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道路清掃

作者: 岡みつる

挿絵(By みてみん)


道路清掃


 今と比べると1990年までの道路は汚かった。犬の糞を飼い主が片付ける等まれなことだし、歩きタバコ、ポイ捨てタバコは普通に行われていた。道路が空き地に面しているとそこはゴミ捨て場だった。植物が植えられた中央分離帯は見た目はきれいだが、そこに足を踏み入れてみると空き缶、空き瓶だらけで足の踏み場も無かった。要するに道路はゴミ捨て場だった。



「新米、仕事の内容は分かったか、今日はA町の交差点からB町にある国道の終点までが区間だ」

「親方、歩道にあるゴミを車道に掃き出すんですよね」

「そうだ。我々が歩道のゴミを車道に掃きだす。その後清掃車がきて機械式のブラシと吸入器でゴミを吸い込む、これで歩道、車道両方きれいになるという訳だ」

「歩道にあるゴミは何でも車道に掃き出せばいいんですか」

「いや、犬猫の糞はほっといてよい。それは飼い主の犯罪行為によってそこにあるわけだから我々に何の関与もない。それはゴミじゃない」

「では死骸はどうですか」

「死骸は実は、...実は我々が手で回収して持ち帰らなければならない。死骸が清掃車に吸い込まれるとバラバラになって清掃車が汚染されてしまう。だからだ」

「他には」

「砂とか、雑草とかあるんだがこれは場合によりけりだ」

「場合と言いますと?」

「いいんだ。いいんだ。しばらくやってればこれはどうすべきかというのが雰囲気で分かってくる」

「そんなもんですか」

「そんなもんだ」

「歩道の掃き出しは車をゆっくり走らせて、ゴミを見つけたらみんなで降りて掃き出すやり方と、一人で歩道をひたすら走ってゴミを見つけたら掃き出して、また走り出す二つの方法がある。車が一台しかないからそのやり方の組み合わせが一番効率がいいんだ」

「私も一人で走るのですか?」

「君はまだ要領が分かってない。だから車に乗れ」


 親方と清掃員達はダブルキャブと呼ばれる6人乗りのトラックに乗り込んだ。



 清掃員一行を乗せたトラックは清掃区間の始点に向かって夕暮れの中を走っていく。みなこれから始まる徹夜のキツイ作業に備えて体の力を抜いてぐったりしている。やがて清掃区間の始点に到着した。トラックは黄色い回転灯を点け徐行を始めた。清掃員の視線は歩道をくまなくなめ回す。


「あそこだ、新米行け」

 親方はバス停を指差した。

「はい」

 新米はバス停に散らばった吸殻を車道に掃き出す。バスを待っている人がいるので恐る恐る掃いていると、

「馬鹿野郎、要領の悪い野郎だ」

 親方は運転席から降り、ほうきをなぎなたのように構え、肩をいからして近づいてきた。 バスを待つ人々に、「清掃のためちょっと失礼します」と言うと、皆吸殻の無い後ろの方に移動した。ただ一人だけ最前部でバスを待っていた女の子だけがその場を動かなかった。移動すると真っ先に乗れない為である。

 人がいなくなればあっという間に吸殻は車道に掃き落とされた。

 急いでトラックに戻り。再び発進。

「新米、ああいう時はどかせる工夫をしろ」

「はい、親方」



 しばらく行くと歩道一面が落ち葉で覆われていた。トラックがとまり、清掃員はみな統制良く全員が降りた。清掃員全員で落ち葉を車道に掃き出す。歩道の落ち葉が無くなると一斉に皆トラックに戻る。

「おい、新米」

「はい、親方」

「お前の落ち葉の掃き出し方はなっちゃいねえ。見ろ車道の中心まで掃きだしちまってる。 あれじゃ車が通ったとき吹き上げられて歩道に逆戻りだ」

「すみません、気をつけます」



 さらに進むと、大きな家の庭から幾本もの大木が道路に枝を張り出し、その下には落ち葉が積もっていた。

「親方、あれは掃き出さなくていいんですか」

「あれはあの家の持ち主の責任だかまわん」

 落ち葉にも所有権があるのだ。

「でも新米、X町の交差点を過ぎた辺りの落ち葉は今みてえに落ちてるが、そこは掃き出せ。その付近は役所の清掃課の課長の家があるんだ。いわれは無いが周辺住民に苦情を出されると厄介だからな」



 清掃員一行を乗せたトラックはコンビニエンスストアの前に止まり、しばしの休憩をとった。

 休憩時間が終わるころ、親方が新米に指示を出した。

「新米、あの中央分離帯の上を歩いていけ、そして空き缶、空き瓶を全部分離帯の両側に並べろ、後で清掃車が全部吸い取ってくれらあ」

 新米は道路を横切り中央分離帯に降り立った、良く見るとそこは土ではなく空き缶、空き瓶に草木が植えられているも同然だった。空き缶を拾うとまたその下は空き缶。分離帯の両側に一列に並べようとしたがとても一列で並ぶような量ではない。空き缶、空き瓶は横になると道路の真ん中へコロコロ転がっていく。並べるのも容易でない。新米は親方の雰囲気という言葉を思い出した。彼は何とかこの不可能な仕事をこなしていく。



 清掃員たちの表情は緩み始めた。もう直ぐ清掃区間の終点なのだ。

 親方はトラックを終点近くの空き地に止めた。

「今日は皆お疲れさん。おっと今日は撮影の日だったな、やべえやべえ」

 撮影とは回収したゴミの写真を取ったり、作業中の清掃員の写真を取ったりすることである。要するに役所に仕事をやった証拠として提出する写真である。

 写真の被写体にもルールがある。

 清掃員を写す場合は何名以上。顔は写らぬ様に。

 ゴミを写す場合は必ず容器からあふれんばかりにゴミを底上げする。



 今でも道路清掃のやり方は当時と全く変わっていない。しかしゴミの量は相当減っているはずである。人々の意識は変わった。犬の飼い主は糞を回収し、タバコを吸う人は皆携帯灰皿を持っている。

 どう変わったか。ゴミを公道に捨てるという行為がみっともない事だと認知されたのだ。



***



 あれから、私の職業も道路清掃員からソフトウェアエンジニアに変わった。

 私はある日、事業部長と技術部長と共に提携先の会社へ打ち合わせに行った。



 事業部長と技術部長は客先の建物から出るなり立ちタバコを吸い始めた。会議室は禁煙で何時間も打ち合わせをしていたので、ヘビースモーカーの二人には我慢できなかったのだろう。辺りは閑静な高級住宅街で歩きタバコもつつしまれるような場所である。


 雨水枡というものが道路にはある。雨水は地下に張り巡らされたパイプの中を通り河川に流れ込む。雨水枡はパイプへの入り口として設けられた穴であり、道路に降った雨水が流れ込むようにその蓋に細い穴が開いている。


 事業部長と技術部長は雑談をしながらその吸殻を隠すため雨水枡の穴に放り込んでもう一服し始めた。雨水枡の中を清掃する仕事ももちろん存在する。


 我々はゴミが本来捨てられる場所ではない所から回収し、本来ゴミが処理されるルートに移すという労力からある程度開放された。

しかし誰が開放されたのか? 何のコストが減ったのか? どう意識が変わったのか?


 道路から隠すために雨水枡の穴に捨てられた吸殻は、本当は道路の上にあったほうが清掃上の都合は良いのである。



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