パメラ・ウィザースプーンの親友はドアマットヒロインである。
よくあるドアマットヒロインものです。
が、ヒロインはドアマットヒロインの親友です。
パメラ・ウィザースプーンは激怒していた。
いや激怒という表現では生ぬるい。更なる上の表現が必要だった。
脳筋で知恵の回らぬパメラには語彙がない。
だが、強壮で強健な肉体は雄弁だった。
波打つ赤毛は炎のごとく燃え上がり、目は血走り、力が有り余りすぎて一歩ごとに足形が刻まれた。
鍛錬でつかっている鋼鉄製のバーベルは粉みじんになり、コメカミの血管が切れて血が噴き出した。
我慢の限界を超えた。
彼女の大親友キャシーは実家の侯爵家で虐げられまくる薄幸のヒロインだ。
侯爵家の当主であった母が死んだ直後。
婿でしかないはずの父は、何をとちくるったのか、愛人カーラとその娘サマンサを家に連れ込み。
愛人は侯爵夫人ヅラして屋敷を支配し、その娘も侯爵家令嬢として横暴にふるまった。
屋敷では連日連夜、下品な高笑いが響いた。
おほほ。おほほ。おほほ。
怪鳥が喚いているようだった。
心ある奉公人達は根こそぎ辞めさせられてしまって、今いる奉公人は全て怪鳥の眷属だ。
キャシーは孤立無援。
キャシーの婚約者であるバルドリ侯爵令息エルドリッチが頼りになればよかったのだが。
下半身男で自己中の婚約者は、サマンサの下品な色気攻撃にあっさり陥落。
学園でも婚約者であるキャシーそっちのけで、昼間からチュッチュチュッチュとエロざんまい。
キャシーは何度か婚約者に注意したのだが、「嫉妬はみにくいな!」と決めつけられるばかり。
そう言われると弱気なキャシーは何も言えず。
「……魅力がない私がいけないの……」とはかなく笑うばかりなのだ。
そのうえ、婚約者はキャシーが強く言われると逆らえないのをいいことに。
自分がやるべき生徒会の仕事までキャシーに押しつけているのだ。
パメラは、我慢強いキャシーが親友だけにこぼしてしまう哀しみを聞く度。
グヌヌと奥歯を噛みしめ、ギリギリと騒音を立てていた。
噛みしめすぎて一本にヒビがはいったほどだった。
決して前には出ないが、日陰にひっそりと咲く野菊のようにうつくしいキャシー。
すべてが慎ましく、知的で、パメラ・ウィザースプーンとは正反対。
だからこそ、パメラは、キャシーが愛しくてたまらない。
だが、パメラの家は男爵家ですらない騎士。
侯爵家であるキャシーの実家やクソ婚約者の実家になにひとつできなかった。
侯爵家に文句をつけられたら騎士階級は破滅である。
しかも、家は代々武ひとすじの脳筋だったので、知恵を使った方法など思い浮かばぬ。
理屈を立てて婚約者やアバズレをやりこめるなど、できるはずがない。
出来るのは思わずこぼれる愚痴を聞き、励ますのが精一杯。
だがただ励ましたところで何になろう?
屋敷に帰ったキャシーを待つのは地獄なのだ。
パメラは無力! 無力! 無力!
たまってゆく鬱憤を素振りを始めとする鍛錬で発散していたが、それでも間に合わぬ。
そんなわけでパメラはここんところ半年ばかり激怒していたのだ。
常に体温は沸騰し、冬でも周囲が温かいほどだ。
だが、激怒が激怒をこえて、もう激怒ですら形容できなくなった時、ついに我慢が切れた。
その切れ方は凄まじく、王都中に謎の「ブチンっ」という音が響いたほどだった。
我慢が切れると、パメラはいきなり悟った。
なんだ簡単なことじゃないか。
思いついたが吉とばかりに早速実行するのがパメラ・ウィザースプーンという女。
鍛錬に使っている巨大で分厚い鈍刀を、むんず、と掴み。
手始めに、実家で大暴れ。
家宝の壺を叩き割り。
庭の巨木を叩き切り。
取り押さえようとした両親を叩き切り――はせずボコボコにし。
半年に渡って異常な鍛錬で怒りを発散していたパメラに叶うものはない。
息も絶え絶えな父親に離縁状をつきつける。
何かを悟った表情でサインをした父親に、ほほえみひとつ残して逐電。
キャシーの実家に殴り込みだ!
退路を断った無敵の女に敵うものはない。
鋳鉄製の正門を叩き切り。
分厚い正面玄関を粉みじんに叩き割り。
立ち塞がる奉公人どもを、片っ端から叩きに叩き。
キャシーの父を袈裟懸けに叩き切り。
愛人を真一文字に叩き切り。
悲鳴をあげて逃げ回るサマンサの金髪をむんずと掴み捕まえて。
脳天唐竹割りで叩き切り。
サマンサのベッドの下で震えていたキャシーの婚約者エルドリッチを引きずり出し。
股間を叩き潰してから叩き切り。
もう思い残すことはない、と血まみれのまま満足していたら、血相を変えたキャシーが現れた。
「なんてことしてくれるのよ!」
キャシーは、パメラを罵り始めた。延々と罵った。
日頃のはかなさはどこへやら、なんと30分独演会。
その内容を要約すると以下の通り。
自分はこいつらに虐げられていたがそれは全て計画通り。
アホ婚約者は、卒業パーティで婚約破棄と冤罪をつきつけてくるはず。
生徒会の仕事をやらされていたおかげで、第二王子ドナルドといい感じ。
ドナルド王子は、誘導にまんまと引っかかり、キャシーの境遇に同情。
何も頼まずとも、冤罪をひっくり返す証拠の数々を集めてくれている最中。
婚約破棄の直後の華麗なる反撃で、父も愛人もアバズレも婚約者も粉砕。
『あんな人達でも家族です、命ばかりはお助けを』と懇願し助命してやり。
生き地獄へ叩き込む筋書きも万全。
自分は玉の輿になってハッピーエンドのはずだったのに!
「あんたはあたしの愚痴だけ聞いていればよかったのよ!
あんたは友達っぽいアクセサリー!
なにもできない下っ端騎士の家なんだから!
というか、なんにもできないからこそ好都合な道具!
あたしを助ける力もないからこそよかったのに!
王子様に助けられなきゃ意味ないのよ!
王子様と結婚したら、あんたなんかあたしに近づけもしない三下よ!
ああ、もう何もかもめちゃくちゃだわ! あんたのせいよあんたのせいよ!
あんたこそ死んでしまえ!」
パメラは笑うと、
「それだけ元気なら大丈夫だな」
なんのためらいもなく、自分で自分の首を刎ねた。
真っ赤な血しぶきを噴き出して舞い上がる首。
くるくる回転する視界の中。
キャシーの悲鳴。
逃げ出してドアに駆け寄っていく背中。
勢いよく開いたドアの向こうに、第二王子ドナルドと彼が率いてきた近衛達。
ドナルドに化け物を見る目で見られて、後じさるキャシー。
「ちがうの。ちがうの。さっきあの人殺しに言ってたのは――」
視界が落ちる。
音が途絶え、無。
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