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この村のダンジョンには門番がいます。

作者: 丸い円

ご覧いただきありがとうございます。ぜひ最後までお読みください!


2020/03/10

日間ヒューマンドラマランキング38位ありがとうございます!

「気をつけて行って来てください。引き返す勇気を忘れずに。何かあったら僕を頼ってくださいね」


 彼はまるで機械仕掛けのゴーレムのように、その言葉を繰り返す。例え中堅冒険者や、時には新人冒険者にさえ馬鹿にされたとしても。


 村の外れにあるダンジョンの門番。それが彼の仕事だった。彼について皆が知っているのは元冒険者だということくらい。冒険者たちがダンジョンに挑む時、彼は必ずそこに立っている。


「はっ、どうせモンスターなんて出てきやしねーよ!」

「出たとしてもお前なんかに倒せるもんか!」


 気性の荒い冒険者たちは彼に罵倒の言葉を浴びせる。それでも彼が声を荒らげることはない。


「そうかもしれません。だけどあなたたちが危機に陥った時、僕は必ず助けに行きます。例え僕の手に負えない敵だったとしても」


 冒険者たちはダンジョンのモンスターを倒し、貴重な資源を集めることで生計を立てている。多くが戦闘能力に長け、マージンを取ることで危険に陥ることはほとんどない。探索され尽くしたこのダンジョンでは尚更だった。故に、彼の言葉は冒険者たちの心に響かない。それでも彼は毎日声をかけ続ける。気が遠くなるほどの回数を。


 それは明るく晴れた夏の日。つい先月冒険者になったばかりの新人パーティーがダンジョンに挑もうとしていた。いつものように彼は声をかける。だが彼ら新人冒険者にとってもその忠告はお節介にしか聞こえなかった。


「お前より俺らの方が強いっつーの!」


 そう言って彼らは武器を自慢げに鳴らした。そうして彼らはダンジョンへ挑んでゆく。門番はいつものようにその後ろ姿を見送った。


 日が沈みかけた頃。村に食事の香りが漂い始めた時、その声は聞こえた。


「誰かっ……」


 ダンジョンの中から聞こえる、微かな声。その声はかすれ、恐怖に溢れていた。その声が出口に届いた瞬間、彼は動いた。


 砂塵を巻き起こし、彼は長剣を掴んでダンジョンの中へと身を投げる。声の元まで全速力で駆け抜けた。


「なんで、なんでこんなモンスターがこの層にいるんだよ!」

「誰か助けてよ!」


 4人いたパーティー。無事に立っているのは1人だけだった。その1人も満身創痍で、剣を杖にして立つのがやっと。対するモンスターは足元にいくつかの傷があるだけで、倒れる様子は見えなかった。彼らは絶望に打ちひしがれる。この時間、多くの冒険者が帰宅し、応援は望めない。欲を出して遅くまで探索を続けたミスだった。その代償は彼らの命によって支払われる。剣をよろよろと掲げた冒険者に、モンスターの横なぎが襲い掛かった。死を覚悟した冒険者。しかしそれは訪れなかった。


 彼が目にしたのは自分とモンスターの間に割り込む男の姿。体中から汗を吹き出し、必死にモンスターの腕を食い止めていた。それは紛れもなく、いつも彼らが馬鹿にしている門番の姿だった。


「あ、あんたがどうして!」

「残りの皆を連れて、地上まで避難しなさい」


 彼は力を振り絞り、モンスターの腕を凌ぎきる。モンスターは攻撃が弾かれたことに疑問を覚え、距離をとった。彼は皆が聞いたことのないような大声で叫んだ。それは彼の心からの叫び。


「お前に彼らは殺させない。僕は門番だ。絶対にここは通さない!」

「なんで……俺らいっつも馬鹿にしてたのに。どうしてなんだよ!」


 冒険者は仲間を助け起こしながら、命の恩人に問いを投げかける。


「なぜ、ですか。僕もね、かつてはそちら側だったというだけの話ですよ。さあ、時間がない。早く行きなさい」


 すでにモンスターは動揺から立ち直り、門番を見据えている。時間の猶予はなかった。


「でも、あんたが! 俺らが逃げたらあんたはどうすんだよ!」

「これが僕の仕事ですから。ダンジョンに潜る冒険者を守るのは僕の役目。気にしないでください。早く!」


 冒険者はそれでも尚、出口へ向かうのを躊躇っている。それは、目の前で自分の恩人が死に向かおうとしていることに対する恐怖と、それを黙って見るしかない自分への罪悪感ゆえか。門番はその様子を見て取り、静かに言った。


「もし、もしあなたが僕のことを大切に思い、死ぬのを惜しんでくれているのであれば、お願いします。僕はここで死にます。もう他の冒険者が危機に陥っても助けてあげられない。だから、同じ状況に陥った方がいたら、あなたが代わりに助けてあげてください」


 この状況で不思議と静かに聞こえる彼の声は、冒険者の心へと染み渡った。冒険者は涙を拭い、門番を見上げた。最早その目に恐怖は見当たらない。


「わかりました。あなたの想い、僕が確かに受け取ります。本当にありがとうございました」


 その言葉を最後に彼は仲間を連れて門番に背を向けた。遠ざかる足音。門番はふっと口元を緩めた。


 モンスターが走ってくる。彼はしっかりと剣を構え、相対した。呟く。


「僕は守れたんでしょうか、先輩」


 新人冒険者のパーティーがモンスターに襲われた事件から数週間。ダンジョンを有するこの村では変わったことと、変わらないことが一つずつあった。


 変わったことは事件にあった新人冒険者のパーティーに所属する、1人の男が冒険者を辞めたこと。変わらないことは、この村のダンジョンには門番がいるということ。


「気をつけて行って来てください。引き返す勇気を忘れずに。何かあったら僕を頼ってくださいね」

最後までお読みいただきありがとうございました。感想やブックマーク、評価をいただけると喜びます。


ある企画で、最初の三文と最後の三文を全く同じにするという条件で書いたものになります。


よろしければ他の作品もご覧ください。下にリンクがございます。ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。あっさりすっきり読みやすく、オチもとても分かりやすい。受け継がれていく門番の役割に、受け継がれてよかったなあ、でも、これまでにどれだけの門番が死んできたんだろう。という二つ…
2020/05/13 14:20 退会済み
管理
[良い点] 星新一のショート・ショートを読んでいる感じでした。短編であっさり読めるのもよかったです。 すっきりまとまっていて面白かった。 [一言] 短編を紹介されたことがあまりないので興味深かったです…
2020/05/08 05:59 退会済み
管理
[一言] 時代は繰り返す。先輩から後輩へ 普遍的なテーマですね。
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