4.書類に気軽にサインをしてはいけない
「うっはうは! うっはうは!」
そう、俺は絶好調だった。
俺は創造主である。かなり忘れているとはいえど、このゲームの設定を考えた男。
故にこの街に隠された『知っていると得すること』というものを大概知っている。特に始まりの街として作ったこのハジマリーノ城下町は、当時それなりに気合入れていたので、こうして実際に目の当たりにしていくと、レイアウトとか宝箱の位置とかを何となく思い出してくる。
例えば教会の敷地にある墓地の、端から二番目の墓の裏側を調べると……えっと、顔に力を入れて、くわっと力む。
「やったぜ。2000ユキチだ」
ちなみに『ユキチ』はこのゲーム内通貨の名前である。あまりに生々しいネーミングに、嫌なガキだったな、俺……と自己嫌悪も禁じ得ない。じきにユキチも通じなくなる時代がくるというのに。
「2000ユキチあればスチールソードもはがねのつるぎも買えるんだぜ? これはもういっぱしの勇者を名乗ってもいいはずだ。……まあ、まだこの街に売ってないけど」
ちなみにスチールとはがねの違いはよく分かりません。FFかド〇クエかの差みたいなもんだろうか。
こんな調子で始まりの街に隠したあらゆる得要素をかき集めていくと、トータル1万ユキチと即死魔法を1回防いでくれる道具『デスガード』、隠し必殺技の習得、実は最強武器を作るのに必要な素材である鉱石『マナタイト』の入手と、かなりのアドバンテージをゲットする。始まりの街に最強武器の素材を配置するのは結構あるあるだよね。まあ、マナタイトを使って鍛える武器はここにないから手に入るのはかなり先だが。
「こんなことなら最強武器そのものを隠しておけばヌルゲー無双一直線だったのに……って」
ハジマリーノ城下町探索に時間をかけ過ぎたせいか、もはや空は茜を通り越して夜の闇。このままうろうろしてればいずれ夜も明けるが、ゲームと違って自分の身体で歩き回るのは骨が折れる。
「宿屋まで戻るか……」
今日一日街でハイエナ行為を働いているうちに、大体の地理は掴んだ。掴んだのはいいが、やはりゲームと違って街は広い。気合を入れ過ぎだよ少年時代の俺。ゲームキャラが直進一分で駆け抜けられる街だって、こうして自分の足で歩けば片道三kmはある。そりゃ現実の街と比べれば村というより地区というくらいの規模でも、端まで三~四十分歩くのは結構しんどい。
今日はよく歩いたし、とりあえず明日に丸投げしてすやすや寝ましょ、と決意した時だ。
「ですから、お金なら勇者さまが払うって言っていますわ!」
「いやあ、さすがにそういう無茶苦茶なツケかたは困ってしまいやすんで……」
何やら宿屋のカウンター付近で言い合いをする男女に遭遇する。
残念ながら3Dモデリング機能のなかった『異世界ツクール』の仕様上、宿のカウンターは野ざらしになっているので、入り口の扉の脇にニュッと飛び出た受付カウンターで『一晩〇〇ユキチだぜ?』のやりとりをする感じになっている。観光地にある焼きたてせんべいの売り子みたいなスタイルだ。雨降ったらどうすんだろなアレ。そもそもこの世界、イベント以外で雨降るようにしたかどうかも思い出せない。
男の方はカウンターの向こう側、即ち宿の受付担当だろう。そして言い合いをしている相手の女は、とりあえず後ろ姿は合格。艶やかなピンクの髪はゲーム的なので仕方ないとして、こう、マントのようなドレスのようなお高そーな長い布に包まれた、まるっとした尻がいい感じ!
「王様からも『うちの娘がサイコな感じにクレイジーなことを言い出したら容赦なくディスるか究極的に無視しろ』と直々にポケベルで連絡がありやしたし……」
「あのヒゲオヤジ! それが娘に対する仕打ちですの!? 万年水虫のくせに!」
ポケベルて。今時ポケベルて。実物見たことないくせにゲームに登場させちゃった俺の罪は重い――って、王様とか娘とか聞こえたぞ? それってつまり――
「いくらハジマリーノ王国の姫の頼みであっても、支払いがなければお泊めできませんぜ」
姫、か。なるほど。
今こそ俺の俗物センサーに反応あり。
「なら、金があればいいんだろ? 何ユキチだ? この俺、勇者ケンジが貸してやる」
『!?』
勇者俺、颯爽登場!
あのクソ王の娘ってだけで好感度はかなり低位置からのスタートとなるが、今は少しでも情報が欲しいところ。最悪姫を利用して王様に金や装備をせびるパターンにも備えて、ここはいっちょ恩を売るのも悪くはない。
「ほら! 財布――勇者さまが来ましたわよ! さっさと泊めなさい!」
おい今コイツ俺を財布って言ったぞ? どういう教育受けてんだよ!
「ま、まあ、金さえ払ってくれりゃあっしは文句ありませんが……じゃあ二名様で五千ユキチになりやす」
「高っ! 物価高っ! 始まりの街の宿代じゃないだろ!」
「いえ、普通のシングルルームは一人四ユキチですが、姫様は最上級アルティメットスイートデラックスマークⅡルームを所望ですので」
「何だよそのV2アサルトバスターとかストライクフリーダムとかバルバトスルプスレクスみたいな何でもくっつければ最強だろみたいなネーミングの部屋は」
「王族たるもの、庶民と同じ部屋になんて泊まれませんわ!」
ふぁさっ! と色つきそうめんみたいなピンク色の長い髪をかきあげて、わりかし立派な胸を張る姫サマ。たゆん、という効果音が脳内に響いたのは、ゲーム仕様なのか男仕様なのか。
ふ、ふん、おのれ巨乳の分際で生意気な(最高ですね)。
「……まあ、貸すだけだし」
「みみっちいこと言わず、バーンと出しなさいな! 勇者なのでしょう?」
どうして金出してもらう側がこんなに偉そうなのか!
「オマエのオヤジが金をケチったせいで貧乏なんだよ! 大体王族のくせに金もないのかよ」
「絶賛家出中ですもの」
その態度のデカさは絶賛に値する。王族らしさがそれだけってのもどうなんだ。
はいはいそーですか、ともう言い合いをするのも疲れたので、店主に金を払う。
おっとそうだ忘れずに。
「そう言えば姫サマ。実は俺ファンなんです。色紙じゃなくて申し訳ないんスけど、ここにサインもらってもいいですかね?」
「おーっほっほっほ! 勇者さえ魅了してしまうわたくしの魅力たるやドラゴンのぼりですわね! いいですわサインくらい! 財布――いえ、勇者さまのためですもの」
気分を良くした姫サマは台帳に名前を書くついでに俺が差し出した紙にちゃちゃちゃっと名前を書いていく。
ラミア・ハジマリーノ。それがコイツの名前か。設定した記憶があるようなないような名前だが、まあそれはどうでもいい。
「ちなみに、何なんですのこの紙。やたら折ってありますけど」
俺は無言で折り畳んだ紙を一回、また一回と開いていき、最後まで御開帳した段階で、バーンとラミア姫とやらに見せつける。
「ほれ、じゃあこれで五千ユキチの借用書にサイン済な。十日で一%の利子がつくから。一ユキチたりともまけるつもりはないんでよろしく」
「あなたさては勇者じゃなくてド外道ですわね!? ていうかなんであなたの宿泊代までわたくし持ちなんですの!?」
こちとら異世界で裸一貫で生き抜かなきゃならん身なんで、使えるものは何でも使うんだよ。
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