⒊精霊は何かを知っている①
ーーー春
春の花々が色鮮やかに咲き始め、庭が色あざやかになってくる季節を迎えた。
カンナ嬢を学園に連れていくようになってからしばらくが経っていた。猫の姿で主におとなしく、僕の肩の上で学園を楽しんでいる。
皆がいるときは静かに僕の肩で過ごし、僕らしかいない時には楽しそうに動き回る。それが当たり前になってきた。
はじめのうちは肩の上から学園生活を見ることにも、はしゃいでいたけど。最近は少し落ち着いてきたかな?
まぁそれでもあれこれに興味を示し、賑やかしいけどね。カンナ嬢は期待通り、僕の学園生活を面白いものにしてくれている。
つまらない授業すら、カンナ嬢が楽しそうに聞いているから面白く感じるんだよね。不思議なことにね?
「クロッカス様、今日から3年生ですね?今日は新入生の入学式があるんですよね?」
カンナ嬢は朝からソワソワしている。
入学式がそんなに珍しいのかな?カンナ嬢が入学するわけじゃないと言うのに、朝からずっとカンナ嬢は凄いテンションが高い。
式典があるからかな?別に面白いことはしないと形式に則った式典なんだけどね?カンナ嬢にはあれも楽しいのかな?僕もカンナ嬢の反応が楽しみになってきたよ。
「うん、そうだよ。クラスは持ち上がりだから、僕ら在校生はあまり変化がないよ?」
僕は在校生として入学式にも参加するし、その後の歓迎会にも参加する。在校生の義務だからね?
まぁ歓迎会はパーティのようにドレスアップしての交流会だから、人脈作りを貴族達は張り切るだろうけど。
…………あぁ、パーティとかあるから、楽しみなのかな?学生だけとはいえ、パーティだからね。カンナ嬢には物珍しいかな。
「ふふふ、今日のお昼、少し付き合っていただけません?」
凄くウキウキした様子だね、カンナ嬢?
お昼はいつも君と一緒に食べているから別にかまわないけど。
それは入学式と歓迎会の間の時間だね?歓迎会があるからソワソワしていたわけじゃないのかな?
じゃあ、カンナ嬢は何にそんなにソワソワしていたのかな?全く予想がつかないね?
まぁ、つまらない入学式が億劫だったけど。少しの楽しみができたかな。
予測ができないっていうのはワクワクするね?カンナ嬢はどう楽しませてくれはるかな?
入学式が終わり、昼休憩となった。
入学式は制服での参加で、歓迎会はドレスアップをしなければならない。
準備の時間を考え、歓迎会までは結構な時間がある。特に女性の準備が長いからね。できる限りの着飾りをするためには時間も必要らしい。
朝にカンナ嬢に言われていた通り、僕はカンナ嬢に付き合って、学園の庭園に来ていた。
ちなみにサルビアやルドベキアは巻いて来たから、僕ら2人だけだ。時々、学園内でも2人で散歩するからいつもの事だけどね?
今頃、2人は僕らを探しているかな?小言は毎度のごとくもらっている。今回も小言くらい黙って聞いてあげるから良いかな。
「それで?カルミア嬢、そろそろ説明してくれるかな?僕らは何でこんなとこに隠れているんだい?」
学園の庭園には広場となっている場所があり、そこには噴水がある。
色鮮やかな花々に囲まれた中にある噴水。中々におしゃれなデザインであり、落ち着いた雰囲気の場所だ。カンナ嬢も好きな場所で、たまに散歩にも来る。
僕らは今、噴水を植え込みに隠れて噴水の方を見ている。
特に誰もいない噴水。何で隠れないといけないのかな?カンナ嬢はずっとソワソワしてるけど、何かあるのかな?君は奇想天外なことをするね?
「あっ!来ました!説明は後でしますから、今はシーッです!」
カンナ嬢は向こうからやって来た人影を見て、はしゃいでいる様子だ。
隠れているからか、コソコソっと小さな声で話しているけど、興奮しているってことがありありと伝わってくる。
綺麗な青い目は何かを楽しみにしているようでキラキラと輝いている。興奮する犬のごとく尻尾を振っていると向こうにバレるんじゃないかな?
ん?僕も君も向こうから見えなくはしているのかぃ?なら、隠れなくても良くないかな?
………そう。雰囲気作りか。まぁ、大切だよね?何のためなのかはさっぱり分からないけどね。
向こうからやって来たのは、どうやら女生徒のようだ。
ん〜?新入生、かな?制服の胸には新入生に配られた花が付いているね。
蜂蜜色のふんわりした長い髪に若い生き生きとした自然を思わすような緑色の瞳。
落ち着きなく嬉々として周りを見渡しながら噴水のほうへと歩いている。
動きからして、貴族には見えないんだけど、着ている服は貴族の制服だね?
うちの学園は国の中でもレベルが高い。貴族ならば能力と家柄。庶民ならば優れた能力を持たなければ入学ができない。
特に庶民は優秀な者が集められる。入学後も結果を残し続けねばならないから大変だよね?
貴族と庶民では制服と校舎が異なるんだけど、他は共有する。だから、庭とかでたまに会ったりはするけど。
あの子は貴族、かな?
彼女がカンナ嬢が見たかったものなんだろうけど。知っている子なのかな?
彼女、制服のままだけど、歓迎会のドレスアップは良いのかな?女性の準備は時間がかかるだろうにね?
のんびりと、散歩を楽しんでいる様子の彼女はこれから歓迎会があることなど頭にないようで噴水近くに腰を下ろすと楽しそうに笑っている。
今日は暖かいとはいえ、貴族のご令嬢が学園の庭園にある噴水で水遊びはいかがなものだろう?
靴や靴下を外で脱いだりとかはしたないんじゃないかな?
それに。見目が良いから絵になるけどね?1人で笑っている姿は中々にホラーだよ?絵として描かれているなら良いだろうけど。現実にいたら、ただただ痛い子だ。
あの子、大丈夫なのかな?一応、そばにいる小鳥を見ているようだけどね?
真っ白な小鳥は人懐っこいのか、彼女の周りを飛び回り、時折、彼女の手や肩に止まっている。
ん?人影が噴水の方へと向かって来た。
…………あれはゼフィだね?
僕には一つ下の弟がいる。黄色に近い明るい髪色に紺色の瞳。あどけなさが残っている顔は歳の割には幼い作りをしている。
周りが甘やかしたせいか、ちょっと甘えたな性格をしており、表情が豊かな子だ。名をゼフィランサス。
ゼフィは2年生でこの時間やる事がないとは言え、1人でこんなとこで何をしてるのかな?
僕もカンナ嬢と2人で来ているから何か言える立場にはいないけどね?
「きゃー!ゼフィランサス様、来ました、来ました!!お2人が出会うシーン!!素敵です!!」
小さな声でカンナ嬢は呟いている。興奮がこっちにまで伝わってくるね?かろうじて、小さな声にしているのがカンナ嬢の努力かな?