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第十二話

『やあやあやあやあ、死んでしまうとは情けない』

「…………」

『アリーサ君は勇敢だったね、でも一歩届かなかった。まあ、彼女のおかげで君たち二人はこの第五層にいるんだから、もっと楽しんで……』



──ブチッ



マリーはゆっくりと腰を下ろして床に座った。



──第五層。



 シンジュク・ダンジョン第五層、そこの構造は至ってシンプルであった。だだっ広いホールに扉が一つだけ、そのホールはコンクリートでできているかのように冷たく、何も感じさせられない。



「ねえ、なんで私が捕まったか、知りたい?」



 マリーは休憩を兼ねて壁にもたれかかり、コウスケと虚な目で会話をしていた。その目には生気がない、数々のダンジョンズの困難によって精神が打ち砕かれ、やつれていた。



「はい……気になります」

「ハッ。私が10歳の頃だったかな、生まれて初めて銃を撃ったのは」



 マリーはゆっくりと話し始める。銃を傍に置いて、すっかり意気投合し始めたコウスケとの会話を楽しむ。



「その時からこいつを使っていてさ。マフィアのボスの娘として生まれた私は、生まれた時から戦闘員になることを義務付けられていたの」

「…………」



 その後もしんみりと語り出す、初めて人を殺した時のこと、銀行強盗を成功させたこと、麻薬取引をしたこと、ライバルマフィアのローラとの幾度とない闘い。そして、捕まった時のことも。



「随分と波乱万丈ですね……」

「でしょ? 今でも笑っちゃうわよ、こんなクソッタレな人生……」



 マリーはそう言って少々ヤケクソ気味な会話をした。こうして他人に自分の人生のことを離すのは初めてだった。


 コウスケの奴は最初はいけ好かなかったが、こいつのおかげで何遍も助けられた。もはや、最初の感情はマリーには残っていない。


 少々おどおどしているが、優しくて気配りができていて、その上頭もいい。自分が普通の女だったらこいつに惚れていたのだろうか?


 と、マリーはそこまで考えたところで疑問に思うことが一つあった。



「ねえ、あんた」



 マリーは疑問に耐え切れず、コウスケに質問を投げかける。



「なんでここにいるの?」

「…………」

「あんた見たいなナヨナヨしてていかにも善人な奴が、なんで重犯罪者しかいないようなこんな場所にいるわけ?」

「…………」



 それが、マリーの純粋な疑問であった。コウスケは黙って下を俯く、そして幾らか悩んだような声を上げて口を開いた。



「今から言うこと、信じてもらえますか? 僕が犯罪者になってしまった理由を」



 コウスケはじっとした強い瞳で、マリーに語りかけた。



「ええ、信じるわ」



 信じるほかない、マリーはコウスケの人間性をよく理解していた。少なくとも、こいつの嘘のせいで自分たちがピンチに陥った事はない。信じても良さそうだ。



「あれは……今から三年前です」



◇◆◇◆◇◆◇◆



 日野浩介は、特に当たり障りのない子供であった。少し女顔でオドオドしていることを除けば、ごくごく普通の少年であった。


 趣味は読書、彼は物語が好きでよく読んでいて、ライトノベルから大人向けの小説まで幅広く読んでいた。


 特に、何故か推理物の小説が好きであった。犯人の動機が事細かに描かれ、複雑なトリックやそれを解決する探偵役などが皆好きであった。


 そんな彼は12歳の時の夏、とある旅館に家族で旅行をしていた。それが、すべての狂い始めであった。


 その旅館で、謎の大量殺人事件が発生したのだ。深夜の間に来た殺人鬼は、一階の部屋から順々に宿泊客を殺害していって、段々と追い詰めていったのだ。


 その魔の手はコウスケ達がいた四階の部屋にもやってきた。コウスケの両親は物音に起きたコウスケの目の前で、ナイフで惨殺された。


 怯えるコウスケだけを逃し、殺人鬼は過ぎ去っていった。顔は、黒いモヤがかかったかのように思い出せなかった。


 何故か悲鳴も電話回線も繋がらなかった。後の調査で、電話回線が壊されていたことが判明した。深夜の時刻に引き起こされた、計画的な犯行だった。山を降りて警察に通報したコウスケが駆けつけて頃には、すっかり朝になってしまっていた。


 その後、警察の捜査が始まったが、その疑いの矛先は間違った方向に向けられていた。そう、コウスケは殺人鬼として疑われたのだった。



「違います! 僕はやっていません!!」



 何度も何度も、警察の人にそう言って容疑を否定した。しかし、誰も信じてくれない。それもそうだった、犯行現場に生存者は一人もおらず、約50人余りが殺された。


 その誰もが寝ている合間に首元や心臓を突き刺された、残忍な犯行であった。その分、コウスケへの当たりも強い。


 12歳の子供に対して、あるまじき強硬的な態度。そして厳しい追及、その理由は彼が男であることに起因していた。


 冤罪被害者のほとんどは男性である。疑われやすく、そして人権も少ない男性は例え12歳の子供であっても容赦のない攻撃を受ける。


 さらには警察達は前の事件で犯人を逃すという失態をやらかしており、警察のメンツ的にも犯人と断定した少年を逃すわけには行かなかった。


 さらには、犯人が履いていた靴の足跡が女性らしかったが、コウスケが小柄で女性らしい体付きをしている事からなぜか尚更疑われた。


 この世では「女性は犯罪をしない」と言う根拠のない偏見が漂っており、例え犯人が女性と断定できる材料があっても男性が疑われるのだった。



「お前がやったんだろ! え!?」

「違います……違います……」

「本当のことを言え!! 警察なめんじゃねえぞ!!」



 毎日のように続く恫喝に、耐え切れない毎日がコウスケを襲った。次第に眠れなくなり、それどころか眠そうにしていると叩き起こされた。


 それに耐え切れなくなり、恐怖が植え付けられたコウスケは、我にもすがる思いで嘘の自白をした。「僕がやりました」と。


 しかしこの時点では、彼が犯人ではない証拠があった。例えば犯行に使った凶器の手の跡(指紋は検出されず)が女性そのものであった事。そして、彼に返り血が付いていない事など様々あった。


 しかし、それらは警察のいい加減な捜査によって揉み消された。警察としては、難航した捜査をこれ以上広げないためにコウスケを犯人と仕立て上げたかったのだ。


 こうして、コウスケは50人を殺傷した大量殺人鬼として無期懲役を言い渡された。彼がまだ13歳の頃だった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「それじゃあ……あんたは……」



 マリーはコウスケの話しが全て終わった後、驚きに満ちた表情でコウスケを見た。その顔は、どこか虚げで目にハイライトが写っていないようにも見える。



「はい……僕は本当は何も罪を犯していません。冤罪なんです、全て」



 今度はマリーが驚く番であった。こいつがどんな犯罪を犯したのか気になっていたが、案の定返ってきたのは、彼が冤罪被害者だと言う事実だけだった。



「信じてもらわなくても結構です。でも……僕にはここをクリアしてやりたい放題したいんです」

「やりたい……放題?」

「はい……僕の家族を殺した犯人を追い詰めて、ついでに僕に冤罪を押し付けた警察ややる気のない弁護士、そして裁判官全員を、地獄に送ってやるんです!!!」



 コウスケは怒りに任せた表情で言葉を放った。その目はギラギラと光っていて、先程までの優しい表情は無くなっていた。



「僕をこんな目に合わせた奴らを家族もろとも皆殺しにして、全員を叩き潰すんです! そしてその後、僕の家族を殺した犯人を探し出して……」

「ダメよ!!!!」



 コウスケのその言葉を、マリーが遮った。



「それだけは絶対にダメよ! あんたは冤罪被害者なのに、本物の犯罪者になる必要はないわ!」

「でも! このダンジョンズをクリアして無事生きて帰れたら、もう何をしてもいいんです! どんな犯罪を犯しても、許される権利が貰えるんです!!」



 コウスケの言う通り、マリー達には今後どんな犯罪を犯しても不問になる権利が与えられていた。それを餌にドクター・ユウスケが言っていたのを思い出すが、マリーの意思は変わらない。



「それでもよ!! あんたに本物の犯罪者になる必要はないわ!!」

「でも……!」

「お願いだから……お願いだから……」



 マリーは涙を流し、コウスケを説得する。



「私と一緒のロクデナシにならないで!!!」



 マリーはコウスケに縋って肩を掴み、泣くように叫んだ。



「犯罪者になったって、何もいいことはないわ!! 自分が人殺しをしたことで、苛まれるわ! あんたにそれに耐えられるわけ!? 何も罪のない人々を殺して、あんたは本物の犯罪者になるのよ!! それでも良いの!?」

「マリーさん…………」



 コウスケはマリーの今まで見せなかった表情に困惑する。彼女は今まで強気な姿勢で迫ってきていて、こんな泣くような表情を見せることはなかった。



「マリーさん……」

「うっ……ぅぅ……お願いだから……」



 マリーはコウスケに抱きつき、そのままコウスケの小さな胸元で泣き始めた。彼女の中で、コウスケに対するあまりにも残酷な仕打ちに、マリーはコウスケのことを思ったのだ。


 仲間も二人死んだ、その気持ちが止めのないダムのように溢れてきたのだ。コウスケは受け止めるしかない。



「マリーさん」

「コウスケ……」



 しばらくして泣きんやんだマリーを見て、コウスケは呟いた。二人は向かい合う対面対座で座っていた。見つめ合う目がキラキラと光り、そして唇を二人は近づけて──


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