蛇の娘 へびのむすめ
蛇の娘 へびのむすめ
また君に会えるかな?
……真っ暗だね。なんにも見えない。
あなたの顔も、形も、わからない。
でも、声は聞こえるよ。
君の声は確かに私の耳にちゃんと聞こえている。
ちゃんと届いている。
だから大丈夫。
心配しないで。
……私は必ずあなたのところに、無事にたどり着いてみせるから。
その日、その見知らぬ場所から見上げた見知らぬ夜空は、本当に怖くなるくらいに高くて、透明で、……綺麗で、そして、なによりも本当にとても、とっても広かった。(自分の存在が本当にちっぽけなものだと思えるくらいに、大きかった)
(私のことを、心から愛してください)
……どこかで鳥の鳴いている声が聞こえる。
どこで鳴いているんだろう?
きょろきょろと周囲の風景を見渡してみても、どこにも鳥の姿は見えない。
でも、確かに声は聞こえる。
谷龍子はもう一度、今度は足を止めて周囲の風景をよく見渡してみた。そこには緑色の深い森があった。
……森は沈黙していた。
どんなに耳を傾けても、なにも語りかけてはこなかった。
鳥の鳴き声も聞こえなくなった。もしかしたら鳥の鳴き声が聞こえたと思ったのは錯覚だったのかもしれない。
そう思ってしまうほどに、森の中は静かだった。
森の中にとても寒い風が吹いた。
そうだ。今は冬だった。
そんなことをその風の寒さの中で、龍子は思い出した。
龍子はまた歩き出した。
見知らぬ森の中を。
なるべく早く。
できれば、夜になる前に、どこか安心できる場所を探さないといけない。
慣れない森の中を歩きながら(龍子は都会育ちだった。都会で生まれて、ずっと都会で育った龍子は、十二年間生きてきて、都会から出たことは今まで一度もなかった)龍子は『もしも、本当に来世というものがあるのなら、私はきっと一匹の黒い蛇に生まれ変わるだろう』とそんなことを考えていた。
龍子の美しい結んだ黒髪が、寒い冬の風の中で小さくゆらゆらと揺れていた。(それはまるで遊んでいる一匹の子供の黒い蛇のようだった)
そうやってしばらくの間、龍子が森の中を歩いていると、やがて空から冷たい雨がぽつぽつと降り出した。
龍子は足を止めて空を見上げる。
手のひらで降り出した雨を受け止めるように、龍子は「……雨だ」と一人で小さな声でつぶやいた。
龍子は森の中を小走りで駆け出した。
……どこかで雨をしのげるところはないかな?
走りながら、きょろきょろと森の中を見渡してみると、運のいいことに探し始めてすぐに、大地が盛り上がって小さな山のようになっているところに、ぽっかりと穴が空いたような、(あるいは大地が大きく口を開いているような)洞窟があるのを見つけることができた。
やった。私、ついている。
そう思ってにっこりと笑った龍子はそのまますぐにその暗い洞窟の中に入っていった。
洞窟の中はとても『ひんやり』としている。
龍子はずっと背負っていた小さな荷物を地面の上に置くと自分も洞窟の入り口のところの外の光がかろうじてまだ差し込んでいる場所に膝をたたんで座り込んだ。
ずっと歩きっぱなしだったからすごく気持ちがいい。
龍子は全身に(とくに森の中を歩くことに全然慣れていない、細くて白くて華奢な自分の両足に)疲れを感じた。
龍子は顔を自分の両手の中に埋めて目をつぶった。
龍子はその場所でなにをするわけでもなくしばらくの間、ぼんやりと静かな森の中に降る雨の音を聞いていた。
龍子はかすかに眠気を感じた。
……危ない危ない。このままだと、このままここで夜まで眠っちゃうかもしれないな。
そんなことをぼんやりとする意識の中で龍子は思った。
でも、それからすぐに(眠りにつくことなく)龍子の意識は急激に覚醒する。
それはその暗い洞窟の奥にいる、『得体の知れないなにものかの気配』を確かに龍子が感じ取ったからだった。
はっと顔をあげた龍子は真っ暗な洞窟の奥に目を向ける。
でもそこにはただの『暗い闇』があるだけだった。(得体の知れないなにものかの姿はどこにも見えなかった)
「誰かそこにいるの?」
暗い闇に向かって龍子は言った。
でも、返事はない。
……でも、確かになにかがその暗い闇の中にはいた。
なにかが確かに、そこからじっと龍子のことを見つめていた。
龍子はじっと闇を見つめる。
すると、その闇の一部がゆっくりと動き出して、龍子のいるところに向かって動いているのがだんだんと見えてくるようになった。
やがて闇の中に赤い二つの光があわられる。
その赤い光はなにものかの『目』だった。
その二つの目はじっと闇の中から龍子のことを見つめている。
ざーっという雨の降る音が聞こえる。
龍子の目はその赤い光から視線をそらすことができないできた。
やがて闇の中から龍子のいる洞窟の入り口近くの光の届く場所の中に、そのなにものかがゆっくりとその姿をあらわした。
それは一匹の蛇だった。
全身が黒い鱗で覆われている、赤い目をした不思議な蛇だった。
不気味な蛇。
いつもならすぐにこの場所から逃げ出してしまうような出会いなのに、このとき龍子はそんな蛇を見て思わず、……綺麗と思った。
黒い蛇は龍子のいるところのすぐ目の前でその動きを止めた。
龍子と黒い蛇は洞窟の中で向かい合うように、その目と目を見合わせる。
すると蛇は龍子を見てにっこりと笑った。(蛇が笑うわけないのだけど、龍子には蛇が笑ったような気がした)
蛇はじっと龍子のことを見つめていた。
龍子はその不思議な黒い蛇を目で見ながら、耳ではざーという洞窟の外に降っている雨の音を聞いていた。
「この洞窟はあなたのお家なの?」と龍子は言った。
黒い蛇はじっと(時折真っ赤な舌を出しながら)龍子のことを見続けている。
「もしそうだったとしたらごめんなさい。でも少しの間だけ、雨が止むまでの間、ここで雨宿りをさせてもらってもいいかな?」とにっこりと笑って龍子は言った。
黒い蛇は龍子のことを見続けている。
真っ赤な目。
そんな目をしている蛇がこの世界にいるなんて、龍子は今日、初めて知った。
やがて黒い蛇は目を閉じると、その場所にとぐろを巻いて眠りについた。そんな蛇の行動を見て『この場所に私がいることを蛇が許してくれた』と解釈をした龍子は「ありがとう」と蛇に言った。
それから龍子は目を閉じた。
眠ってはいけないと思いながらも、心地よいざーっという雨の音を真っ暗な闇の中で聞いていると、自然と龍子の意識は遠のいていき、龍子はゆっくりとその場所で眠りについた。
その夢の中で龍子は自分がずっと探している女の子、山根美鷹の夢を見た。
夢から覚めると、そこは暗い洞窟の中だった。
ぼんやりとする意識の中で龍子はだんだんと自分が今どこにいて、なにをしようとしている最中なのか、そんな大切なことを思い出して行った。
雨はいつの間にか止んでいた。
洞窟の奥の方に目を向けると、そこにいたはずの黒い蛇はいつの間にか居なくなっていた。
そこにはただの(とても深い、底の見えない)暗い闇だけがあった。
……私、結局寝ちゃったんだ。
思ったよりも疲れてたのかな?
そんなことを眠たい目をこすりながら龍子は思った。
それから「よし」と自分に気合を入れてから、龍子はまだ重たい体を起こして、雨宿りをしていた洞窟から抜け出して、また再び雨上がりの深い森の中を歩き始めた。
お化けの森は怖い森。
お化けの森は怖い森。
そんな不思議な歌を心の中で歌いながら龍子は深い森の中を歩いていく。
……『お化けの森』。
それはこの名前もない深い森に龍子が自分で勝手につけた名前だった。(そうやっていろんなものに名前をつける癖が龍子にはあった)
空はもうだんだんと暗くなり始めている。
思ったよりも長い時間、龍子はあの洞窟の中で眠ってしまっていたみたいだった。
蛇の脱皮
よく見ると自分の手の指や手の皮が剥けていた。
その皮の剥けている自分の手を見て龍子は『これは蛇の脱皮だ』と思った。
あるいは自分の成長の証なのかもしれないと思った。
これから私は新しい自分に生まれかわるのだと思った。……このすごく辛くて苦しくて、大変な試練の旅を通して。
そんなことを思ってしばらくの間、龍子は自分の頼りない小さな手のひらを見ながら、暗くなり始めた森の中でじっとしていた。
龍子がそうやって自分の手のひらを観察していると、そこに、手の皮が剥けていることとは違う、もう一つの変化を見つけることができた。
それは『鱗』だった。
自分の指の先の辺りの皮が黒い鱗に変わっていた。
その黒い鱗を見て、これは『蛇の鱗』だと龍子は思った。
……変化は私が思っている以上に早く訪れている。
私が完全に『本物の黒い蛇』になってしまう前に私は美鷹に会わなくてはいけない。
美鷹にあって、(人間じゃなくなってしまって、私が言葉を失ってしまう前に)ちゃんと自分の気持ちを美鷹に伝えなくてはいけない。
龍子はずっと下に向けていた顔を上げて空を見上げる。
いつの間にか、(本当にあっという間に)真っ暗になってしまった暗い空。
そんな真っ暗な星の見えない夜の空を見て、……美鷹ちゃん、今頃なにしているのかな? とそんなことを龍子は思った。
龍子は思わず足を滑らせてしまった。
「あ」
と言ったときにはもう遅かった。
暗い夜の中で龍子は自分の足元に空いていた『大きな空洞』の中に落ちていった。
落ちる。
……とても高い。
どうしてこんなところに大きな穴があいているんだろう?
この高さから落ちたら、私は助からないかもしれない。
もし助かっても、足を怪我してもう一歩も動けなくなってしまうかもしれない。
そうしたら、もう美鷹に会えないかもしれない。
そうしたらどうしよう?
はってでも、会いに行こうか?
大地の上を。
まるで、……蛇のように。
大地の上に落っこちるまでの間、その恐怖で気を失うまでの間に、龍子はそんなことを考えていた。
美鷹ちゃん。
……どこにいるの?
寂しいよ。
苦しいよ。
……ひとりぼっちはもういやなんだよ。
龍子は泣いている。
泣いている龍子は、そのまま大地の上に落っこちた。
龍子は真っ暗な闇の中で目を覚ました。
それから龍子は自分がどうしてこんなところにひとりぼっちでいるのかを思い出してみる。
……そうだ。
私は美鷹ちゃんを探して、この森の中にやってきたんだっけ。(そして間抜けなことに、地面に空いていた大きな穴の中に落っこちたのだった)
そんなことを思い出して龍子は笑う。
「よいしょっと」
そう言って龍子は重い身体を持ち上げる。(体は本当に重かった。それから、なんとなく上を見ると何故か自分の落ちてきた穴の光を見つけることはできなかった)
きょろきょろと周囲の風景を見渡してみる。
でも、なにもない。
ここにはただの深い闇が存在しているだけだった。
……美鷹ちゃん。
どこにいるの?
龍子は当てもなく闇の中を歩き出した。
自分の手を見ると、その手の指の先は、もう『人間ではなくなっていた』。
そこにあったのは『黒い鱗で覆われている化け物の指』だった。
……黒い蛇の指。
その指を見て龍子は思う。
私はもうすぐ黒い蛇になってしまう。
一匹のなんの感情も、言葉も持たない、一匹の蛇になってしまう。
人間ではなくなってしまう。
だから、その前に美鷹に会わなくてはいけないんだ。
自分の大切な目的を思い出して、龍子は強く歩みを進める。
龍子の進む真っ暗な闇の中に光はない。
それでも龍子は進む。
ただ、前に。
……前に向かって。
龍子はその日の夜、不思議な、不思議な夢を見た。
龍子は夢の中で、真っ暗な闇の中にいた。
月のない夜。
真っ暗な闇を見上げてそんなことを龍子は思った。私は今、月のない暗い夜の中にいるのだと思った。
周囲にはなにも見えない。
完全な闇だ。
龍子はそんな真っ暗な闇の中で、本当にひとりぼっちだった。
ひとりぼっちの龍子は、月のない夜の中で、泣き始めた。……それから、龍子は、ずっと、ずっとひとりぼっちでうずくまって、小さなく、丸くなって、子供みたいに泣き続けた。
美鷹ちゃん。美鷹ちゃん。美鷹ちゃん。
もう納得したはずだった。
それは、自分でもわかっているはずだった。
美鷹ちゃんはもう遠くに行ってしまったのだ。私のところには、もう二度と、美鷹ちゃんは帰ってきてはくれないのだと、……わかっていたはずだった。
でも、龍子は悲しくて仕方がなかった。
だから龍子は、真っ暗な夢の中で、ずっと一人で泣いていたのだ。
やがて、そんな龍子のひとりぼっちの夢の中にある一つの変化が訪れた。
泣き疲れた龍子がふと顔をあげると、涙でにじむ視界の中に、遠くにぼんやりと淡く光る小さな白い光のようなものが龍子の目に写り込んだ。
龍子は、あれはなんだろう? と疑問に思って、それから、なんとなく、その淡い白い光のところまで行ってみることにした。
深い闇の中を龍子はそうして、一人でぼんやりとしながら、ふらふらとした足取りで歩き始めた。
その淡く光る白い光の正体は、……一匹の白い蛇だった。
その蛇は小柄な蛇だった。(たぶん、大きさからして子供の蛇だろう)
真っ白な、闇の中でもなぜか不思議と淡く白く光る鱗を持った不思議な蛇。……その蛇はやっぱり不思議な『真っ赤な目』をして、その闇のところから、近づいてきた龍子のことをじっと見つめ続けていた。
龍子は蛇が嫌いだった。
でも、このときは不思議と全然怖くはなかった。それは、この不思議な現象が、自分の夢の中の出来事だとわかっていたこともあるかもしれないし、あるいは蛇が白く光る赤い目をした珍しい(もしかしたら縁起物かもしれない)蛇であったこともあったのかもしれないし、蛇が子供の蛇であったからかもしれないし、……あるいは、その蛇が力なく闇の中に横たわっていて、もう死にかけているような、……そんなずいぶんと力のない状態の蛇だったからなのかもしれない。
理由はよくわからない。
でも、とりあえず龍子はその白い蛇のことが気になった。
だから、じっと龍子は蛇から少しだけ距離をおいたところに立って(それでもやっぱり、いきなり最後の力を振り絞って、蛇に飛びかかられることはちょっとだけ怖かったので)その蛇のことをじっと観察していた。
蛇はぴくりとも動かずに、ただじっと、そんな龍子のことを、不思議な赤い目を向けて、……ずっと、見つめ返していた。
……やがて、龍子の見ている前で、その白い蛇に最後のときが訪れた。
その白い蛇の最後のときは、とてもわかりやすい形で訪れた。動物や爬虫類(つまり蛇)にあまり詳しくない龍子でも一目でわかった。
なぜなら、その白い蛇の全身に、いきなり、『美しく燃える赤い炎』がともったからだった。
その突然出現した炎は、白い蛇の全身を焼いた。
白い蛇は炎の中でばたばたと悶え苦しんでいた。(さっきまでぴくりとも動かなかったのが、変に思うくらいにばたばたとそれは美しい炎の中でもがいた)
綺麗。
龍子はそんな燃える白い蛇の姿が美しいと思った。
その美しい炎は、白い蛇の体を焼き続けた。不思議と、なぜか炎は白い蛇のことを苦しめるだけで、その体を真っ黒な炭になるまで、燃やし尽くすことはなかった。
龍子は真っ暗な闇の中に両足を両手で抱えるようにして、しゃがみ込んだ。
そこから龍子は白い蛇が美しい炎の中でもがき苦しんでいる姿を、しばらくの間、じっとそこから観察していた。
このとき、……龍子自身は気がついてなかったのだけど、龍子はずっと、闇の中で楽しそうに笑っていた。
龍子自身にはその龍子の笑顔は、見ることはできなかったのだけど、炎の明りに照らされた橙色の光を反射している、その顔は確かに笑っていた。
龍子がずっと自分を見て笑っていることに、燃える炎の中にいる白い蛇の赤い目には確かに、はっきりと、確認することができた。
……それを確認して、白い蛇は、その赤い二つの目から、透明な、とても澄んだ色をした清らかな、涙を流した。
……その涙で、龍子の世界は『浄化』された。
白い蛇の流した涙によって、白い蛇を焼いていた美しい炎は消えた。
白い蛇は、赤い目をゆっくりと閉じて、……その暗い闇の中で息絶えた。龍子は白い蛇が息絶えるまで、ずっと、その白い蛇の姿から目をそらすことができなかった。
白い蛇の死体は、その真っ暗な闇の中に残された。
白い蛇の体が、蛇の命が失われ、その魂がその体から離れたあとであっても、なぜか今も、真っ暗な闇の中で、淡く白い光を放ち続けていた。
龍子は闇の中で立ち上がり、ゆっくりと歩いてその白い蛇の死体に近づいて、そっと、その白い蛇の体に手で触れようとした。
……そうすれは、自分があのいまさっき自分の眼の前で息絶えたばかりの『白い蛇の死体』と完全に同化できるのではないか? と龍子は思ったのだった。
美しくなりたい。
あの、白い蛇のようになりたいと思った。
美しい炎の中で、美しくもがく、美しい白い蛇のように、……美しくこの世界の中から消えていきたいと思った。
龍子のふるふると震える指先が、ちょっとずつ、でも確実に、その白い蛇の死体に近づいていく。
……もう少し。
あと、……ほんのちょっとだけ。
そう龍子が思って、にっこりと笑ったときだった。
誰もいないはずの龍子のひとりぼっちの闇の中で、ふいに龍子の白い蛇の死体に指先を伸ばしているほうの手ではなくて、その反対側にあるもう一つの手を、『誰かがしっかりと捕まえた』。
え?
龍子は、驚いて後ろを振り返った。
そこには真っ暗な闇の中で、かすかにだけど、その『見覚えのある』女の子の手が見えた。
龍子の目にはその女の子の手だけしか見えない。
その自分の片手をしっかりと捕まえている女の子の見覚えのある手を見て、美鷹ちゃん? と龍子は思った。
するとやがて、完全な闇に支配されていた、真っ暗な龍子の夢の中の夜の中に、うっすらと淡い、綺麗な、きらきらと光り輝く粒子のような、そんな一筋の白い光が差し込んだ。
その突然の白い光は、……その闇の中にいる女の子の姿を、龍子の目に見えるように、……しっかりと、闇の中に照らし出してくれた。
白い花
大きな白い花が咲くとその中には一人の女の子がいた。
その女の子は眠っているようだった。
でも、花が咲いて少ししてからゆっくりとその女の子は目を開ける。
その女の子は山根美鷹だった。
美鷹はまだぼんやりとした表情をしたまま、大きな白い花の上にその身をゆっくりと起こした。
世界は真っ暗だった。
星はどこにも見えない。
月も探してもどこにも見つけることはできなかった。
それから美鷹は空から大地の上にその視線を動かした。
すると美鷹はその真っ暗な大地の上にある生き物の姿を見つけた。
それはぼろぼろになった黒い一匹の小さな子供の蛇だった。
そのぼろぼろになった大地の上に目を瞑り、死んだように横になっている黒い蛇を見て美鷹は「龍子ちゃん?」と言った。
その言葉は自分でもよくわからない言葉だった。
でも龍子の名前を言ってから美鷹はそのぼろぼろになった黒い蛇が自分の友達である谷龍子であると確かにわかった。
ゆっくりと大きな白い花の上から真っ暗な大地の上におりた美鷹はそのまま龍子のところまで歩いていった。
そして真っ暗な大地の上に横たわっている龍子の体を触りながら、「……ありがとう。龍子ちゃん。本当にどうもありがとう」と泣きながらそう言った。
そのまま美鷹はぽろぽろとたくさんの大粒の涙をこぼしながら龍子の隣で大地の上に座り込んで泣き始めた。
美鷹の涙は龍子の体の上にたくさん落ちた。
美鷹の心の中には二人で過ごしたたくさんの楽しい思い出が溢れて溢れて仕方がなかった。
その美鷹の涙が、強い思いが起こした奇跡だったのかもしれない。
黒い蛇はだんだんとその形を変えて、やがて谷龍子の姿になった。
そんな不思議な風景を見ていた美鷹は、それから龍子の胸にその耳を当てる。
するとちゃんととくんとくんと龍子の鼓動が聞こえてきた。
「よかった。龍子ちゃん。生きてる」
そう言って美鷹は安心したのかまた泣き始めた。
やがて泣き疲れて美鷹は龍子の隣で眠ってしまった。
だから龍子が目を覚ましたとき、そこにはずっと見たかった美鷹の寝顔があった。
あなたのことがよく見えない。
そんな日も、私にはたまにはあった。
谷龍子と山根美鷹。
二人は友達だった。
世界で一番大好きな友達同士だった。
それはとても風が強い日だった。
時刻は夕方。
世界は真っ赤な色に染まっている。
そんないつかの小学校の帰り道。
「龍子ちゃん!」
喧嘩のあとで一生懸命になって怒って先に帰ってしまった龍子に追いついて、勇気を振り絞ってそう大きな声をかかると、龍子はちゃんと美鷹のほうを振り向いてくれた。
……輝くような笑顔と一緒に。
蛇の娘 へびのむすめ 終わり