828.構成篇:ジャンル5:ヒロイック
今回もブレイク・スナイダー氏『SAVE THE CAT!』のジャンルです。
「勇者譚」は「選ばれし者」「勇者」が立ち向かう物語ですが、「ヒロイック」は「凡人」が立ち向かう物語です。
だからこそ「勇者譚」よりも「共感」を得やすいジャンルとなっています。「勇者譚」は「憧れ」を得るジャンルですからね。
ジャンル5:ヒロイック
世界を救う「選ばれし者」の物語は、みんな大好きですよね。でも、読み手というものは、たまには「平凡な人」「凡人」がありえないような挑戦に打ち克つ話を読んで、勇気をもらいたいもの。
そこでヒロイックジャンルの出番です。
きわめて普通な人「凡人」が、とても普通ではない状況に巻き込まれます。
このジャンル以上に読み手が深く共感してくれるものはありません。なにしろ私たちはみんな普通の人「凡人」です。ごく普通の日常でも、瞬きした刹那、全然普通じゃなくなることは、皆さんもご存知のとおりです。
勇者譚の物語とは違い、このジャンルに出てくる「凡人」は世界を救う宿命を背負わされていたりしません(少なくとも物語の冒頭では)。どこにでもいるような佐藤くんと高橋さんがありきたりの日常を送っているところで、なにも悪いことはしていないのに、突如、始末に負えないような大問題が降りかかってくるのです。
突如襲いかかった身に迫る危機に対処する術はまず知らないでしょう。それがヒロイックジャンルの物語を面白くする鍵です。平凡な「凡人」主人公は、どう考えても勝ち目がない状況に立ち向かい、最後には絶対に無理だと思っていたことを成し遂げてしまいます。
主人公は自ら望んで逆境に追い込まれるわけではなく、どうしてそんなことになったか見当もつきません。しかし逆境が大きければ大きいほど、よい物語になります。
逆境の難易度は相対的なものです。巻き込まれる「凡人」の背景、性格、持っている知識や技術を考慮して、逆境の難易度とちゃんと釣り合いがとれるようにしなければいけません。
突きつけられる逆境と対処する釣り合いが、物語の成否を決める鍵となります。主人公ならなんとかぎりぎり成し遂げられるかも、という感じです。この「なんとかぎりぎり」が、物語にとって大きな違いになります。
なぜなら、もし「どうしたって無理」なら、すぐに死んで終わってしまう、ものすごく短い物語にしかなりません。でももし「なんとかぎりぎり成し遂げられるかも」なら、素晴らしい物語を作る材料になるわけです。
ヒロイックジャンルの物語は、「表の悪者」が入ってくることで成功する作品が多いのです。舞台裏から次々と、あの手この手で主人公を苦しめる誰かまたはなにかがいます。「表の悪者」は主人公を襲う自然の脅威の可能性もあります。悪ければ悪いほど、「凡人」の行動は英雄的になり、物語は面白くなるのです。
というわけで、ともかく悪くしてください。そして、物語の展開とともに、どんどん悪くしてやりましょう。
悪者が誰であっても、それが人でも自然の猛威でも、ヒロイックジャンルの物語を読み終わったときの満足感というのは、自分しか持っていない力を使って「凡人」が「敵」の裏をかいて勝つことから発生します。
だから「凡人」と逆境という組み合わせのバランスは完璧でなければならないのです。
ヒロイックジャンルの物語の「凡人」主人公には、問題解決に必要な知識や技能を最初から与えておきましょう。その「凡人」にがっちり組み込んでおくのです。また究極の試練を突きつけられるまで、持っている潜在的な知識や能力をどのように使って逆境から抜け出せるのか、主人公自身も読み手も把握していません。
ヒロイックの三要素
ヒロイックと逆境の組み合わせは無限ですが、ジャンルの基本的な要素は次の三つになります。
「罪のない主人公」「突発的な事件」「生死を賭けた戦い」です。
まず「罪のない主人公」から。
望みもせず災難に巻き込まれてください。主人公に罪がないというのが、読み手の気を惹く大事なポイントです。
これは読み手自身に起こってもおかしくない。読み手も同じような状況にハマり、不可能な災難から抜け出すための可能性へ賭ける羽目に陥るかもしれないのです。
このジャンルは犯した罪に対する罰ではなく、生き残れるかどうかの物語(だから「罪のない」主人公)です。
サスペンスジャンルの物語は、主人公が自分のせいで災難を招いてしまうという原因が肝ですが、ヒロイックジャンルの場合は、どうやって災難から抜け出すかという方法が肝なのです。
なにも悪いことをしていないのに災難に巻き込まれ、場合によっては巻き込まれたことすら気づいていません。でも、災難に対処する知識や能力を(最初は気づかなくても)持っています。
次に主人公を痛めつけて恐ろしい世界に引きずり込む「突発的な事件」です。
「いきなり」主人公のもとに理由もなく、どこからともなく襲いかかるので、主人公はなにがどうなっているのか把握できずに慌てます。
これによって罪のない主人公は一気に逆境へ追い込まれます。なんの予告もなしに訪れる、決定的なものでなければなりません。
最後にこのジャンルに欠かせない三つ目の要素。
あなたが書く物語に見合ったすごい大問題。その大問題に対処するため、ある個人、集団、あるいは社会全体が強いられる、「生死を賭けた戦い」が必要です。
個人の、集団の、社会全体の存亡がかかった戦いになります。
主人公を襲う問題は大きければ大きいほど良いのです。
「そんなことになったら、どうすればよいのか」と思わせるようにしましょう。もし、そんな反応が得られたなら、最強のヒロイックジャンルの物語を手に入れたのです。
「ヒロイック」ジャンルにはよく使われるもうひとつの要素もあります。それが「恋愛対象」です。
絶対に登場するとは限りませんが、登場したときはたいてい主人公を助けて、応援する係になります。
このような「本当に必要なもの」物語のキャラたちは、主人公が問題を克服する力を自分の中に見出し、自分の力を信じる手助けをします。このようなキャラたちは、たいへんな目に遭って四苦八苦している主人公を慰めてやる係でもあります。
主人公が恋愛対象と過ごす安らぎのひとときは「台風の目」と呼ばれる場面に来ることがよくあります。物語の中のある瞬間だけアクションが抑えられて、ゆっくりとした時間の中で主人公が緊張を解いたり、それまでのことを振り返るなどして、ちょっと一息つくところです。アクション満載の状態が続いてしまうと、感覚が麻痺して心に残りにくくなり、しかも読み手を疲れさせてしまいます。
主人公が陥った危険な状況は続行中でも、頭がおかしくなりそうな状況から一時的に離れて、ただあるがままの主人公を見せるのは効果的です。恋愛や友情を深める絶好のチャンスでもあります。
ヒロイックジャンルの物語はすべて、最後には人間の精神が勝利して終わる話になります。
「凡人」な主人公が生き抜いたのです。生き抜かなかった場合は、読み手が深く考えずにはいられないような興味深い理由があったはずです。
ヒロイックジャンルの物語は、私たち「凡人」が実は思ったほど平凡ではないはずだと思い起こさせてくれます。隠れた力や能力を秘めて、試されたら簡単には引き下がりません。最後には困難を克服して勝つのです。
このジャンルの小説は読み手に勇気を与えます。生きる気持ちを奮い立たせてくれるのです。
ひとりの十代の少女が政府を転覆させたら。ひとりの宇宙飛行士が惑星そのものに打ち勝ったら。ひとりのホテル経営者が暴力団が巣食うホテルから彼らを追い出したら。どうなるでしょうか。
それ以上にやる気を起こさせてくれるものはないですよね。
最後に
今回は「ヒロイック」についてまとめました。
ヒロイックの三要素は「罪のない主人公」「突発的な事件」「生死を賭けた戦い」です。
これにいくつかの要素が追加されることもあります。
平凡な「凡人」主人公が、非凡な働きを見せることで成り立つ物語です。
だから読み手との親和性がとても高いジャンルでもあります。