外伝 1話 埋まらない距離 ~殺人鬼まで~
外伝というものは初めて書きます。
特に本編を読んでくださった方は、ぜひ読んでやってください。
「なぁ! 見てくれよ、このテスト!」
「あはは、言ってやれ! 傑作だぞ」
俺がランドセルを漁って、テスト用紙を出した。
途端に隣を歩いていた信也が囃し立てた。
「どうしたの?」
「……マイナス点でも取ったか?」
今度は近くにいた加奈と兄さんがテスト用紙を覗き込む。
学校のテストにマイナスなんてねーよ。
「これって、一体どこが間違ってるんだ?」
俺は納得できなかった問題を指さした。
「この穴埋めって『焼肉定食』じゃないのか!?」
「あっはっは! 本物を見れるなんて思わなかった!」
信也は腹を抱えながら、空を見上げて笑う。
よし、もう許さないぞ。いくら加奈の兄でも殴り飛ばしてやる。
「……すごい」
「小テストだから、先生も冗談だったんだろうな……」
しかし、加奈と兄さんも軽く笑っているようだ。
一体、何だって言うんだ。
「あはは、仁くん。これは有名なネタ……ええと、ひっかけ問題なの」
「……そうなのか?」
加奈の説明に訊き返す。
さらに、信也と兄さんが続ける。
「正解は『弱肉強食』だ。『焼肉定食』なんて四字熟語はないんだよ」
「そう。ん? 部分点が入っている? いや、入れようとして取り消してるな」
確かに答案には三角が描かれた後、取り消し線が引かれてバツが付いている。
さらに端っこに「これ以上は無理だ……」と小さく書かれていた。
「……そうなんだよ、先生が変なことを書いてるから余計に気になってさ」
「いやお前……」
俺が首を傾げると、兄さんが神妙な口調で答える。
信也と加奈は俺の答案を眺めていた。
「……『焼』の字が間違ってるだろ」
「ほんとだ!」
「……っ」
兄さんの言葉で信也と加奈の兄妹が笑う。
信也はけらけらと、加奈は顔を背けて堪える。
「…………」
俺は答案用紙を取り戻すと、改めて確認する。
確かに、言われてみれば横の線が一本多い気がした。
つまり、先生は間違った四字熟語でも一度は部分点を入れようとしてくれたと。
だが、漢字自体が間違っていた。だから「これ以上は無理だ……」と?
俺は「ちぇ……」と気落ちしながら、答案用紙を仕舞う。
これでは何も言いようがない。どこが間違いかと言えば漢字が間違っている。
家が隣同士ということもあり、俺たちはいつも集まって登下校をしていた。
ただ、俺たちの家は坂の上にあって、学校は少しだけ遠かった。
今日も学校からの下校途中だった。四人で坂を上っている。
中学生である兄さんを少しだけ待ったので、夕暮れが近かった。
「少しは兄を見習えば?」
「……うるせーよ」
信也の言葉に俺は口を尖らせた。
少しだけ本気で気落ちしているのが分かる。
兄さんは成績優秀で、町で一番学力の高い高校への推薦もほとんど決まっていると言って良いらしい。
「あはは、あまりそういうことを言っちゃ……きゃっ」
「……ッ!」
加奈が後ろを歩く俺たちへと振り返る。
その時、坂を下って来た自転車が加奈の肩に軽くぶつかった。
俺は咄嗟に前へと踏み出すと、加奈を軽く抱き留めた。
……危ないなぁ。すでに信也は自転車へと怒鳴っている。
「大丈夫か?」
「ありがとう」
俺の言葉に加奈は小さく笑った。
ひとまず怪我もなさそうなので、手を放す。
「……あれ?」
ふと、横を見る。
兄さんも俺と同じように一歩踏み出していた。
「……なんだ、兄さんも間に合ったんじゃないか」
「……まあな」
俺が加奈を抱き留めなくても、兄さんがやってくれただろう。
兄さんに任せた方が安心だったかもしれないくらいだ。
これ見よがしに「あーあ」なんて言って見せた。
兄さんに任せれば良かった、と。
「? どうかした?」
「いや……」
兄さんは自分の足元を見て、しばらく固まっていた。
だが、俺が訊けば首を左右に振って、俺から視線を外した。
そのまま坂の途中で夕焼けを眺めている。
その姿に言いようのない不安を感じた。
兄さんのことは信頼している。
ただ、たまにこういう目をすることがあった。
兄さんの目がどこか遠くを見ている気がして――
「分からない、か……え?」
「埋まらない、な……ん?」
俺と兄さんが同時に呟いた。
声は重なって、互いに聞こえなかったらしい。
――俺たちは曖昧に笑った。
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