Episode2『後任』
署長とリオと会話をしてから、5日が経った。
俺はモモに呼び出され、スーパーへ来ていた。
「先輩。本当にツフォーアに行くのでしたら、何か手土産を持っていかなきゃですよ!」
「別にいらないと思うが…」
「何を言ってるのですか!」
モモは俺に常識?と言いながらいろいろと買わせてきた。
ある程度の買い物を終えた俺達は、昼食を食べにイタリアンなファミレスへ来ていた。
「…本当に行っちゃうんですか?」
注文を終え、食事が来るのを待っていると、突然寂しそうな声で聞いてきた。
「あぁ、任務があるからな。」
「任務ですか…。」
彼女は俺の顔よりも、少し下の方に目を向けたまま、しばらくの沈黙が続いた。
そして、注文した食事が届き、店員が去った後、彼女は俺の目を見て不安そうに聞いた。
「その任務が終われば…、またここに戻ってきてくれますよね?」
その質問に対し、俺は少し考えた。
「…今回の任務で、すべてが終われば戻って来るさ。」
正直なところ、『暴徒化』の元凶かどうかまだわからない。
だから、もしかしたら長引く可能性も考慮し、彼女に伝えた。
その曖昧な返答に、彼女はムスッとした。
「…先輩がいないアルズ署は楽しくありません」
ムスッとした表情のまま、彼女は食事を食べ始める。
俺は彼女の言葉をよく理解していなかったが、とりあえずご飯を食うことにした。
食事を終えた俺達は、ファミレス出て車に乗っていた。
買い物の時はうるさいくらい楽しそうにしていたのに、なぜか今の彼女は、何か不服そうな表情をしている。
「モモ、俺は何か悪いことをしたのか?」
「知りません」
悪いことをしたのなら謝ろうと思ったのだが、彼女に知らないと突っぱねられた。
「えぇ…」と困惑しながら、気づけば彼女の自宅付近まで来ていた。
「………」
沈黙が続く車内に、一つの無線が入った。
ジジッ『現在、能力者がロイヤルストリートで暴走中です。
付近にいる隊員は、至急応援お願いします。』
「ロイヤルストリートか、この隣だな。」
「行きましょう、先輩!」
隣に目をやると、モモが銃にマガジンを差し込み、スライドを引いていた。
了解した俺は、アクセル全開で現場へ急行した。
ロイヤルストリートへ近づくにつれ、激しい戦闘音が聞こえてきた。
「こちら『対能力特別作戦部隊』無月キラだ。
現在の戦況を報告してくれ。」
無線でそう問いかけると、「来てくれたのか!」と歓喜の声が聞こえた。
『現在、我々の方が不利な状況である!
ヤツは街中の電力を使ってパワーアップしてる。ヤツの能力は言わずもがな雷だ、気をつけろ!』
「了解。なら俺とモモで取り押さえる。皆はもう少し耐えてくれ。」
『任せろ!』
「…行きましょう。とっとと捕まえてしまいましょ!」
俺は相槌を返し、ピストルをダッシュボードから取り出し、装填を確認する。
車から降りると、トランクからボディアーマーをモモに手渡す。
「先輩のアーマーは?」
「俺いい、お前が傷ついたらいけないから、お前が着るんだ。」
彼女は一瞬躊躇ったが、指示に従った。
俺達は正面で戦う隊員達とは反対側の道から攻めた。
慎重に進みながらも、素早く進んで、暴走する能力者の背後までやって来た。
モモは進もうとしたが、床を見て俺は止めた。
「ヤツは頭が切れるな。…地面に水を貯めてる。」
「先輩、上からはどうですか?」
モモはパイプを差しながら提案した。
少し危険ではあるが、それ以外に近づけないと判断した俺は、モモにそれを任せた。
モモは承諾し、パイプを伝って能力者の頭上へと向かった。
それを見ながら、俺は別の手を探した。
ーーー
パイプを慎重に渡りながら、能力者の放電に注意していた私は、隠れていたもう一方の男に気づかなかった。
男はスナイパーライフルをこちらに向け、撃とうとした。
そこでようやく気づいた私は、撃たれた弾丸を間一髪で避けた。
しかし、無理に避けたせいで、私はパイプを踏み外してしまい、落下しかけた。
なんとかパイプにしがみついたが、そんな私に向け次の射撃をしようとしていた。
私は一か八かにかけ、そのまま下にいる能力者めがけ落下した。
突然落ちてきた私に驚いたのか、能力者は私の下敷きになった。
痛がる能力者を捕まえようと、能力者用の手枷を腰から取り外し付けようとした。
「ウグッ!?」
先ほどまで別の所に居たスナイパーが、気づかないうちに真後ろにまで来ており、私は絞め上げられる。
足が地面から浮き、息が出来なくなる。
意識が途絶えたかけたその時、射撃音が聞こえた。
スナイパーは驚き、私を解放した。
解放された私は、気合で意識を覚醒させスナイパーの顎をめがけて殴りかかった。
顎に見事に命中したスナイパーは、その場で力無く倒れ込んだ。
私はその勢いで、水の中へと落ちるように倒れた。
「…よくやった、モモ。」
そんな私は、優しく抱きかかえてくれたのは、先輩だった。
先輩の顔を見て安心した私は、そのまま意識を落とすのだった。
ーーー5分前
俺はその水に足を突っ込んでみた。ヒザ下まで来るその水には、電流は一切通っていないことに気づいた。
「なるほどな、これはフェイクか。…だとしたら、どこかに仲間がいるな。」
そう考えた俺は、モモが伝っているパイプとは反対の方向へ向かった。
案の定スナイパーが構えていた。
俺はそいつに駆け寄り、銃口を蹴った。
その瞬間、射出された弾丸はモモより少し先の方へ飛んでいった。
「モモ!」
俺はスナイパーライフルをそいつから奪うと、もう一方に見えた光に向け射撃した。
モモは落下することで能力者を無力化した。
俺が撃った弾は、ナタを持っていた敵の仲間に命中していた。
安堵したのも束の間、先ほどのスナイパーは能力を発動し、モモの背後へワープしていた。
再びライフルを構え撃とうとしたが、弾がすでに切れていた。
俺はライフルを捨てると、ピストルをホルスターから取り出し、スナイパーめがけて射撃した。
残念ながら弾は当たることはなかったが、スナイパーが動揺したのを狙ったモモが殴りつけた。
俺はモモが前のめりに倒れそうになっているのを見て、慌てた俺は、気づけば彼女のもとへ来ていた。
俺の胸に倒れ込む彼女を抱き上げ、自身に何があったのかを考えるのを一度やめ、モモの頑張りを称えた。
「よくやったな、モモ。」
そして、能力者達は突入してきた部隊に逮捕されるのだった
ーーー
「ウ~ン…。…ここは?…」
目が覚めた私は、自宅のベッドに居た。
身体を起こすと、サイドテーブルに置き手紙があることに気づいた。
それを読んでみると、先輩の丁寧な字で書いてあった。
『ーーーモモ、お前にはもう俺は必要ない。
だから、最後の俺からの課題として、お前に対能力特別作戦部隊を任せる。
俺が留守の間、あの部隊はお前の手腕で引っ張っていけ。
そして、俺が戻ってきても、俺に頼らなくても良いような部隊にお前が育てるんだ。頼んだぞ。』
まるで後任への引き継ぎのような言い回しに、私は慌てて家を飛び出した。
向かっている場所は警察署だ。
先輩は署長の頼みで、署に住んでいるから。
10分程走り、ようやく着いた警察署にはまだ電気がついており、間に合ったのだと思った。
しかし、その希望は打ち砕かれた。
「こんな時間にどうしたんだ?」
署から出てきたのは、先輩であって先輩ではない人だった。
「ケリー先輩?どうして…」
「聞いてないのか?キラは今日からツフォーアでの任務だぞ」
「…今日?まだあと二日、三日は先の話じゃないんですか?」
ケリー先輩は何言ってんだという目で見てきた。
喪失感で、私は自宅へ変えるまでの道のりが、長く感じた。
「……どうして何も言わないで行っちゃうんですか…」
帰路にあった公園で、私はうなだれた。
すると、ポケットに入れていた携帯が震えた。
それに出る気力はすでに無かったが、仕方なく出ることにした。
「…もしもし、こちら天宮モモです…ご要件は?」
元気のない声で応対した。
「…やっぱり元気なくなってたか。」
その声を聞いた瞬間、先ほどまでの疲労が嘘のように消え去り、今度は軽い怒りが湧いてきた。
「……先輩!!」
「うるさいな…。まぁ、悪かったな。」
先輩は優しい声で、私へ謝罪の言葉を述べた。
嬉しさもやってきて、今私の感情はぐちゃぐちゃになっていたが、一つだけ質問することに決めた。
「…先輩…。本当に私なんかでいいんですか?
『対能力特別作戦部隊』は、先輩が居たから成り立っていたのに…。
私じゃ力不足だとしか…」
そこまで言うと、先輩は微笑した。
「お前だから任せれると思ったんだよ。
モモ、お前は確かに何も考えずに特攻するような奴で、欠点も多い。
だが同時に、お前にはその欠点を補えるだけの知識と、チームを引っ張っていけるようなカリスマがある。
それに、『対能力特別作戦部隊』は、お前以外まだ未熟な連中が多いだろ?
そいつらを率いるってだけでも、お前のさらなるパワーアップにつながると思うんだ。」
そこまで言うと、先輩は少し間を置き。
「…今のお前には、俺以外の頼れる仲間がいるんだ。
そいつらを、しっかりこき使え。
それが俺から出せる、最後の命令なんだ。」
その命令は、あまりにも勝手なことで、あまりにも甘い命令だった。
私は少し出かけていた涙を引っ込めて、感謝を伝えた。
「私を信じてくださり、ありがとうございます!
私、先輩の、キラさんの為にもその命令、絶対に守ってみせますから!
だから…。必ずまた、戻ってきてください!」
彼には見えていないと思うが、私は敬礼した。
そして、彼もまた、
「期待してるぞ、天宮モモ。」
服の擦れる音とともに、おそらく同じように敬礼をしたのだと分かった。
彼は笑って、電話を切った。
一人ポツンと公園にいる私は、携帯を抱きしめると、彼へ思いを馳せた。
「…どうかご無事で、キラさん。」