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1.チュートリアルとしては、まずは転移しないと話にならない

「じゃあ行こっか? 異世界」

「え、やだよ」


 自宅を出るなり俺の腕をガッシと掴んだその謎美少女は、くりくりっとした大きな瞳を上目遣いにぶち込んできて、ワケのわからんことを言う。


 そりゃ拒否もするよ。屋外一歩目エンカウントがコレだぜ? なまじ見た目がいいだけに、そのデンジャラスな電波具合は内蔵をグイグイ締め上げる緊張感にフーリエ変換される。クソゲーマゾ仕様にもほどがあんだろ。ちなみにフーリエ変換が何かは知らない。語感がいいから採用しただけだ。墾田永年私財法みたいなもんだ。


「なあんで拒否するかなあ。人も羨む異世界転移だよ? そして超絶美少女ヒロインからのお誘いだよ? もうこれ主人公じゃん」

「自分で超絶美少女とか言っちゃう……? だがあいにく転移しなくても俺の人生の主人公は――俺だからな(キリッ」

「そういうのいいから行こうよ」


 とりあえず超絶美少女相手にキメ顔をしてみたが、軽くいなされた。歓楽街の客引きより恐ろしげな勧誘してくるくせに、まるで俺がおかしいみたいな目をすんなよ。


 だいたいさ、異世界行くにはトラックに轢かれたり、女神に会ってなんかスキルもらったりとかしなきゃいけないんだろ? そりゃやだよ。とりあえず『死ね』って言われてんだぜ。


「どうせこのまま生きてたって大していいことないんだし」


 人生全否定って唐突に残酷過ぎない?


「しかしまあ、異世界でチート能力に覚醒して無双ゲーという人生もそれはそれで悪くはな」

「いやチートとか無双とかそういうのはないから」


 食い気味に全否定された。


「むしろ普通に考えて一般人がモンスターとか出る異世界に行ったら、最初の街の外に出て一発目のエンカウントで雑魚モンスターに瞬殺されてしんでしまうとはなさけない」


 あまつさえ即死ルートを早速提示してきました。え? 何なの? 目的何なの? 生命保険でもかけておいて殺す新手の掃除屋か何かなの? 異世界じゃなくてよくない? トラックとかで思いっきり轢けばよくない? いや、よくねえけども。


 有馬賢次ありまけんじ、十七歳。電波美少女に死を要求される人生です。浮かばれんわ。


「死ぬために異世界行くって、これもうわかんねえよ」

「いえ、意味はあるんだよ? わたしには、だけど」


 意味深なことを言いやがって。俺が死んで得するって、ますます保険金詐取の疑いが濃厚になってきたぞ。


「大体本当に異世界なんか行けるわけないだろ。そういうのはラノベとアニメで十分だ」

「アニメじゃないんだよ人生は。頭だいじょぶ?」

「変なコスプレして異世界がどうとかのたまってるお前に言われたくないわ!」

「コスプレじゃないよ、衣装だよ。かわいいでしょ?」


 ファンタジーRPGの魔導士みたいな奇怪な色合いのマントにこれまたしま〇らでは買えなさそうな旅装束のようなもの、そしてヒラヒラと俺の視線を誘うミニスカに、白ガーターで媚び分マシマシのオーバーニー。極めつけは両肩の安っぽい肩パッドに変な赤いオーブときた。


 今時じゃないだろソレ。オーブとか二十年以上前の古典ラノベ世界でしょ。いや可愛いけど。超絶美少女だけども。でもやっぱりいいとこコスプレ女でしょ。それもイタめのコスプレ女でしょ。美少女ってだけで免罪符にするには少し冗談が過ぎる。


 オーブコスプレ美少女は色素の薄いロングヘア―をファサァ……と気取った風にかきあげて、


「こんな田舎の片隅で一生を終えるなんて、つまらないじゃない?」

「いきなり人の地元ディスってくるとかいい度胸してんなオイ。見下してんのか身長低いくせによ」

「身長のことは言わないでよ! アソコ蹴り上げるわよ! 童貞のくせに!」

「せめて魔法使うとかにしろよ! 何だよ見た目に反してその強物理! 縮こまるわ! 童貞関係ないわ!」


 ふんっ、と物理美少女は鼻息を荒く鳴らすと、



「でも――このままいても、結局死にたくなるだけだよ?」



 急に声音を低くして、頭がハッピーセットな美少女は、真面目なトーンで喋りだす。

 その異様な雰囲気に呑みこまれ、思わず生唾をゴクリと飲み干す。普段大人しいヤツが突然キレた時みたいな、触れたら爆発しそうな空気が俺を襲う。


「一分後、あなたの頭の上に鳥の糞が落ちてきます」


 ハハハ何を言うかね――ベチョッ。


「……ファックでジーザスな人生経験だ。だがさすがにくっさい鳥の汚物ごときで死にたくなるまではいかないね。死にたくなるくらいシャワーは浴びたいが」


 ジーザス美少女は俺の苦言も不敵な笑みでたやすく跳ね除け、嫌な予感だけを捏ねて作った人形みたいな、実に不気味で人間味のない顔をする。


「一分後、あなたは子供のころから思いを寄せていた幼馴染で同い年の風花ふうかちゃん(16)が、同じく幼馴染なのに中学二年くらいから不良ヤンキー覚醒して、オラオラモテ男になった大悟だいごくん(16)と二人仲良く学校をサボっているのを目撃します」

「いや急に何を……って、風花!? それに大悟!?」


 突然意味不明なことを言い出した予言美少女が言う通り、近所に住む幼馴染二人がコソコソと、それでいて遠目にもイチャコラと、日本が誇る辺境の片隅をるんたったと歩いている。


「あいつら学校サボって何を……」

「さらに二分後、人目をはばからずくっつく二人を目撃し、悶絶する」

「おいまさか、おい、おい、やめろって風花ぁぁぁ!」


 予言美少女が言葉を紡ぐたび、まるでそれが台本か何かのように幼馴染二人が言う通りの行動をとる。チョコより甘く、チョコより苦い、そんなNTR好きには堪らないであろう負の波動が俺の全身を駆け巡るっ! ちなみに俺にNTR属性はない。断じてない。ヌケないっ!


「さらに二十分後――」

「おまっ、これ以上何か言うなよ?! 言うなって! いやマジ勘弁してくれ本当に!」


 しかし暗黒美少女はにやりと背筋も凍るような暗黒微笑を湛えると、その断罪の鎌を、性癖を刈り取るギロチンを、何の躊躇いもなく振り下ろす。


「どうしても二人が気になって原チャリでストーキングすると、大悟くんにしなだれかかったままの風花ちゃんが、完全にメスの顔をして街はずれに一件しかないラブホテ――」

「うわあああああ行きます! 行きます異世界! うわあやったなあ! 念願の異世界だ! さすが美少女魔導士! いよっ大統領! そのオーブ、目のつけどころがショルダーだね!」


 行くも瞬殺、留まるも心殺しんさつ。この世全ての地獄ここに極まれり。アーアーナニモキコエナーイ。ボクハネトラレナーイ。ナニモミナイカラー。キミノオッパイモミタイカラー。


 俺は、錯乱した!


「はいー、異世界転移とセクハラの言質いただきましたー。召喚陣よーいっ、と」


 俺が心理的負荷(ネトラレハザード)に屈するや否や、悪辣美少女は真っ白な手で虚空に妙ちきりんな模様を描いていく。それはまさしく魔法のように空中に光の図形を浮かび上がらせ、まるで非現実のような光景を俺の目に焼き付ける。


 え、これってさ、つまり、マジで……マジなの?


「マジもマジ。大マジだよ。マジェスティックだよ」


 俺の心の声を盗聴でもしたように、大マジ美少女は微笑む。ちなみにマジェスティックに『大マジ』的な意味がないことは、英語が苦手な俺でも分かる。


 瞬間、俺の足元から同じ光の魔法陣が出現し、足の裏からくるぶし、ふくらはぎと、徐々に俺の身体を包み込んでいく。足元を見ても莫大な光の渦みたいなものが俺を覆っていて、その先がどうなっているのか全然わからない。あまりにも足の感覚がなさすぎて、空に浮いているような錯覚さえ味わっていた。


「と、とり、とりあえず、行くにしてもお前、あれだ! なんだ!? 自己紹介くらいっ」

「取り乱してる取り乱してる。――――ぷげら」


 ぶち殺すぞこのアマァァ!

 転移したら真っ先にお前を殺して経験値の肥やしにしてやるわ!


「ま、知っておいて損はないだろうから教えておくよ。いい? よーく覚えておいて。わたしの名前はね――――ヴィエント。ヴィエント・フロー――」


 魔法陣の光はとっくに俺の頭までをすっぽり覆っていて、名前の最後は編集ミスでも起こしたかのようによく聞き取れなかった。だってそれどころじゃないだろ、って俺じゃなくても思うんじゃなかろうか。


 それでも、眩い極光とは裏腹に、暗転していく意識の中で思う。

 ヴィエント。――どこかで、聞いたことあるような?


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