第一話
第一話
鉄の棺桶。
マリーはこの鉄道のことをそう呼んでいる。自分にとって、この電車は間違いなくこれから向かうところへの片道切符に等しい。
ガタゴトと音が鳴る車内は、その音に反して揺れが少ない。その中では十人の人間が銃火器を持った状態で待機していた。
「…………」
その十人の中の一人、金髪に豊かな胸が装備から突き出しそうな少女、マリー・レイノルズ。彼女は手に持った小銃を眺めながら、その状態を確認していた。ガッチリとした四角いバレルと、ゴテゴテしたレール。H&K M416、それがこの銃の名前だ。
この銃は西側のライフルにしてはかなり頑丈で、マフィア時代にM4系列の武器を扱い慣れたマリーにとってはベストマッチな銃であった。
マリーはそこまで確認すると、弾が入った細いマガジンを装填して安全装置を解除する。これで、ここにいる看守ですらも撃ち殺せるだろう。
『まもなく、新宿、新宿。危険地帯ですので、関係者以外は降りないようにお願いいたします』
車内のアナウンスが流れ始めた。この列車はこの国の技術で作られた無人運転列車だ。無機質な車内と誰もいない座席、だがアナウンスはやけに人間じみている。
私たちは捨て駒だ。囚人という立場を利用して、このダンジョンを攻略するために送り込まれた捨て駒だ。
このダンジョンは未だ人類が攻略できていない未開の地、正規の軍人でも深層部には到達することはできていない。そして、貴重な軍人を失うわけにはいかない。
だからこそ、自分たちのようなロクデナシを使うのだ。犯罪者なら失っても損失はないし、そもそも死のうが死なないが関係なし。死んでくれるならロクデナシが減り、生きて帰ったならそれで良し。そんな感じだろう。
「クソッタレ……」
マリーはそう言って毒づいた。まさか、日本にまで来てこんな場所に潜ることになるとは思っていなかった。できることなら、観光辺りで来たかったものだ。
『新宿、新宿。ご乗車ありがとうございます』
車内アナウンスにまで『アリガトウ』を入れるとは、律儀な民族だと思いながら、マリーは座席を立った。
「ついて来い」
日本製最新の、真新しいレールが付いた二脚付きアサルトライフル、HOWA 5.56小銃。それを持った監視役の四人の人間が、マリーを挟み込むようにして連れて行く。自分を暴れさせないための措置だ、たしかにこれでは抵抗する気も起きない。
新宿駅だった場所からホームを降り、途中にある何人かの人間が通れるトンネルのような道を辿って奥底に入っていく。
「ここだ」
それを辿っていくと、何やら重厚な扉が目に映った。高さは10メートルほどだろうか?横は8メートルほど、ビルくらいの大きさの扉が左右に閉じられている。
その扉を両眼で睨みつけていると、横から勢いのある衝撃を受けた。マリーは思わず倒れ込み、蹴られた頭を摩った。
「久しぶりだな」
痛む頭を抱えて、マリーは蹴りを入れた本人を睨み付ける。少し薄めの色の褐色黒人、彼女は黒髪のショートヘアに整った顔立ちをしている。自分と同じM416を携えているのが妙にむかつく。
「ローラ……貴女ね!」
「マフィアの闘争以来か?お互い無様だな」
マリーとローラと呼ばれた少女は、互いを睨み合って言い争う。それを看守たちは止める気はないのか、放置気味だ。
自分たちはここに来る前にある程度の訓練をやらされていたが、そのほとんどはVR空間での訓練であり、アバターを介してのやり取りだった。今初めてリアルの顔ぶれと顔合わせをしている。
だがまさか、そのうちの一人がこの腐れ縁だとは思わなかった。こいつは、自分がマフィアに居た時代に闘争相手の戦闘要員を務めていた腐れ縁だった。
「二人とも、喧嘩は止めにしよう?」
「「誰!?」」
マリーとローラがその声の方向に息ぴったりに振り向いた。そこには、クールな印象の銀髪の少女がいた。二人の怒号にも表情で自己紹介をする、獲物は信頼性の高い隙間の空いた特徴的なバレル、伸縮ストックが特徴的な東側のアサルトライフル、AK-12。
「私はアリーサ、Russianよ、政府のコンピュータをハッキングして捕まった」
彼女はぶっきらぼうにそう自己紹介をする。自分たちは言語が違う国々から来ているものの、ヘッドセットのインカムに付けられた自動翻訳機能で通訳をしている。生の人間の声と、機械による音声のミスマッチが気に入らない。
「あっそ、30人殺したローラよりはマシね」
「はぁ!?」
「どっちもどっち……」
マリーとローラの喧嘩掛け合いに、アリーサが皮肉混じりに呆れる。その掛け合いの最中、マリーが来た方向のトンネルからまた一人、囚人が来た。
「誰?遅いわよ」
「す、すみません……遅れました……」
最後の一人だろうか、この囚人の中ではたった一人の少年である。モスバーグM500ショットガンを携えた小柄な少年、彼はおどおどした雰囲気で自己紹介をした。
「えっと……コウスケ・ヒノって言います……Japaneseです」
「へぇ、可愛い見た目してんねぇ」
「男?そうは見えない」
少し長めの青味がかかった黒髪に小柄な背丈と肩幅、おそらくはマリーよりかは一つ二つは年下だろう。手に余るショットガンの方が大きく、ひ弱そうな雰囲気が漂っている。見た目や顔も相まって、まるで女子だ。
「あんた本当に役に立つの?見たところ弱そうだけど」
思わずマリーは厳し目の口調でそう質問した。彼のひ弱そうな見た目を見たら、このダンジョンのモンスターを見ただけで腰を抜かしそうだ。不安材料にはしたくない。
「一応メディックをやってます、なので回復や治療でなら役立つと思います……」
メディック、その名の通りの回復役である。仲間の回復や治療をする専門の軍医のような存在だ、案外生命線と言っても良い。
マリーたち四人にはそれぞれ役割が当て付けられている。マリーとローラがアサルト、つまりは火力担当。
そしてアリーサがハッカー、これは特殊な役割でこのダンジョンのロックがかかった装置などを動かすことができる役職だ。
「まったく……なんでこんな奴が……」
マリーはそう毒づいた、その刺のある言葉にコウスケはしゅんと下を向く。マリーはこのクソッタレの場所に放り込まれた理由を、思い出していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
アメリカの砂漠地帯、その真っ只中に巨大な構造物がある。空から見下ろせば五角形をしており、高さも一辺の長さも巨大だ。周囲に有刺鉄線を持つコンクリートの壁が三重に張り巡らされており、等間隔に監視塔が建っている。
ここは、アメリカの国立重犯罪者用刑務所。アメリカ屈指のロクデナシが集まる犯罪者の巣窟である。人間の力では絶対に破れない三重の強化ガラスで覆われた牢獄は、一見すると刑務所には見えない。
だが内部は常に監視されており、自由も娯楽も一切ない空間は気が狂いそうなほどである。
その中でマリーは牢獄の中で体育座りをしながら暇を潰していた。何も考えることはない、ただ心を無にして時間を潰すしかこの刑務所で過ごす方法はない。
すると、ガラスの向こう側に何人かの人間が現れたのにマリーは気がついた。一人はここの責任者、一人は研究者のような出立をしており、最後の一人はショットガン──たしかレミントンM870と言っただろうか──を持っている兵士らしき人物だ。
おそらくはボディーガード、お偉い方の護衛といった感じだろう。どうせ彼らは自分には興味を示さない、そう思ってはいたが研究者は看守とガラス越しにやりとりをすると、自分の前で止まった。
『やあ、君がマリー・レイノルズ君だね?』
ガラス越しでは声が通らないため、マイク越しに話し始める研究者。顔立ちは男性のそれで、意外と整っている。携えた黒い髪は、アジア系の人間を思わせた。
『ああ、その前に自己紹介をしておくよ。私はユウスケ・テラダ、見ての通りの研究者だ』
「Japaneseがなんの用?」
そう言うと、ユウスケと名乗る男は不適に笑って見せた。
『そう警戒しないでくれ、私は君にチャンスを与えようと思ってね』
「は?チャンス?なんの事?」
『結論から言おう、そのチャンスを掴めば君はこの刑務所を出ることができる』
なんの事だかさっぱりだ、ここから出られるチャンスだと?そんなものあるはずがない、ふざけているのだろうか?
『マリー・レイノルズ、白人17歳。重犯罪で禁固650年の刑、罪状は殺人、強盗、恐喝、未成年者強姦、器物損壊、不法侵入、銀行強盗、それから……』
最後まで言い終わる前に、マリーはマイクの電源をブッツリと切った。そのまま腕を枕にして仰向けにベットに寝込む。
『……ダメだよ、人の話は最後まで聞かなくちゃ』
「日本人ってクソ真面目ってイメージあったけど、あんたみたいなクソムカつく野郎もいるのね」
『それで?ここから出たいとは思はないのかね?』
出たくないと言えば嘘になる、だがこの野郎に顔向けするのは気が引けるだけだ。
「……内容は?」
『うむ、実はね私はある場所を研究しているのだよ。君にはその手伝いをしてもらう』
「どこのよ?」
『世界に四つしかない場所、君がここに入る前にはもうすでに知っていると思うよ』
世界に四つしかない場所、記憶を探ってみるがすぐにやめた。面倒くさい、いちいち思い出すよりこいつに聞いたほうがよさそうだ。
「……知らないわ」
『正解はね……ダンジョンだよ』
ダンジョン、その言葉を聞いてマリーは貧乏くじを引いたと後悔した。クソッタレの場所からクソッタレの地獄に変わるだけじゃないかと、そう思ったからだ。
『君もダンジョンの事については知っているね?』
「……世界に四つしかない地球最後の魔境、人知を超えた現象や化け物がウヨウヨいる地獄、そうでしょう?」
ダンジョン、それは世界に四つしかない地獄のような場所だ。地球最後の秘境と呼ばれ、ウクライナ、アメリカ、日本、中国の四ヶ所にある。それぞれ形態は違えど、共通点がある。
曰く、そこは人知が通用しない現象が存在する。
曰く、生物の枠からかけ離れた化け物がいる。
と言う点だ。それぞれ大規模な災害や事故などが原因で突発的に発生した場所である。確か、日本の場合はトウキョウのシンジュクと呼ばれる場所に地下に蟻の巣状に広がった、深さ不明の縦穴だった気がする。
『そうだ。単刀直入に言おう、君には何人かの仲間と共にトウキョウのシンジュク=ダンジョンを攻略してほしい』
「…………」
あまりにも突拍子もない話だとマリーは思った。ダンジョンは化け物たちがウヨウヨいる巣窟、そこを仲間と共に攻略しろだなんて非現実的な願いだった。
「無理よ、素人にできるわけがないわ」
『いや、君はマフィアとして銀行強盗をした時にチームを組んで銃撃戦をこなしたって言うじゃないか』
「……よく調べてますこと」
『それくらいの戦闘力があるなら、少しの訓練でも良さそうだ』
「武器はどうするの?」
『もちろんある程度提供する。だがシンジュク=ダンジョンの特性は知っているだろう?』
「確か人間が武器と認識しているものが、ランダムにそこらへんに散らばっているのよね?」
「そうだ、それを回収して使ってもらっても構わない。基本的に攻略の仕方は君達次第だよ。そして、その最深部でボスを倒して帰還できたら、君は晴れて無罪放免という事だ」
「…………」
そこまで聞いて、悪くない話だと思うマリーであった。
「では、良い返事を期待しているよ」
そう言ってユウスケは自分の牢獄を後にした。ガラス越しに見える背中に、マリーは手で銃を作ってそれを向けた。
「やってやるわよ、クソッタレ」
◇◆◇◆◇◆◇◆
ブザー音と共に、鋼鉄の扉が左右に開く。この先が、シンジュク=ダンジョン。地獄への入り口だ。
「早く行け」
マリーは背中に衝撃を受けた。看守に蹴られたようで、そのまま入り口をすっ飛ばして中に入れられる。他の三人もそうだった。そして、マリーたちが入った事を確認すると、すぐさま扉は閉められた。
「いくわよ、ここが私たちの死に場所よ」
そうして四人は、地獄への入り口シンジュク=ダンジョンへの一歩を踏み出した。マリーはここが自分の死に場所だと、そう思っていた。