受付嬢「スローライフですね?はい、分かりました!」
ここはドコカーノ王国、国民相談窓口。
国から選ばれた、優秀なサポーター(受付係)が国民の様々なトラブルを解決に導きます。
※受付嬢と男の会話劇です。
───ドコカ―ノ王国、国民受付窓口。
一人の男が、窓口の受付嬢と話をしていた。
「……といった訳で、僕は冒険者生活に幕を下ろすことにしたんだ。もう仲間同士の人間関係で悩みたくないし、貴族の陰謀に巻き込まれるなんてコリゴリだしね……」
「ははぁ……なるほど。分かりました」
「どこか、誰にも干渉されず、穏やかに過ごせる……スローライフに良い場所はないだろうか?」
ヤレヤレと頭を掻く冒険者を前に、受付嬢は元気に話を切り出した。
「では、この王国の最果て、カーナイド辺境伯様の領地であるカッソー村が領民を求めております。そこで生活してもらいましょう」
「カーナイド……ちょっと待ってくれ」
「何か?」
「カーナイド領って言うと……あの北の山奥にある、何もない土地の事かい?」
「はい、そのカーナイド領です。いい所ですよ、貴方様が仰るスローライフに持って来いの場所ですし」
「自給自足と言っても、限界があるだろう?」
「いえいえ、辺境伯様の領地は自然が豊富ですので心配はございません。山菜やキノコが自生し、多くの領民は山や森の恵みで生活しております」
「それだけかい?つまらない場所だなあ、不便じゃないか」
「便利な都を離れ、わざわざ地方に向かうのですから当たり前です」
「まあ、そうか……あ、冒険者ギルドはどこにあるんだい?傭兵とか、そういった仕事も併せて紹介して欲しい。これからの生活の足しにしないと」
「ありませんよそんなの。優秀な領内の騎士様達が揉め事を片付けられます。とても平和な領地でして……討伐依頼があったとして、せいぜい大きなイノシシが畑を荒らすとかですしね」
「平和だってぇ!?盗賊や魔物もいないのかい?それだと困るよ!僕、冒険者として凄い力を持ってたんだよ?」
「いやいや、その凄い力で畑を耕し、シカやイノシシを狩って下さいよ」
「害獣駆除で有名になれる訳ないだろう!」
「人間関係に疲れて、隠遁生活をするなら目立ったらダメでしょ。思いっきり矛盾してますよ」
「……」
「力のある元冒険者の方が移り住むのであれば、領民の皆さんや伯爵様もお喜びになられますよ?」
「……まあ、そうだろうな」
「ええ」
「ふう、分かったよ。じゃあ移住手続きをしてくれ(向こうでカワイイ女の子と仲良くなったり、辺境伯のご令嬢を紹介されたりとかあるかもしれないし……それで我慢するか。ウシシ)」
「因みにカッソー村の人口は平均年齢50歳オーバーのつぼ型……いえ、10~20代が皆無なので極端に低い山型です。また、辺境伯様のご息女はもうご成婚され、他の領地で家族仲良く暮らしておられますね」
「!?」
「では、手続きをさせていただきます」
「待ってくれ!」
「はい?」
「あの、あのな……そうだ!もしかしたら……仲間が僕の行方を追ってカッソー村にやって来るかもしれない!それだと村の人たちに迷惑をかけるかも!あ~これは困ったな、簡単に移住する事は出来ないな~」
「ご安心ください!匿名での移住手続きは違法なのですが……身元がハッキリした方で、今後移住によるトラブルが起きる事が予測される方々のみ、特別に別名での登録を認められておりますゆえ。もうお仲間に悩まされる事無く、平和に過ごせますよ!」
「……くっ」
「では。こちらの書類にお名前を……」
「……いやだ」
「はい?」
「僕は!スローライフがしたいんだ!」
「ですから、人間関係に悩まされる事の無い、穏やかな移住先を紹介しているではありませんか」
「こんなの、全然スローライフじゃない!」
「はい?」
「盗賊に襲われてる貴族令嬢を助けてイイ感じになったり、奴隷幼女を助けてパパって呼ばせたり、『あなたを追って来たの!』と昔の仲間が僕を追いかけて来る!そんなスローライフを僕はおくりたいんだ!」
「何バカな事を言ってるんですか(笑)そんなモテない男が考えたような恥ずかしい妄想、止めて下さい」
「剣を取り、人々を襲う様々な魔物や盗賊を打倒して富を築き!」
「畑を荒らす野生動物(シカ……1500G、イノシシ5000G)、沢山倒すとそれなりの富を築けますね」
「女の子にモテモテで!」
「下は40、上は80代のオトナなレデイがあなたをお待ちしております」
「やがて領地に名が轟く英雄になる!それがスローライフの醍醐味じゃないか!」
「ただの成り上がり野郎じゃないですか。ご当地ヒーローで我慢して下さいよ」
「ああ、もう!分かってない!もっと他の領地を紹介してくれ!僕はもっとドキドキワクワクな冒険をして、刺激に満ちたスローライフを送るんだ!落ち着いた土地で何のスリルやスペクタクルも無く、日がな一日をのんびり過ごすなんてスローライフじゃない!そんな田舎、絶対に行かないからな!」
─────コンコンッ(裏口からノック音)
「……一体何の騒ぎだ?」
「あ、組合長」
「おい、他の部署からうるせえって苦情が来てるぞー」
「組合長!実はこの方、カッソー村への移住を希望されてまして」
「お、おい!僕はそんな事一言も……!」
「何、カッソー村へ!?それは朗報だ!!いやあ~あそこ、若者がなかなかやって来ないってんで、人集めに苦労してたんだ!」
「ちょっと待ってくれ!話を!」
「ようし、こっち来い!善は急げだ!住民登録は受付嬢に任せて、早速件の村へ行くぞ!空き家が山ほどあるって話だ」
「僕は、スローライフを夢見てここに来たんですぅ~」
「おお!スローライフ!それは都合が良い!存分に余生を楽しんでこいよ」
「あああ~~~!!」
─────組合長に引きずられ、男は連れて行かれた。
「ふう、今日も良い仕事したわぁ~」