも寝るにも集団です」
ぴくりと肩を震わせ物言いたげにアデルが振り返る。許せ、年頃の美少女に知られたくはないと分かってる。
「この院も最近騒がしくてね。中にいても油断はできない」
それはお気の毒にと眉を下げるクレア。
「そうだわ、業務で大変なフォーサイス様にリラックスしていただきましょう。持参したお茶を淹れさせてくださいな。知人から貰った珍しい花茶ですの」
「や、俺はそういうの苦手で」
「そう仰らず一口だけでも。───ありがとうマリア」
有無を言わさず侍女に用意させる。見た目と異なり押しが強い。
可愛らしい風貌は舐められやすいので強くなるか、いなし上手になるか流されるしかないと思う。前世でもどれかに別れてた。
「念の為、毒味を致します」
冗談めかして言うと完璧な作法でティーカップを口許に運ぶ。
だが一口を飲んでむせてしまった。
「し、失礼を……、ごほっ、げほっ」
唇から赤い筋が垂れてきた。
「毒が!」
「クレアお嬢様!」
「どいてくれ」
指を突っ込み吐かせる。液状のものが少し出ただけだ。食欲げないと夕食はスープの具のないやつ以外断っていたしな。
「何かあったのか!? っ、クレア!?」
イザベルと子どもたちが部屋に入ってくる。
「みんな、水を大量に! イザベル、神官を!」
アーサー、ギル、アデルそしてイザベルが指示に従い走っていく。
アーサーが大きな水瓶を抱えて戻った。コップから飲ませようとするが気を失って難しい。
「失礼」言うなり水を口に含む。
「スタンレイ殿! 治癒をできる方が出払って、、!!?」
口移しに何度も水を流し込むと、横向きにしてまた吐かせる。繰り返しているうちに青かった顔に色が戻ってくる。
よかった、副教会長が来てくれた。
「院長、いったい何が!」
「毒を少量摂取しました。もう大丈夫とは思いますが、治癒をお願いします」
水浸しはなんとかしてもらおう。
寝台に運び込まれるのを見届けて一息つく。俺も濡れネズミだ。
談話室に行けばみんな揃っていた。
「な、慣れているな」
何故か目を逸らしてイザベルが言う。
「ああ……、ルベルがな」
「ルベル?」
「みんなジルって呼ぶが俺はルベル」
「だ、第一王子殿下とそんなに頻繁にあ、アレを!?」
「驚くだろ? 王子がそんなにしょっちゅう毒を盛られるなんて」
「───毒。あ、毒か、、、よかっ、いやいやいや!! 全然良くない!! なんだそれは!!」
ルベルは本当に苦労して生きてきた。何度王妃をぶち殺そうと思ったことか。
「ねえアデル」
「アーサーは分かんねえだろ」
「さすがに判ったよ」
「成程これがラブコメですか。誤解と鈍感と言い回しによるすれ違い……描けそうだ」
なんか一部で小声で話してるが聞こえない。
「なあ着替えたら? 水で乳首透けてるし」
ギルが指摘してきたが誰が気にする?
「あ? んなもん別に」
あ、イザベルがいたな。
「わわわ私は見てない!! 細身だが六つに割れた腹筋や逞しい上腕二頭筋も!!」
叫んで走って行った。騒がしい奴だ。
さてはムッツリだな、奇遇だな俺もだ。イザベルはBカップだな! クレアはもっとだけど。
バカ言ってないで着替えよっと。
「みんないるな、俺の部屋に来てくれ」
その日はまんじりともせずにいた。深夜、子どもらの寝室を確認してから女の部屋へ忍んで行く。色めいた話ならいいんだが。
「なあ、子どもたち知らないか。何人か寝台にいない」
クレアは既に身支度を整えていた。ノックをせず室内に入るのを疑問にも思わないようだ。
「何故私に?」
「騎士も侍女も来ないぞ」
既に確保してあるからな。
「考えたもんだな。イザベルを嗾けて誘導し、本来の目的を隠したあんたが来ても自然に見えるようにした。さすが悪女」
「まあ、心外ですわ」
「いくら遊んでも満たされないよな。実の兄への想いは叶いっこない」
「妄想はおよしになって。迷惑をおかけした意趣返しにしては悪趣味だわ」
中々しぶとい。
「兄の婚約者を襲わせても何にもならなかった。お兄さんは彼女を愛していたからだ」
俺の言葉に、クレアが淑女の仮面をかなぐり捨て醜く顔を歪めた。
「なんであんたが!? まあいい、もう遅いわ! あんたがのんびり私と話してる間に、あの子は今頃は馬車で遠くに」
「圧縮」
「!? きゃあああ、い、痛い!」
手加減しながら靴に圧縮をかけるキースが姿を現した。クレアは蹲り足を押さえている。指くらいは折れてるだろうが優しいもんだ。
「キース、無事か」
良かった。俺が動かず子どもたちに任せたのが思ったより堪えた。心配で心配で。
拉致を企んだ奴らは制圧済みのようだ。
「大丈夫です。圧縮を訓練していて助かりました。みんなもいたし」
「ぼくがんばった!」
「ありがとうリン。ディーとハリーも」
「過剰戦力でしたね。四名をあの縛り方で拘束してあります。片足潰してますが一応」
「つか、た。おやつ。」
亀甲縛りか…変なこと覚えないでくれディー……。ハリーの口に飴玉を放り込んでおく。力を使うと血糖値が下がるみたいだ。普段眠っている脳の部分をフルに使用しているのかも。
「な、なんで……子どもばかりなのに。おかしな子ばかりと聞いてたけど……、」
「なあ。毒にやられたら普通、騎士も侍女ももっと半狂乱になるし俺らを疑うだろ。クレア様クレアさま~って、大根役者だなあいつら」
キースが目的だったとはな。最初にハリーに頼んだのはクレアの読心だった。
かれの力は自ら教えてくれていた。濫用はしないと信じているから特に注意はしていない。俺を読んでみてくれと告げ〝俺のポトトとかゼリーとか色々盗っただろ盗ったよな〟と念じたら残念な目を向けられた。
「読み、に、くい。」
クレアの思考は固く閉ざされているという。
ハリーの能力を知っての事ではないだろうが、魔法具によるものか余程強く隠したい事があり抑えているのか。
なんにせよ彼女への警戒度を一気に上げた。
疑いを無くす為に毒を飲んでみせたのは驚いたが、気を失えばハリーの能力を避けることは不可能だ。本当はその混乱に乗じてキースを捕まえる筈が、複数人で動いてたから出来なかったらしい。
隠し事は別件だったが企みは分かったので利用し罠を張った。
生徒は三人と四人でチームにし絶対に離れないよう言い含めた。寝る時も。
「これだけは言わせてくれセンセイ。ゴーダ嬢」
「……何」
足をさすりながら赤くなった目でアデルを睨みつけている。もう猫は被らないんだな。
「俺たちは集団トイレにはもう行ってないし別々に寝てるからな! 今回のは演技。よく覚えておくように」
ズッコケるだろアデル!!
「わたしを、どうする気」
「普通に誘拐犯の手先として突き出す。逆恨みしたりまたうちの子に手を出したら、あんたが兄嫁にした事も理由も全てお兄さんに
バラすからな。腹に子どもは本当にいたのか」
知られたくない秘密を暴くのに躊躇いはなかった。うちの子に害をなす奴に同情はしない。
「ふん。ゴミの落第騎士の癖に偉そうに。子なんか邪魔だから流したわよ。ここの生徒は化け物だしゴミには似合いの場所だ、わ……、ひいっ!」
俺の怒気を制して強大な殺気が放たれる。
「せんせいを、みんなを悪く言うな!」
「リン、落ち着け」
「でも!」
「いいか、ああいうのは自己紹介乙って言う。悪口は自分の言われたくない事を言うもんだ。この女がゴミで化け物なんだよ」
「………」
「俺はゴミじゃないしリンもみんなも化け物じゃないだろ? 全然傷つかない。リンに嫌いって言われたら死にそうになるけど」
「言わないよ、だいすき」
「俺も大好きだ。リンもみんなも」
クレアからフガフガと動物の鳴き声みたいな音がする。ディーの沈黙魔法だな。
「口を開けば汚泥のような言葉を吐く、正にゴミですね。自己紹介乙」
だからディー、応用力高すぎ。
いつの間にか来ていたイザベルが呆然と立ち尽くしていた。
「クレア……、」
「役立たず! あんたみたいな女と友人でいてあげたのは私くらいなのに!」
「………」
「───それでも、今までありがとう」
絞り出すようなイザベルの声。ここに来たのも友人を思い義憤にかられてだ。利用された悔しさも見えない。
「もう会うことはないかもしれないが、……元気でいてくれ」
それだけ言って踵を返す。クレアには何も響いてはいないようだ。
慰めるべきかもだが、子どもたちのアフターケアが優先。まずは温かい夜食を作ろうか。




