第十話
すると突然、マリーの目の前が影で覆い尽くされた。マリーの目の前に現れたのは、ローラであった。彼女はマリーの前に覆いかぶさると、キュウビの鉤爪をモロに受けた。
「!!」
グサリ。そんな音が聞こえたかと思うと、ローラの防弾チョッキがぐちゃぐちゃに千切れ、血を撒き散らした。鉤爪によって血に濡れた肉が繊維と一緒に飛び散り、ローラを引き裂いた。
「ローラ!!」
そこまで叫んだところで、ローラの目の前で爆発がよぎった。ローラが去り際に放ったM67手榴弾であった。破片を撒き散らした手榴弾は、キュウビをローラごと吹き飛ばし、物言わぬ血肉がマリーに覆いかぶさる。
「キャッ!!」
少女のような叫び声と共に、マリーは吹き飛ばされて柱に背中を強打する。尖った背骨が平の柱に当たり、思わず唾を吐く。
「リーダー!!」
遠くからコウスケの声が聞こえてくる。それをよそに、マリーはキュウビを見据えた。先ほどの爆発で片目をやられたのか、右目から血を流しながらまたも遠くに立ち去った。
どうやら致命傷は与えられていないらしい。ローラが自分の身を挺して庇い、手榴弾で自爆覚悟で傷をつけたのにもかかわらず。
キュウビが体制を立て直しているその間に、マリーはローラの物言わぬ体を弄った。彼女の体には破片が突き刺さったせいで所々から血が流れており、顔は傷や火傷でひどい状態だった。
「ローラ……あんたねぇ……!」
もちろん、これだけの傷を受けて生きているはずもない。胸や腹からは鉤爪による傷から内臓が見えており、すでに死んでいることがわかる。
ローラのやつは嫌味なやつだったが、それでも今回の探索では役に立ってくれた。それどころか、自分の身を庇ってくれた。マリーはリーダーとしての不甲斐なさを悔やんだ。
「あんたの仇は取るからね……!」
マリーはそう言って覆いかぶさっていたローラの死体をどかし、放り投げられたSCARを拾った。
「コウスケ、アリーサ、いい?」
「はい!」
少し遠くにいるコウスケ達に向かってマリーは声をかける。
「二人とも、私が時間を稼ぐからその間に何か武器を見つけて頂戴!」
「ぶ、武器ですか?」
「ええ、あいつを倒すには火力が足りない。それをどうにかするために此処で強力な武器を見つけるほかないわ!」
「で、ですが無茶ですよ!」
「そうよ、武器が都合よく転がっているとも限らないわ」
マリーの提案に、アリーサとコウスケが反論した。その声根は慌てており、リーダーであるマリーを心配していることがよくわかる。
それもそうだ、せっかくローラに助けて貰った命を投げ出すかのようなお守り作戦。それが成功するかは分からないのだ。
「とにかくよ! 今探せるのはターゲットにされていないあんた達しかいないの! 早く探して!」
しかし、今ターゲットにされていないのはあの二人しかいない。一人ずつ仕留めようとしているあのキュウビからしたら、二手に分かれて戦う方がよっぽど都合がいいのだ。
「わ、わかりました! どうか気をつけて!」
「死ぬんじゃないわよ、ローラに助けて貰った命を無駄にしないで」
そう言って行動を開始するコウスケとアリーサ。その指示を出したマリーの目の前に、キュウビが立ちはだかる。
「どうしたの? かかってきなさい」
マリーはキュウビに向かって中指を立てながら挑発をする。一方のキュウビは、格下の人間に侮られたことがよっぽどプライドに触ったのか、口を大きく開けて雄叫びを上げた。
その足元に、三個の金属の塊が転がっていく。キュウビはそれが何か分かっていたのか、一気に後方に下がろうとする。が、キュウビの足元でそれらは一斉に爆発した。
キュウビの足元で爆裂したのはM67手榴弾と、Mk3手榴弾である。ローラの死体から漁って拝借した手榴弾は、計算され尽くしたタイミングで爆発した。
まず爆圧手榴弾のMK3が先に爆発してM67を打ち上げ、上に飛ばす。すると、後ろに飛び退いたキュウビは、上に打ち上がった手榴弾の爆裂に巻き込まれる形となった。
「キュァァァァァァ!!」
顔の目の前で炸裂した手榴弾はキュウビの目線を奪うことに成功し、今度は目を潰されないようにと、とっさに目を瞑らせた。
硬い皮膚に様々な破片が突き刺さる。当然まぶたにも降り注ぐが、それを難なく弾く。
「ギュルル……」
爆発が終わった直後、キュウビはマリーを探すがどこにも見当たらない。あの爆発の間に、マリーは柱の影にその身を隠していたのだ。
「来なさい、タイマンよ」
マリーは静かに挑発すると、自分のところとは反対方向へ向けて丸い筒を投げ込んだ。そいつはMK3ではない、直接的な殺傷効果のない爆弾である。
柱の近くで爆裂したそれは、緑色の煙を撒き散らし、その匂いを持ってしてキュウビを引きつける。血の匂いに誘われたキュウビは、一気に飛びかかるが、そこには何もいない。
マリーが投げ込んだのは、ローラの血を染み込ませた布で包んだM18発煙手榴弾であった。より長時間鮮やかな煙を撒き散らすこの発煙手榴弾にローラの血を染み込ませた布で包めば、煙の中に誰が居ると勘違いさせられる。
そして、その隙にマリーは柱の梯子を伝って上に登り、決死の覚悟でキュウビに飛びつく。
「キュァァァァァス!!!」
雄叫びを上げて振り落とそうともがくキュウビに向けて、ほぼゼロ距離からデザートイーグルを放つ。その発砲炎で手元が熱くなるが、気にせずに二撃三撃と打撃を与え続ける。
しかし、マリーの力も限界がある。やがて振り下ろされ、マリーは無様に床に叩きつけられる。しかし、まだ走れる。痛む体に鞭を打って全力で走り始める。
「来なさい! 今度は追いかけっこよ!!」
マリーの足ではキュウビに追い付かれてしまうのは目に見えている。だからこそ、仲間がいる方向へ向かって全力で走る。
それに向かってキュウビは追いつこうとするが、その瞬間真横から強烈な衝撃がキュウビを貫いた。
「やっとね……ナイスタイミング!」
キュウビを横から貫いたのは、500メートルほど先にいたアリーサであった。彼女は巨大で強力な20ミリ弾を撃ち出す対物ライフル、『ダネルNTW』を伏せてキュウビを横から見据えていた。
「間に合った!?」
「もちろんよ、でも油断しないで!」
再びキュウビに向けてダネルから20ミリ弾が放たれる。血肉がキュウビから飛び出し、明らかに効いていることが分かった。
キュウビも耐えきれず、雄叫びを上げてその方向に向かって走り出す。すかさずその脳天に向けて20ミリが放たれるが、見切っていたかのようなタイミングで避けた。
四発目を打つ暇はない。ダネルはいちいちボルトをコッキングするボルトアクション方式の銃のため、連射が効かないのだ。
「コウスケ!」
「はい!」
それを悟っていたコウスケが、あらかじめ準備していたブツを構える。重く嵩張るそれは、筒状の形をしていて、鼻先の物体からはさらに小さい棒が伸びている。
キュウビが飛び上がり、二人に襲いかかるかのように上空をとった。その下には、柔らかい腹が据えている。
「発射!!」
コウスケが筒についたトリガーを引いた。すると、前に付いている弾頭のロケットが点火され、後方への鉄粉製カウンターマスが後方10メートルほどにまで噴射して反動を打ち消す。
ロケットランチャーの弾はそのままキュウビの腹に向かって飛んでいき、プローブが伸ばされた鼻先が当たり、膨大な熱量を発生させる。
皮膚を貫通し、そのままの勢いでロケットは内臓を破壊して爆発した。
「ギャァァァァァ!!!」
『パンツァーファウストIII』、対戦車榴弾発射器、それがコウスケがキュウビに向けて撃ち出した物体の名前だ。
ドイツで開発されたこいつは、現代でも指折りの威力を誇り、戦車をも破壊するほど。撃ち出される対戦車榴弾は装甲を貫通し、内部にダメージを与える。
そもそもが戦車を破壊するためのもので、こんな生き物に使うものではなかったが、威力は十二分だったようだ。
キュウビはそのまま爆発で持ち上げられて吹き飛ばされ、空中で一回転してコウスケ達の後ろに叩きつけられる。そして、動かなくなった。
「確認してきます」
コウスケが使い捨てのパンツァーファウストIIIを投げ捨て、レミントンにスラッグ弾を詰めコッキング。キュウビの頭部に近づいて、押し当てる形で撃ち込んだ。
「死んでいます」
どうやら、これで倒せたようだった。駆けつけたマリーとアリーサはその場で安堵する。
「なんとか……倒せたわね……」
マリーはその場で呟く。その手には、ローラのドッグタグが持たれている。
「犠牲を払った分、ローラの分もここを攻略しなくちゃね」
そう言ってアリーサも賛同する。久しぶりに、マリーは泣きたくなってきた。




