第八話
「何!?」
耳を劈くようなアラーム音は、モンスターを目覚めさせたのが一瞬で分かった。閉めたはずの外の扉から、唸り声が聞こえてきたからだ。
「コウスケ! あんた何かやった!?」
「何もしていません! 宝箱を開けたら勝手に!」
「じゃあ……これは罠……!」
アラームの音に目覚めたモンスター達が、この部屋を目指してやって来ているのが分かった。マリー達はとっさに416を入り口の方向に構える。
たしか、上側の敵は半分ほど片付けたはずだ。ならば、やってくるのは下側から。
マリーは咄嗟にストレージからフリスビーのような円盤状の物体を四つほど取り出して、前方向に投げた。
投げられた円盤は地面にくっ付くと、細かい起動音と共に赤いセンサーが光り始める。他の計四つも地面や壁に張り付いてセンサーを起動した。
「地雷に注意!」
それと同時に、扉がぶち破られる。扉の破片が辺りに飛散し、派手な音を立てる。そして、モンスター達が雪崩れ込ん来る。
カゲクロ、カゲトビ、そしてネコマタ。今までのモンスターのオンパレードだ。
しかし、モンスターの内のカゲクロの足が円盤のセンサーに触れると、円盤は大爆発を起こしてカゲクロやネコマタ達を吹き飛ばした。
「ギャァ!!」
何十個ものは破片達がカゲクロの身体を貫き、ネコマタの足元を裂いてお得意の機動性を損なわせた。さらには頭部に大きめの破片が当たって、一瞬で絶命するカゲクロもいる。
また、爆圧で吹き飛ばされたカゲクロはネコマタに覆い被さり、一緒に吹き飛ばした。
爆発した円盤は、マリーが持っていた対人地雷である。外の世界の最新式で、円盤のセンサーが動体を検知するとスプリングで飛び上がり、頭上から破片を撒き散らすように作られているのだ。
「ざまあ見なさい!」
それらの死体を踏みつけてさらに増援がやってくる。ほとんどが無傷の奴らである。マリーはいよいよ爆発物が切れた為、それに向かって416の射撃を開始する。
「コウスケは左を!」
「は、はい!」
コウスケと共に扉の左右に展開する。マリーは扉の右側からやってくるモンスター達を、マリーは的確に一体ずつの頭を狙って射撃をしている。
奴らはやはり生き物であるため、やはり頭が弱点だ。脳天を貫かれた生き物は、そうそう長い間生きてはいられない。
マリーは冷静に416をリロードしていると、その枠組みに囚われない別枠がやって来た。赤い胴体に二本角、ぶくぶくと膨れ上がった頭と腹、アカオニタイプである。
「チッ、アカオニまで……!」
あいつは厄介だ、どうやら他のフロアにいたらしく、それがこの警報音で駆けつけて来たのだろう。
マリーは他のモンスターには目もくれずに416をアカオニの頭部に向けて撃ちまくる。その弾丸は次々とアカオニに命中していき、頭部の頭蓋骨を抉っていく。
しかし、意に返さないアカオニはそのままドシドシと歩みを進め、ついには助走をつけて走り始めた。
巨大な鳴き声を上げながら、アカオニが迫ってくる。手を前足のように使ってさらに速度を上げ、一気に迫りくる。
「チッ!」
マリーはそれを左側に向かって回避し、振り向きざまに頭部目掛けて弾丸を放ちまくった。揺れる銃身を上から押さえつけるコスタ撃ちで、マガジン内の残り14発を全て撃ち切る。
ほぼ腰だめで撃った5.56ミリの弾丸はアカオニの頭に炸裂し、頭部をやっとのことで破壊した。マリーはマガジンを捨てて素早く装填し、次なる襲撃に備える。
そうしている間に、頭部を破壊したアカオニがむくりと立ち上がり、416を構えたローラを見下した。
すると今度はその巨体からは考えられないほどの跳躍を繰り出し、マリーに飛びかかる。あの時、初めてこいつと遭遇した時と同じ戦法だ。全く学習していない。
「まあ、別の個体だしね」
マリーはむしろその跳躍に向かってスライディングで応え、滑りながら腹に416を乱射した。しかし、まだ奴は生きているし動いている。だいぶ動きは鈍くなったので周りの状況を確認する。
コウスケはまだ怪我をせずにうまく立ち回っている。大物をこっちが引き寄せているうちに、走り回って囮となり、その横をアリーサとローラが射撃を加える。
しかし、まだ警報音は鳴り響いている。なんとか解除しなければ、このままではジリ貧である。警報を解除する方法は……
「!? リーダ後ろ!!」
「え?」
と、マリーがアカオニから振り返ろうとした時、コウスケからの警告が届いた。振り返った瞬間、気味の悪い色をした触手がマリーの視界に覆いかぶさる。
「ッ!?」
とっさに416を盾代わりに構えると、その触手は物を切り裂くような勢いで振りかざされて、416がそれを肩代わりした。
「キャッ──!」
咄嗟に出た少女のような悲鳴と共に、マリーは吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。鈍い痛みと共に、装備から衝撃が伝わる。どうやら腹を打たれたようで、口から吐血する。
「ぐっ……!」
口から血を吐きながら、マリーはゆっくりと立ち上がる。と、その時気づいた、獲物の416が軽くなっていることに。
これほどの威力の鞭打ちを受けた416はひとたまりもない。一瞬傍らを見ると、そこには真っ二つに割れた416の先っぽが転がっている。割れた機関部とハンドガードがその先に転がっていた。
マリーは諦めて416の半身を捨て、腰からデザートイーグルを取り出して、マリーの416を奪った犯人に向ける。その張本人は、先ほどの通路に居たカゲロウであった。
「こいつまで……!」
こうしてカゲロウとタイマンで勝負するのは初めてである。最初に出会した時は一斉射撃であっという間に殺してしまったが、今はこうしてほぼ無傷で対峙している。
マリーはカゲロウに向かってデザートイーグルを放ち、なるべく頭部を狙った。放たれた.50AE弾は頭部に向かって飛んでいくが、その1発は触手のなぎら払いによって弾かれた。
「嘘っ……」
その後も何発か撃ち込むが、どれも触手に弾かれる。ちなみに触手は一本も切れていない、.50AE弾の直撃をなぎら払ったにも関わらずだ。
これが連射力の高い416なら幾らかは解決しただろう、しかし連射ができないデザートイーグルでは何も解決しなかった。
その時、マリーの頭上を飛び越えて赤い巨体がカゲロウに向かって覆いかぶさった。アカオニだった。奴は獲物が取られたくないのかカゲロウに覆いかぶさって、顔面目掛けて拳を振り上げている。
「グォォォォォ!!」
しかし、それが振り下ろされる前にアカオニが宙を舞った。天井にヒビが入るほどの威力で突き刺さり、そのまま横に引き裂かれる。
「ギャッ!!」
カゲロウの頭部から生えたいくつもの触手達が、アカオニの腹に向かって伸びて突き刺したのだ。
ダンジョンの中でも1、2を争うレベルの強さを誇るアカオニが、カゲロウに瞬殺される光景にマリーは戦慄した。それほど、カゲロウは強さが桁外れであったと言う事を証明している。
──こんな奴を倒さなくちゃいけないの……?
こんな桁外れの強さを持った奴を倒さなければいけないのか、とマリーは苦虫を潰したような顔をした。
カゲロウはゆったり立ち上がり、触手を手足代わりにウネウネと足を浮かせてジリジリ歩いてくる。『陽炎』という日本らしい名前が付いているが、その偉容はまるでメデューサだ。
「リーダ!」
同じ階層で他のモンスター達を倒していたコウスケが、注意を引くためにUMP9を放った。三発の連射が頭部に向けて放たれ、そのうち一髪が弾かれて二発が頭に当たった。
それを皮切りに、ゆっくりと振り向いたカゲロウはコウスケに対して口元を歪めてニヤリと笑う。そして、奇声を上げてコウスケに向かって走って行った。
「うわわ!」
コウスケはそれに向かって腰だめで射撃をするが、全く効いていない。弾く気持ちも起きないのか、そのまま考えなしに突撃していく。
「うわぁ!」
体当たりでコウスケを弾き飛ばすと、コウスケが避ける前に、彼の首根っこを掴んで首を絞め始めた。
「ぐっ……ぁぁ……」
足をジタバタさせてなんとか暴れるが、全く意に返さない。首を締められてコウスケの意識が途絶え始める、人は首を締められると7秒で気絶するらしい。
もちろん、マリーは何もしてないわけではない。彼が捕まっている間もデザートイーグルでカゲロウの体を貫こうとするが、そのたびに触手で弾かれる。
しかし、一発の巨大な弾が弾かれると、一気に大爆発を起こしてカゲロウの触手を切り取った。悲鳴を上げ、その衝撃でコウスケを放す。
「リーダ! コウスケ! 大丈夫か!?」
ローラの声だった。ローラは両手に大きめな銃、というより大きな筒がついた砂漠色の物体を構えていた。それがポン、という戦場に似つかわしくない軽い音を立てると、カゲロウに向かって飛んでいって炸裂する。
悲鳴を上げて苦しみ悶えるカゲロウ、爆圧の熱と破片がカゲロウを苦しめているのだ。解放されたコウスケはUMP9を持って横に回避し、爆圧から逃れる。
「グルゥ……!」
ゆっくりと振り返るが、その時には触手も少なくなっており、カゲロウの戦闘能力は削がれていた。そのまま爆圧に飲まれるカゲロウ。
残り計四発の爆裂が、カゲロウの身体をバラバラに引き裂いて血肉を散らかした。
「くだばれ!!」
ローラが上から撃ったのは、ミルコー社製のリボルビング・グレネードランチャー『MGL』である。計6発の40ミリグレネードを連発することのできるこのランチャーは、火力的にもかなり強い部類に入る代物だ。
ローラはリボルビングのシリンダーを横に押し広げ、そこへ40ミリのグレネードを入れていた。
しかし、まだ警報音は続いている。まだモンスターの勢いの衰えは来ないため、まだ無尽蔵に来るのだろう。いよいよ弾も保つか怪しくなってきた。
「せめて……この警報音が鳴り止めば……!」
マリーは切なる願いを込めて、この状況に睨みを効かせた。
『! ローラさん! グレネードランチャーの弾薬は残りいくらですか!?』
突然、コウスケが何かに気づいたかのようにローラへと質問した。
「え? あるのは後、6発だ!』
『じゃあ、宝箱に向かって1発お願いします!』
『はぁ!?』
コウスケが突拍子もないことをいい始める。それに、マリーも射撃の手を止めてコウスケに振り向く。
『おそらくですが、それで警報音が止まる筈です! やってみてください!!』
『分かったぜ! でも、どうなっても知らないからな!』
マリーの抗議の暇もなく、ローラは宝箱に向かってMGLの照準を合わせる。マリーとコウスケは宝箱から離れ、離れて応戦する。
そして、またもMGLから軽率な音が響き渡り、40ミリのグレネードが発射される。グレネードは的確に宝箱付近で爆裂し、バラバラに破壊した。木出来た箱が砕け散り、中身がぶちまけられる。
そして……警報音が止まった。
辺りのモンスター達の勢いが削がれ、増援が来なくなったのだ。成功だ。
『本当に当たりだったぜ……』
「油断しないで! モンスターはまだ残っているわ!」
『オーケー! ぶっ飛ばしてやる!!』
ローラは最早残りの弾薬を残しておく気は無いのか、軽快にグレネードを放っていく。
それらグレネードは、入り口から雪崩れ込んで来ていたモンスター達を次々と吹き飛ばし、近づく間も無く瞬殺していった。
マリー達に残された仕事は、わずかな生き残りを処分するだけであった。
「どうして罠の仕組みが分かったか、説明してもらえる?」
全てのゴタゴタが片付いた後、マリーはコウスケにそう質問した。
「えっと……本当は賭けだったんです」
コウスケはゆっくりと話し始めた。
「宝箱に触れた途端、警報音が鳴り始めたので原因はこいつだと分かっていました。でも、解除の方法が分からなかったし、銃で宝箱を撃ってもなにも起きなかったんです」
どうやらコウスケはあのゴタゴタの最中に宝箱に向かって、UMP9を一度放ったらしい。とっさにそこまでの判断ができたらしい。
「それで、何かで宝箱を破壊しなくちゃいけないのかな? って思って考えていたら、ローラさんがグレネードランチャーを見つけたみたいで、これなら壊せる、と思って言ったんです」
「それで私に向かっていきなり、『宝箱を撃って!』なんて言ったのか……最初はなんのことだか分からなかったぜ」
「まあ、それでも駄目だったらどうしようかと思っていましたが……」
コウスケは自慢することなく、淡々と自分の憶測を語った。彼がいうにはかなりの賭けだったらしく、失敗したらどうしようか、と考えている節もあったらしい。
「コウスケ、これはあなたの手柄よ。誇っていいわ」
アリーサもコウスケを素直な気持ちで褒め称える。
「え、いや……そんな凄いことをやったわけじゃ……」
「…………まあ、今回は助かったわ。ありがとう」
「…………!」
マリーも渋々コウスケを褒め称えた。ナヨナヨしていて、いけ好かない奴だと思っていたが、案外役に立つこともあるようだ。
「あ、ありがとうございます……」
コウスケは照れくさい表情で顔を赤らめ、モジモジと感謝をした。
「それよりも……」
マリーの興味はそれよりも、宝箱の方へと向けられていた。
「中には面白いものが入っているじゃないの」
マリーの目線の先には、数多くの武器達が転がっていた。グレネードの爆発に巻き込まれても、それらはまだ原型を保っているどころか新品同様の状態だった。
「いいブツね」
マリーはそのうちの一つを拾い上げる。銃全体が砂漠色に染まっていて、真四角のハンドガードとゴテゴテとしたレールが取り付けられている。銃口の口径は、マリーが持っていた416よりもひとまわり大きく、使用する弾丸も大きめであった。
FN社製SCAR-H。
スペシャルオペレーションフォーカス、コンバットアサルトライフル、ベビーモデル、それの標準バレルタイプである。
「こいつは良いわね」
この銃は元々特殊部隊向けの銃だ。AR-15系統の操作性に加え、僅かな手順とパーツ交換で7.62ミリと5.56ミリの二つの口径の弾丸を使用できる優れた銃である。
幸運なことに手に入れたのはそのベビーモデル、威力の高い7.62ミリ弾を使用するモデルだ。
「当たりね」
このダンジョンは生命力の高いモンスターがよく登場するため、これはありがたい仕様だった。
SCARの状態はよく、十分に使える。あれだけの爆発でも箱が衝撃を吸収していたようだった。さらに他にも銃が散らばっている。さらには弾丸やマガジンも幾つか種類があり、どれも使えそうである。
マリーはSCARを背中に懸架し、SCARのマガジンを拾い集めながら、別の銃を二つ拾い上げる。一つはスコープのついた狙撃銃、もう一つはポンプアクションレバーのついた散弾銃。
「アリーサ、コウスケ、それぞれ使って」
マリーはまずアリーサへ、416に似たシルエットの狙撃銃、H&K社製M417を渡した。
「いい銃ね、状態もいい」
M416を元に開発された本銃は、威力が高く射程距離も長い7.62ミリ弾を使用し、半自動式の為中距離で活躍できる銃だ。マリーのSCARと弾丸が共有できる為、使い勝手もいい。
「ほら、使いなさい」
「はい、ありがとうございます」
次に、マリーはコウスケへ散弾銃を手渡す。真っ黒のボディをしたこいつは、レミントンM870。
古い銃だが、豊富なオプションパーツと汎用性の高い12ゲージの弾丸は、モンスター相手に丁度いい。
「ショットガン……」
既にこのレミントンには上部にレールが取り付けられている。そのレールには赤い点を示すサイトが取り付けられ、側面にはシェルホルダーが取り付けられている。
見つかった弾丸の種類は、大きめの散弾を放つバックショットが30発と、巨大な一つの弾を放つスラッグ弾が20発。
コウスケはベルトのシェルホルダーにバックショット弾を取り付け、緊急時に取り出せるようにスラッグ弾をシェルホルダーに六発を懸架した。
「ローラのも」
「おう」
さらに見つかったM249系列のマシンガン用のボックスマガジンが3つ、ローラに手渡してこの部屋を去ることにした。グレネードランチャーの弾は先ほどの戦闘で全て使ってしまったので、あの場に置いていく。
ゆっくりと外に出てみると、あたりはなぜか明るくなっており、ライトを付けずとも見渡すことができた。先ほどまで真っ暗だったのが嘘のようである。
「さっきの宝箱を開けたら、電気が付いたみたいね」
そういう仕組みのトラップだった、とマリーは憶測を語った。とりあえずは最初の部屋にまで戻って会議をすることになり、マリー達はあの柱で分けられた最初の部屋まで戻る。
部屋に戻るまでの道にはモンスターはおらず、シンと静まり返っている。それも不気味なまでに、どうやら先ほど戦闘した時に全て片付けてしまったようだった。
「え?」
最初の部屋に戻った時、最初に異変が目に映った。先ほど調べた時、結界が張ってあった筈の扉がもう既に開いているのだ。
「まさか……」
先ほどのトラップを開けたことがキーとなりそれで扉の結界が開いた、つまりは巧妙な罠であると同時に、扉を開けるためのキーでもあったのだ。
「そう言うことだったのかよ……」
完全にダンジョンに遊ばれていた。マリー達の中に屈辱感が湧いて来くる。ダンジョンの天井をふと見上げれば、このダンジョン自体がケラケラと笑っているようであった。