Episode6『警察』
「レッド・スカルズの連中、なかなか落ちませんね。」
「そりゃそうさ、あそこには『狂人鬼』って呼ばれる女がいんだぜ。
アイツが死なねぇ限り、アイツらが落ちることはねぇ。」
「でもよ、さすがにもう限界だろ?
襲い始めてから、すでに二週間もぶっ通しで襲い続けてんだからよ。」
「正直、もう諦めて降参でもしてくれりゃ一番楽なんだがなぁ〜」
男達は酒を飲みながら、ゲラゲラと笑い合っている。
そこへ、一人の女がやって来た。
「…すみません。例の男はどちらにいるのでしょうか?」
その質問に、一人の男が反応した。
「例の男?
…あぁ〜、アイツなら牢屋の中だろ。…どうした?」
「…いえ、ありがとうございます。」
女はそれだけ聞き、背を向けた。
酔っていた男達は、女に近づいた。
「もしかしてこれから仕事?」
「…はい、命令で…」
「そんな事、後にしてよ…、俺達と楽しまねぇかぁ?」
そう言い、男は女の肩を掴もうとした。
次の瞬間、その男は宙を一回転していた。
「ドゥワッ!??」
ドダンッと大きな音を立て、地面に叩きつけられた。
「…お、お前!?」
「申し訳ないのですが、私は仕事人間ですので。」
何かを言おうとした男を遮り、女はそう言い放つと、スタスタとその場を去っていった。
呆然と女の後ろ姿を見ながら、完全に理解できずにいた。
女は牢屋のある扉の前まで来ると、辺りを見渡した。
周りに人がいないのを確認すると、女は素早くその中へと入った。
階段を慎重に降り、監視役が二人いるのを確認した。
女は一度息を整えると、階段を降りきった。
「お前、ここへ何しに来た?」
「…ミゲルさんの命で、ここを監視することになりました。」
それを聞いた二人は、顔を見合わせると、笑った。
「そうかそうか!」
「じゃ、後は頼んでもいいか?」
二人は嬉しそうにそう聞くと、答えを待たずにその場を駆け足で去っていった。
女は、牢屋にいるその男と二人きりになったのを確認すると、入口の扉にロックをかけた。
そして、その男の牢屋の前まで来ると、女は牢屋の鍵を開けた。
「…なんで捕まってるんですか……キラ先輩。」
女は深々と被っていた帽子をヒョイッと取ると、笑ってみせた。
ーーーキラ、一週間前…
気が付いた時には、すでに牢屋の中に入れられていた。
「お前…、一週間もよく寝てられたな?」
牢屋の外から、そんな事を言われ、俺はそちらに目を向ける。
そこにいたのは、大柄な黒人男性だった。
男は、トレーに乗せた食事を、受け取り口らしきところから差し出してきた。
「…お腹空いてるだろ?
美味くはねぇが、何も食わねぇよりはマシだ…、食いな。」
俺は男からそれを受け取ると、空腹に逆らえず、すぐに食事に手をつけた。
何も考えずにかきこんだせいか、食事が喉につっかえたりしたが、なんとか空腹を満たすことが出来た。
食事を終えた俺に、トレーを返すよう要求した男は、先ほどよりも、少しだけ表情が和らいでいるように見えた。
「……その目はなんだ…?…情けない俺がそんなに面白いか?」
俺は自虐混じりに、そう言った。
男は少し笑うと、受け取ったトレーを近くの机に置き、こっちに向き直り言った。
「そんな無駄口を叩けるんなら、もう平気そうだ。」
安堵したような顔に、俺は質問した。
「……あんた、俺を捕まえた奴らの仲間だろ?
…なんで優しく接するんだ?」
その質問に、苦笑すると男は答えた。
「俺はただの雇われだ。
…金のために仕事をしているのであって、人を傷付けるのは性に合わないんだよ。
自分で言うのも変だが、俺はむしろ、善人な方なんだぜ。」
笑顔でそう答えると、男は時計を確認し、「また来る」とだけ言い残しその場を後にした。
入れ替わりで、二人の男が退屈そうにやって来た。
男達は俺に見向きもせずに、二人で話し合っていた。
俺は再び横になり、次の一手を考えるのだった。
ーーー四日後…
ジョンソンと名乗った、雇われの男は、今日も飽きずに食事を持ってきてくれた。
「どうもジョンソン。」
礼を言いながら食事を受け取ると、ゆっくりと食事を始めた。
「四日前とはまるで別人だな。今は健康的な体になってやがる。」
「アンタのおかげだよ。…いつも飯を貰って、ありがとな。」
「改めてそう言われると、少し照れるな。」
そう言いつつも、まんざらでもなさそうだった。
俺はスプーンを眺めながら、彼に聞いた。
「…どうして警察にならなかったんだ?」
「警察?」
突然の質問に、彼は驚いたような声で聞き返してきた。
「…アンタはどう考えても、こういう仕事には向いてない。
それなのに、どうしてこんな事をしてるのか不思議でな。」
「…最初にも言ったろ?
俺は金のためにここで働いてるんだって…」
目を背けながらそう言う彼に、俺はしっかりと向き合った。
「金なら警察でも稼げる。それに、アンタは能力者だろ?
能力者ならそれなりの役職まで上がれる。
役職が上がれば、その分金だって増える。こんな所でちまちま稼ぐよりも安定するはずだろ?」
その返しに、ジョンソンは黙ったまま頷いた。
「確かに、お前の言う通りだ。
…ここは俺には向いてないし、金だって少ししか稼げない。
だがな坊主。」
彼は真剣な眼差しで、俺を見据える。
「…お前のいた環境がどれだけ恵まれていたのか、お前自身は知らないだけなんだよ。
…俺がいた故郷じゃ、警察なんてクソばっかだった。
平気で賄賂は受け取るわ、平気で犯罪者は見過ごすわで、俺は警察にいい印象がねぇんだ。
…産まれた頃からそんな奴らを数多く見てきた。
だから、俺は警察にはならねぇし、なりたくもないのよ。」
そこまで言うと、涙を流した。
彼はすぐに涙を拭き取ると、再びこちらへ目を向けた。
「…お前も警察には気をつけろ。
俺みたいに、大切なもんを奪われちまうかもしれない。」
「アンタみたいに…?」
彼は「しまった」という表情になり、椅子に座り項垂れた。
俺は食べ終わった食事をどかし、彼に一番近いところまで移動した。
「……話してくれないか、アンタの事。」
彼は躊躇したが、やがて離し始めた。
「…あれは二十年前のことだ。
その日は、妻と子供二人の四人でピクニックに行ってたんだ。
初めはなんの問題もなく、ただ平穏があった。
…そこに、またまた居合わせた警察が、突然拳銃を取り出したんだ。
俺は何事かと思って、そいつに聞いたんだ。
すると、『お前を殺人の容疑で逮捕する』なんて言い出しやがって。
俺はそいつに対して抗議したが、聞く耳を持たなかった。
そいつ腹が立ったのか、いきなり銃声を発砲しだしたんだ。
…弾は全部で六発撃たれたよ。
…そのうち三発が息子と、妻に当たった。
息子は首と胸に弾が当たって、即死だったと思う…。
だが…、妻の方は、お腹に一発当たってたんだ。
…それを見た瞬間、俺は我を失って、銃を撃った警察を殴り殺したんだ。
我に返った時、娘の泣き声が聞こえたんだ。
俺は急いで横たわる妻の元へと駆け寄ったよ…。
…その時、妻は言ったんだ。
『マリーだけは、護ってほしい。』と…
娘の名前はリリーだったから、最初は理解できなかった。
だが、彼女がお腹の穴を必死に手で押さえているのを見て、分かったんだ。
…彼女のお腹には、もう一人、生命があったんだって。
……それからは何も覚えてない。
気づけば、俺が妻と子を殺した犯人だと言われ、それから17年間刑務所に入れられていたんだ。
…それで分かったんだ。
…警察はとっくに腐っていて、市民を守るはずの裁判所も、警察と同様で腐っているんだって。
………だから俺は、警察になりたくもないし、政府の犬になるのなんかまっぴらごめんだってことだよ…」
彼は言い終えると、大きくため息をついた。
「…悪かった。…俺はただ…、いや…悪い。」
「いいさ、俺もこの事を話すのは初めてだったが、話したら少し楽になった。
聞いてくれてありがとな、キラ。」
ジョンソンは笑い、格子越しから手を差し出した。
その手を、俺は力強く握り返した。
最初よりも晴れやかな表情になった彼は、空になったトレーを持ってその場をあとにするのだった。
ーーーそれから二日後…
今日はジョンソンが姿を現さなかった。
監視役に聞いても、「知らない」としか返ってこなかった。
その代わり、食事を一人の女が運んできた。
「…これ、ジョンソンさんからです。」
そう言って、女は紙袋も一緒に渡してきた。
受け取る時、女が小声で話しかけてきた。
「…明日、ここへ仲間が参ります。
明日のため、今日はすぐにお休みになってください。」
それだけ伝え、彼女は去った。
監視役の男達は、彼女の視線に魅了され、ついて行った。
誰もいなくなったタイミングで、俺は紙袋を開いた。
「…ッ!!」
俺は紙袋の中にあった拳銃を取り出し、一緒に同封されていた手紙を読んだ。
『直接渡せなくて悪いな。
昨日、ボスに頼み込んで、今日と明日は休みをもらうことにした。
お前と話して、俺は肝心なことを忘れていたから、俺はもう一度希望を持ってみることにした。
貯めた貯金は一生分とはいかないが、充分満足いく生活ができるだろうから、これからは真っ当に生きてみるよ。
もう会うことはないかもしれないが、もし会ったときには、お前と酒を飲んでみたいものだ。
最後に、その銃は俺の相棒だ。
お守りと言ってはなんだが、それはお前にくれてやる。
大事に使えよ、キラ。』
『忘れていたこと』、きっと彼の中で決心がついたのだろう。
「…ありがとう、ジョンソン。」
俺は小さく感謝を述べると、俺は食事をパパッと済ませ、明日に備え眠るのだった。
ーーー現在。
「…なんで捕まってるんですか……キラ先輩。」
女は深々と被っていた帽子をヒョイッと取ると、笑った。
「モモ、…遅かったな?」
「これでも早い方です。
…情報が入ったのは昨日の早朝なんですよ?」
モモは俺の足枷を取ると、鞄から服を取り出した。
「…やっぱりお前は、気が利くな。」
「当たり前です。先輩の事は、よく知ってますから。」
得意げにそう言うと、背を向けた。
俺は感謝しながら、その服に着替える。
「モモ、レッド・スカルズの状況はどうだ?」
「あっちは大丈夫でしょう。
狂人鬼なる女性がいるようですし、それに、リリネもついてます。
まず負けることはないでしょう。」
モモはすでに服を着替えており、俺と同じように、レッド・スカルズの服を着ていた。
「……相変わらずの早着替えだな。」
「これでも、元潜入班の部隊長でしたから。」
俺はそうだったと思いつつ、ジョンソンから貰った拳銃を、ホルスターに納めた。
「どうします?もう脱出しちゃいますか?」
その問いに、少し考えた後、俺はある考えを伝えた。
「…確かに、少しリスクはありますが…、それは良い考えだと思います。
すぐにリオさんに連絡をしましょう。」
モモはそう言うと、携帯を取り出し、電話をかけた。
俺はジョンソンからある程度教えてもらったマップを、頭の中で再構築し、奴の居場所を絞った。
「…俺たちに手を出したこと、後悔させてやる。」
ジョンソン
雇われの黒人男性
警察のことを嫌っている。
妻は死に、結局お腹の中にいたマリーも死んだ。
息子は胸に弾が当たった時点で死亡。
娘リリーは消息不明。
前の話で、間違えてミゲルと書いてしまったのですが、
死んだのはミゲルじゃなく、海パンをキラに取られたギルマでした。修正しました。