第五話
「ライトを消して、開けるわ」
銃に取り付けられたフラッシュライトの電源を消し、扉を押す。分厚い金属調の重低音と共に、20センチはあろう厚さの扉を少しだけ開ける。恐らくこの先が、『ろ』フロアである。
「聞こえる……」
中から聞こえるのは、腹を鳴らすモンスターの声。グルグル、と言った唸り声。恐らくそのままライトをつけっぱなしにしていたら、襲い掛かられていたことだろう。
まずは奴らの位置を把握したい。少しだけ空いた扉から順次入り、草や茎に絡まれた手頃な岩に身を隠し、存在を把握する。
階段で一段下がった盆地に、カゲクロタイプとカゲトビタイプがそれぞれ10体。奴らは、先ほどの扉を開ける物音に気付いていないのだろうか?
いや、こちらに近づく足音が二つ程。暗闇でお互いに見えはしないが、マリーは感覚に頼って腰から大振りのナイフを引き抜いた。
ローラも腰から軍用マチェーテを引き抜き、逆手に持つ。そして、飛び出してきた二匹のカゲクロに飛びかかり、頭を押さえつけて首にナイフとマチェーテを突き刺す。
幾ら化け物でも、生物は生物。このような動脈に刃物を突き立てられては、あとはじっくりと死ぬだけである。
恐らく先ほどの扉の物音に警戒して、こっちまで様子を見にやって来たのだろう。やはり行動や考え方が人間らしい。
生物学的に二足歩行をしていると、やはり脳は大きくなるようだ。化け物に知恵がつく事ほど、恐ろしいことはない。
再び化け物の方向を見ると、奴らは木の足場に固まっているようだった。木の橋のような足場は広い、しかもモンスター達は固まっていて倒し易そうであった。
「あいつらは固まっているわ、合図で手榴弾を投げるわよ」
投げる前に改めて周りを見渡す。このフロアは全体的に洞窟のようで、水や池、そして湿気で腐っていそうな木製の橋で構成されている。
足場は安定していそうなので、戦闘になれば橋伝いに移動しながら戦うのもアリだろう。鉄製の手すりも付いているため、隠れるのも良さそうだ。
さらには、池には人が一人乗っても大丈夫そうな大きな蓮の葉が浮かんでいる。流石にこれには乗る気にならないし、なれない。足場として危険だし、狭くて脆いため先頭には不向きだ。乗らないようにしよう。
「?」
と、足場を見ていたマリーの目に、水中で蠢く黒い物体が見えた。それらは魚のように泳いでいるモノもいれば、平泳ぎのような事をしているモノもいる。
「水性モンスターもいるわ、気を付けましょう」
こんな場所に魚などは居ないはず。だとすると、水中系のモンスターである可能性が高い。
「え? 水性モンスターってのもいるのかよ?」
だが、そんな奴は事前のレクチャーでは確認されていなかった筈だ。対処法が分からない。
「…………いるわよ、それについては後でドクターを尋問しましょう。今はそれよりも、目の前の敵を片付けるわ」
「……分かったぜ」
「ローラ、手榴弾を用意して。あと、アリーサとコウスはMK3を」
「ええ」
そこまで言われ、マリーとローラはリンゴのような形をしたM67破片手榴弾を腰から取り出し、ピンに手をかける。アリーサとコウスケは円柱状のMK3手榴弾を手に持つ。
「行くわよ」
残りのローラ、アリーサ、コウスケが頷くのを見て、マリーは合図を出す。
安全レバーにつけられている安全クリップを取りはずし、Tの字に折れた安全ピンの先をまっすぐに戻す。スプリングを押さえ込む安全レバーを押さえ込み、安全ピンを抜いた。
「1……2……3!」
3秒、いや3.5秒ほど経ったときに、4人一斉に投げる。それら2発のM67破片手榴弾は、そのまま放物線を描いて飛んでいき、4秒経った頃に地面に触れてバウンドする。そして、そのまま5秒が経つ。
2発のM67手榴弾はそのまま敵のど真ん中で爆発し、破片を撒き散らした。
いくつもの小さい球体がカゲクロとカゲトビを貫き、血肉を撒き散らした。微妙に密集し、微妙に間隔が開けられていた為にその場にいたほぼ全個体が死亡した。
そして、同時に投げられたMK3手榴弾はそのまま水中に落ちていき、少し沈んでいった所で爆発した。MK3はM67と違い、破片ではなく爆発力で殺傷するタイプの手榴弾である為、水中爆雷としても使用できるのだ。そのタイプの手榴弾が、そのまま水中で炸裂して行った。
水中からは悲鳴と共に血肉が浮かび上がり、水の中のナニカを傷つけたのは明らかだった。ガッツポーズを取る前に、マリー達は散開して水中の敵を追い詰める。
「まだ何体か水中にいるわ! もっと手榴弾を!!」
それを言って、マリーも手榴弾を投げ込むべく左腰に付けられたMK3を二つ同時に投げ込んだ。しっかりと数秒待ってから投げ込んだ為、的確なタイミングで爆発した。
さらに数発、重たい爆発音と共に水の中のナニカに向けて爆発が過ぎる。当たったかどうかは分からないが、それでも血肉が浮かび上がっていることからダメージは与えて数も減らせているらしい。
「!!」
と、左側から水を切る音と共に何かが飛び出してきた。大きさはカゲクロほどの大きさであるが、全体的に緑色で足と手にヒレがついている。そして、手の鉤爪はそのままであった。
事前のレクチャーにはなかったが、名前だけは教えられていた。たしか名前は『カッパタイプ』、水性モンスターの一つで水中を素早く動いては飛び出して奇襲をかけてくるというモンスターだ。
カッパは水中から飛び出してくるなり、壁を蹴ってマリーに飛びかかってくる。奇妙な奇声を上げながら、鉤爪をマリーに突き立てようとする。
それに向かって、マリーは416のストックを大きく振りかぶり、カッパの右腹にドン! と突き立てた。
その衝撃をもろに受け、カッパはマリーから見て右側に吹っ飛んで行き、飛ばされて蓮の葉の上に着地した。その隙を狙い、マリーは416を数発連射してカッパの腹と脳天を貫き、さらには蓮の葉に穴を開けた。
蓮の葉に穴が空いた事でゴポゴポと浸水していき、カッパもろとも沈んでいく。やはりあの脆い蓮の葉の上に居なくて良かったと一瞬思うマリーであった。
そのカッパの死体が水に沈んだとき、背後から足音が聞こえ、その方向にマリーは416を連射して対処する。腰構えで放たれた5.56ミリ弾は全てカッパに吸い込まれ、肉を砕く音と共に絶命した。
「?」
マリーは水の中からジャバジャバとした魚が跳ねるような音が聞こえた為、先ほどの蓮の葉に416を構える。その蓮の葉の上にあるカッパが、二匹の魚に貪り食われていた。それもかなり大きく、顔らしき所には人間の顔が浮かんでいて気持ち悪かった。
「チッ」
確かあいつの名前は『ジンメンギョタイプ』、そのまま人面魚である。新たなモンスターの出現にマリーは舌打ちをし、その隙に416を構えながら、弾が残り少なかった弾倉を交換する。
と、弾倉の交換が終わった丁度その時に左側から自ら這い上がる音が聞こえ、さっきの人面魚が出てきた。そいつはカッパの死体にかぶり付くと、ギョロっとした右目だけをマリーに向け、ニヤリと笑った。
「次はお前だって事?」
それに対するマリーの答えは、5.56ミリ弾丸の応酬だった。柔らかいであろう目の部分を狙い、数発連射をする。
人面魚は目から侵入した銃弾に脳天を貫かれ、そのまま叫び声を上げて絶命した。挑発的なメッセージは、そのままマリーには届かなかった。
しかし、仲間が死んだ事に気づいたのか、蓮の葉の上でカッパの死体を貪っていた人面魚達二匹が水に戻って行った。
それに感づいたマリーは、すぐさま走り出す。そして、さっきまで自分がいた所の頭上を鮫のような牙を持った人面魚が通過して、反対側の水に飛び込んでいった。あの水の中から助走を付けて、そのまま飛び上がったのだった。
「全員、水中からの攻撃に気をつけて! それからもっと手榴弾を投げ込んで燻り出して!」
『分かった、もっと投げ込むぜ!』
『了解!』
『了解です!』
マリーは走りながら、他のメンバーに通信をかける。ローラは余っているMK3を投げ込み、人面魚を燻り出す。その間は常に移動を続けて、噛みつきを回避しようとする。
耐えきれなくなってマリーに向かって人面魚が飛びかかってきたところに、アリーサとローラの5.56ミリが殺到していく。
人面魚はマリーに噛み付くことはできず、弾丸は人面魚に殺到して行った。が、倒れる気配はない。
「肉が硬いか……!」
どうやら人面魚の身体はかなり硬いらしい。弾丸は貫通して血が出てはいるものの、それっきりである。倒れる気配はない。先ほどのように柔らかい目玉を狙うしかなさそうだ。
「コウスケ! アンタも囮になりなさい!!」
『は、はい!!』
マリーに指示されて走り出すコウスケ。とりあえずは、装備が軽いマリーとコウスケが囮となって人面魚を引き付けるしかない。
「来るわよ!!」
と、今度はコウスケの方に向かって人面魚が飛び出してきた。残りの全員分の射撃が、コウスケを捕らえようとしていた人面魚へと殺到していく。しかし、相も変わらず倒れる気配はない。
このままではいずれ弾がなくなる。その前にケリをつけなければ、こっちがジリ貧である。
『マリーさん! こいつら僕ばかり狙ってきます!!』
「泣き言言わないで! 少しは根性見せなさい!!」
『そうじゃなくて、僕にマリーさんのデザートイーグルをください!!』
「はぁ? デザートイーグルって……!」
と、その時コウスケの頭上を人面魚が通過していく。それに射撃を浴びせるが、人面魚はなにも意に返さない。
「仕方ないわね……コウスケ!!」
マリーは大きく舌打ちをし、懐からデザートイーグルを引き抜いてコウスケに向かって思いっきり投げた。流石に安全装置は掛けてあるものの、本来なら危なっかしい行為だ。
コウスケはマリーから見て対岸でデザートイーグルをキャッチすると、安全装置を解除した。それと同時に飛び出してきた人面魚に向かい、銃口を向ける。
空気を揺るがすような、重たい連発音と共に.50AE弾が放たれた。直径12.7ミリはある弾丸が人面魚の頭蓋骨を貫き、脳天を破壊して行った。
それが一気に7発、コウスケのような華奢な身体でも訓練次第ではこの化け物銃を扱うことが出来る。
脳天を貫かれた人面魚は、一気に人面魚の力が無くなり倒れ伏していく。しかし、その先にはコウスケが居た。
「うわっ!!!」
コウスケは人面魚が上から被さる形で倒れ、弾の切れたデザートイーグルを持ったまま押し倒された。
「コウスケ!?」
「大丈夫です……それよりあいつを……!」
マリーが心配の声を上げた間もなく、マリーの背中から衝撃が加わった。マリーはそのまま中を舞い、水の中に落ちて行った。
「!?」
いきなり叩き落とされた水の中。息苦しく冷たい液体の中を、マリーは目を開けて見渡す。まだ幸いにも416は持っている。しかし、水中ではおそらく意味をなさない。
──嵌められた!!
こいつは自分のテリトリーにマリーを誘い込む事で、確実に仕留める気だった。それに乗せられないように、マリーは策を練る。
マリーはあえて爆圧手榴弾のMK3ではなく、破片手榴弾のM67を選んでそれを前に放って、バタ足で後ろ向きに泳ぐ。
横から人面魚が、してやったりの顔をしながら近づいてくる。大口を開け、その綺麗に揃った歯をマリーに見せつけた。
──3……2……1……!
と、マリーが人面魚に食われる直前で手榴弾が爆発した。破片手榴弾なので爆発力は小さく、そして破片は水中では意味をなさない。だが、爆圧を利用してそのまま後ろに下がった。
耳が痛い。爆圧が鼓膜を突いて破られ掛けた。マリーは無傷だが、危うくどこかがおかしくなる所だった。
この隙にすぐさま近くの水中の茎を掴み、そのままそれを頼りに上へ上へと浮かび上がって行く。登った先が先ほどの橋なら良かったが、上がれたのは蓮の葉の上であった。
「運が悪いわね……」
『リーダ!!』
「こっちは大丈夫! それより誤射に気をつけて!!」
マリーは手榴弾から離れた位置にいたが、手榴弾の近くにいた人面魚は無傷ではないようで、耳辺りから血を流しているのが水中からも見える。
「あと少しよ……覚悟しなさい……!」
水中で消耗した体力を息遣いで回復させ、水中にいる人面魚から目を離さないようにする。
「最後の一つ……」
手榴弾は左右三つある内、あと一つだけであった。MK3は爆雷代わりに全て投げ込んでしまっていて、後はM67が一つしかない。
おそらく、この作戦を通すにはタイミングが大事である。もし失敗すればまたやつのテリトリーに引き摺り込まれる。
そして、目を皿のようにして離さないでいた人面魚が、一気に遠くに離れたかと思うとそのまま一直線に突っ込んで来た。
──今!!
それを確認するとすぐに手榴弾の事前に取り外しておいた安全クリップを捨ててピンを歯で抜く。
そして、それと同時に突っ込んで来た人面魚は口を大きく開けてマリーを食わんと飛び出してくる。対するマリーは横の水面に飛び込んで回避しながら、その口目掛けて手榴弾を放り込む。
手榴弾はそのまま飲み込まれ、喉を通って腹の中へとホールインワン。ピンは抜かれているため、何が起こるかは明白だ。
人面魚は「やられた」という顔をして、ギョッと目をマリーに向けた。その人面魚に向かい、マリーは右手の中指を立てて挑発してやった。
「アディオス」
マリーはそのまま水面に背中から飛び込んだ。水の中でも、何が起こったかを理解した人面魚が口をパクパクとさせてもがいていた。が、ピンを抜いてから5秒が経ち、人面魚はその長いのか短いのか分からない生涯を終えた。
マリーは全てが終わったことを理解し、水面から顔を出して橋のほうまで泳いだ。416を担いで、ローラとアリーサに手を引いてもらって水面から上がった。
「凄かったな、リーダ!!」
「ええ、まさかあんな方法で人面魚を倒すなんてね」
「ありがと、それより助けるべき人がいるんじゃない?」
「あ……」
マリーは指を橋に打ち上げられて倒れ伏して死んでいる人面魚に向けた。その下では、コウスケが脱出しようともがいている。
「うぅ……重い……」
「悪い悪い、戦闘に夢中でさ……」
そう言って2人ががかりで人面魚を押してコウスケを助け出すローラとアリーサ。まあ、戦闘中にこんな救出劇をやろうものなら、隙ができてまた犠牲者が増えるので、コウスケには耐えてもらっただけなのだが。
「はぁ……やっと抜け出せましたよ。リーダ、これ……」
そう言ってマリーに弾の切れたデザートイーグルを手渡すコウスケ。その手からデザートイーグルを奪い取ると、弾倉を交換してスライドを引いた。
「さて、これでこのフロアはクリアだろ。次はどうする?」
「その前に聞きたいことがあるわ」
「?」
ローラはマリーの言い草がよく分からなかったが、マリーはそのまま続ける。
『ドクター・ユウスケ、聞こえる?』
マリーはドクター・ユウスケに通信を繋いだ。通信機越しにコーヒーメーカーの音が聞こえるが、すぐさま応答が聞こえてきた。
『やあやあ、そっちから連絡が来るなんて珍しいねー』
「そんなことより質問よ、水性モンスターって存在するのかしら?」
『え? 水性モンスターかい? あー、いるよ! いるいる! 支柱の外のダンジョンにならたんまりとね。中には美味しい味がする奴もいて、例えば……』
「違うわ、聞きたいのはそこじゃない」
マリーはユウスケの応答を遮り、話の路線を戻す。
「何故私たちに水性モンスターの事、教えなかったの?」
マリーの冷たい声が、ぴしゃりと放たれた。
『…………あーすまないすまない、前回の攻略隊は水性モンスターに出会さなかったからね。必要ないと思って出さなかったんだよ』
「最初に『地震があった』って言ったわよね? ダンジョンの構造が変わっている事に気づかなかったの?」
『いや〜、水性モンスターは水がないといけないから、地震でダンジョンの性質が変わっても出てこないと“予想”していただけだよ。疑わないでくれないかな?』
「チッ」
『舌打ちは良くないよー、相手の幸せが逃げるからねー。さて、その先に君たちお待ちかねの解除キーがあるはずさ。行ってきてごらん?』
と、そこまで言ったところでドクター・ユウスケは通信を一方的に切った。プツンと切れた音が無性にムカつく。
「クソッ……行くわよ、この先に解除キーがあるはず」
今の通信は周りのメンバーにも聞こえているはずだが、あえて反応は聞かない事にする。どうせ、自分たちは自業自得な罪でここに来ているのだから、何を言っても通用しないだろう。
そして、この部屋をクリアリングをした後に、マリーたちは集合して解除キーがあるはずの部屋の扉を慎重に開けた。
「これは……すげえな」
「綺麗な光景……」
ローラとコウスケが小声で呟いた通り、その部屋は草や茎が淡い光に満ちており、蛍のような光る花がそこらに咲いていた。幻想的で綺麗ではあるが、マリー的には自身の集合体恐怖症を呼び起こさせる。
それをなんとか耐えて、狭い部屋をクリアリングしながら進む。その先にあったのは、草が絡み付いた神殿のような祭壇のような、なにかの置物であった。
「…………!」
それに触れると、絡み付いた草や茎たちが生きているようにジワジワと離れていった。
「これは……?」
離れた先にあったのは、一つのトランクケースであった。サイズは一つの大きなぬいぐるみが入りそうな程の大きさで、古臭く錆び付いていた。そして、蓋にはお札が貼られていて、日本語で呪文が書かれている。
「開けてはいけなさそうね」
マリーはそれを持ち上げ……ようとして気づいた。
「重い……」
そいつは、重く嵩張っていた。