君はまだ、拓郎を聞いてますか
いでっち51号様主催の「私の好きな歌手企画」参加作品です。
家族との関りが、薄い方だった。
長子優遇の家の中で二番目に生まれた子どもは、自宅以外の居場所を早くから探した。
幸い、近所に祖母と従兄が住んでいた。
従兄と言っても、年は二回り近く離れていた。
スポーツも漫画も流行りの音楽も、私はこの従兄から教わった。
いろいろ問題行動を抱えた従兄だった。
もっとも私には、人生を語り芸術を論じる、面白れーお兄さんだった。
従兄はたまに、ギターを弾いていた。
古ぼけたフォークギターだった。
弾く曲もまた、古いフォークソングだった。
ギターは、従兄の父親の形見であったと後に聞いた。
従兄が好きだった吉田拓郎は、私も好きな歌手となった。
高校に入る頃、貯金をはたいてギターを買った。
手指の長さが足りなくて、ハイコードが上手く押さえられない私でも、「夏休み」と「落陽」は弾けるようになった。
せっかくなので、ギター抱えて従兄の家に行った。
従兄の前で一曲二曲、弾いてみせようかと思った。
従兄の家には、留守を預かる従兄の友人がいた。
どうやら、従兄は彼女さんと北海道に旅立ったらしい。
いつ戻るかも分からない。
なんとなく、従兄らしいと思った。
襟裳岬あたりまで行くのだろう。
もう、帰って来ないかもしれないな。
それから何年もたった。
法事のついでに立ち寄った従兄の家の庭には、子ども服が干してあった。
従兄に似た幼児をあやす、たおやかな女性がいた。
かつて従兄が北海道に一緒に連れて行った、彼女さんとは別の人だった。
もう、従兄もいい年齢になっているだろう。
尖がっていたのは若さだったのか、それとも生来の気質だったのか。
従兄は今でも、拓郎を聞いているのだろうか。
私は今も、よく聞いている。
従兄よ、私は元気です。
仮に本人が読んでも、自分とは分からない程度に脚色しています。
お読みくださいまして、ありがとうございました。
企画されました、いでっち51号様、心より感謝申し上げます。