東京悪夢物語「蜘蛛」
東京悪夢物語「蜘蛛」
ピカッ、ゴロゴロゴロゴロー
ピカッ、ゴロゴロゴロゴロー
雷だ、
ザザザザザーザー
凄い雨が降ってきた。
ピカッ、
また、光った、
ゴロゴロゴロゴロー
「雷雨か、」
パッ、パッ、
電気が消える。
「停電?」
私は事故により下半身が動かない。
車椅子での生活だ。
大抵の事は自分でできるが、ヘルパーさんの助けなしでは生活はできない。
もう、ヘルパーさんは帰っていた。
暗闇の中、手探りで懐中電灯を探す。
「あそこにあったような、」
シャーッ、
車椅子を走らせる。
ガサ、
「あった、」
カチ、
懐中電灯の灯りを着ける。
?
奥の方に人影が、
「誰だ、」
「誰かいるのか」
……
「誰かいるのか、」
……
気のせいか、
……
「俺だよ、」
うん?
何も見えない。
「誰なんだ!」
……
「お前に邪魔された蜘蛛だよ」
「なに、」
そういえば数日前、玄関に大きな蜘蛛の巣があった。
そこに一匹の蝶が架かっていた。
蝶は必死にもがいていたが、まったく糸は取れそうになかった。蜘蛛は、ゆっくりと近づき、蝶を食べようとしていた。
私は可哀想だと思い、蝶を掴み蜘蛛の巣から離してやった。
飛んでいく蝶。
いいことをした…
「ああ、あの蜘蛛か、」
「俺は、お前らに危害を加えない。ただ巣を作り、獲物を取るだけだ」
「なのに何故、邪魔をする」
「……すまなかった。ただ蝶が可哀想だったから、」
「可哀想、」
ビクッとする車椅子の男。
「俺たちは可哀想じゃないのか!好きでこんな生活をしているんじゃない」
「もう、10日も食べていないんだよ。俺たちは、虫を食べないと死んでしまうんだよ」
「解るか、お前に邪魔をされて、あれから、まだ何にも食べてないんだよ、」
……
「すまなかった。これから気をつけるよ」
「これから?」
「これからじゃすまないんだよ、」
「餌がかかるまで、じっと待つ。何日も何日も待つ。どんなに腹が減ってもじっと待つ。餌がこなけりゃ死ぬだけ…」
「この辛さが解るか、」
「すまん、」
「お前は、俺の餌を取った、」
「代わりにお前が餌になれ、」
「えっ、」
「ここにはもう、誰も来ない」
「来られないようにした」
男の家の玄関が蜘蛛の糸で塞がれていた。
ピカッ、
雷の光、
蜘蛛の姿が見えた。
大きな蜘蛛が男の前に立っていた。
長い脚を大きく広げ、男を囲んでいた。
黒黄色い女郎蜘蛛だ。
じっと見ている。
「助けてくれ、」
蜘蛛の眼がギョロギョロと動く。
口が開く、大きな口が開く。
「助けてくれー」
パタパタパタパター
突然、大きな蝶が部屋に飛び込んで来た。
バババッ、
鱗粉を撒き散らす蝶。
「ううっ」
不意を突かれ後退りする蜘蛛。
「今よ、」
ガシッ、
蝶が私の車椅子に脚を掛けた。
シャーッ、
裏口から急いで逃げ出す。
シャーッ、
シャーッ、シャーッ、シャーッ、
通りまで走り続ける。
はあ、はあ、はあ、
息が苦しい。
後ろを振り返る。
蝶はいなかった。
車椅子の手探りには、白い鱗粉が着いていた。
雨は、いつの間にか、
止んでいた。
後日、
ヘルパーさんと一緒に家まで行ってみた。
中には、小さな女郎蜘蛛が死んでいた。
そして、道には、
ボロボロになった蝶が1匹、
死んでいた…