表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

童話・SF・コメディー・その他

天使のしもべは語る

 私は天使の(しもべ)。天使のために、この身を捧げる者。


 至上の幸いである天使に仕える仕事は、もちろん、かけがえのない喜びに満ちたものではあるが、自らを律する強い心を求められる過酷さもある。

 それでも私は毎日、天使のために寄り添い、恐れ、(あが)(たてまつ)る。それが私の使命であり、望みであり、救いなのである。


 天使には特別な食事をお供えしなければならず、私が口にするようなものをお出しするなどあってはならない。

 天使の体を毒さないよう、新鮮な食材に、清らかな水。それらを清浄な器によそって供えるのだ。時には半分も召し上がらなかったり、別のものを所望されることもあるが、そんなことで心を乱してはならない。私は(しもべ)。私にとっては理不尽なことも、天使にとっては取るに足らない些事。粛々と仕えるのみだ。


 天使は、芸術をこよなく愛するお方でもある。

 私は日々、天使のために語り部をし、楽を奏し、歌い、舞い踊る。

 天使の様子をうかがいながら、少しでも楽しんでいただけるよう心を尽くす。

 天使がその汚れなき(まなこ)を輝かせ、満足そうな微笑みを見せてくださると、私は喜びで胸がいっぱいになるのだ。


 天使は穏やかな面もお持ちだが、ひどく荒ぶることもある。ひとたび荒ぶれば大音声(だいおんじょう)を轟かせ、大地は荒れ果てる。

 天使はその心の内を、私めにお話しになることはないので、私は天使の悲しみ、怒りを解くために心を砕かなくてはならない。

 時に捧げ物をし、時にいと高き場所にお祀りして、誠心誠意、その御心を慰め、鎮まっていただくのだ。


 天使は日々知見を広げようと努めていらっしゃる。そんな天使をお助けするため、下界へとお連れするのも私の大切な仕事だ。

 私にはありふれたものも、天使にとっては物珍しく映るご様子で、野に咲く草花や名も知らぬ虫など、いつも彼方此方へと、せわしなく目を向けられる。きっと様々なお考えを巡らせているのだろう。

 たまにすれ違う人が一目お会いしようとやって来ることもある。老婆や子供たちが多いだろうか。天使をありがたがり、幸せそうな表情になる彼らを見ると、なぜか私まで誇らしい思いになるのだからおかしいものだ。


 天使は心身ともに汚れることのないようにしなければならない。

 御身体(おからだ)より出でる不浄のものを拭い去り、その御身を清潔に保つのも大切な仕事である。

 不浄のものといっても、天使から生まれ出るものは、私にとっては全てが清らかなものだ。

 御身体を整える時は、天使の艶やかで繊細な御髪(おぐし)、滑らかな柔肌を傷めることのないよう、そっと触れる。

 その瞬間もまた、祝福と癒しに満ちた至福の時である。


 そして、私は疲労の溜まった体に鞭打ち、一日の最後の務めを果たす。

 暑すぎず寒すぎず、硬すぎず柔らかすぎない、極上の寝床を整え、微睡(まどろみ)の中に(いま)す天使を、真っさらな敷布に横たえるのだ。

 天使が目醒めることのないよう、そうっと、慎重に。決して起こしてはならない。


 すやすやと眠られる無垢なる存在の、一点の汚れもない安らかな御顔を拝すれば、私は慈愛の心に満たされ、天に召されそうなほどの幸福感に包まれる。

 私はゆっくりと顔を近づけ、天使の柔らかな頬をひと撫でして、優しくキスを落とす。



「おやすみなさい、私の可愛い赤ちゃん………………あっ、起きちゃった……!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] はじめて感想欄に失礼いたします! 素晴らしい!! いやこれホント、素晴らしいです!! 拝読しながら、「天使のしもべのお仕事、なんて大変なんだ。 天使様ったらずいぶんと気難しい性格をして…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ