758.回帰篇:小説を書く意志は五枚でわかる
今回は「五枚でわかる本気度」についてです。
「小説を書きたい」と思っていて本コラムをご覧のことと存じます。
しかしその「覚悟」はおありでしょうか。
あなたの本気度を測るために、まずは原稿用紙五枚を埋めてみましょう。
小説を書く意志は五枚でわかる
あなたは「小説が書きたい」と思っています。
ではここで課題を設定しますので、各自取り組んでください。
まず「原稿用紙五枚」に文章を書きましょう。締切は自分で設定して、内容はいっさい問いません。とにかく「原稿用紙五枚」を文字で埋めるのです。
五枚の壁
「小説が書きたい」とお思いの方で、「原稿用紙五枚」なんていつでも書ける、と思っている方はいませんか。
いざ原稿用紙に向かってみたら、一行だって書けはしない。場合によって一文字すら書かずに締切日がやってきて挑戦は失敗するのです。
こういう方は口では「小説が書きたい」と言っていながら、本心から「小説が書きたい」と思っていません。おそらく「小説なんていつでも書ける。私がひとたび書けば『小説賞・新人賞』を授かって紙の書籍デビュー。百万部売って夢の印税生活だ!」と勘違いしているのです。
たった「原稿用紙五枚」を埋めるだけなのに、何日経っても書きあげられない。締切さえ守れない。これでどうやって小説を書こうというのでしょうか。
本当に「小説が書きたい」と思っている方は、主人公が自己紹介するだけで五枚を費やすかもしれない。主人公と脇役が会話しているだけかもしれない。朝起きて学校に到着するまでの道のりを書くだけかもしれない。
それでもいいのです。
「原稿用紙五枚」を締切までに書きあげたこと。それこそが重要なのです。
人によっては『寿限無』や『外郎売』でも書いて原稿用紙五枚を埋めたかもしれません。実はそれも「あり」です。「内容は問わない」と設定しましたよね。
「原稿用紙五枚」を締切までに書きあげられたら、次は今回とは内容の異なる文章を「原稿用紙五枚」に書いてください。もちろん締切は自分で設定し、内容もいっさい問いません。どうでしょう。書けましたか。
「小説を書く」ことの基本が「原稿用紙五枚」に集約しています。
「原稿用紙五枚は思っていたよりもずっと短いんだ」と気づくことがこの基礎トレーニングの目的なのです。
台本に仕立てる
「原稿用紙五枚」の壁に慣れてきたら、次はドラマや映画、アニメなどの台本のような文章を書いてください。
場所と時間はいつどこでなのか。誰と誰がその場にいるのか。人物はどんな動きをするのか。人物はどんな会話をやりとりするのか。それらを「ト書き」で書くのです。
たとえば以下のようになります。
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シーン1:五月某日 放課後の学校の教室
哲也は由佳と向かいあって立っている。
哲也「由佳、帰りにハンバーガーでも食べて帰ろうぜ」
というなり、哲也は机からカバンを持ち上げて教室のドアに近寄った。
由佳「今ダイエット中なんだけどなぁ。これ以上太ったら水着が着れなくなっちゃう」
とお腹まわりをつかみながら迷惑そうな声を立てる由佳。
哲也は教室のドアを開けてから由佳に振り向いた。
哲也「なら野菜バーガーでいいじゃん。なんならフライドポテトだけでもいいぜ。俺、腹が減ってしょうがないんだ」
と哲也が言うと、由佳は悩みを語り始めた。
由佳「でも、野菜バーガーだってカロリーは高いし、フライドポテトは確かにおいしいけど油で揚げているんだよ。油の塊を食べているようなものじゃない」
と由佳の話を聞いても、哲也はお腹が減ってなにか食べたい衝動を抑えられない。
哲也「じゃあ由佳はサラダだけでいいよ。俺は腹いっぱい食べたいからダブルチーズバーガーを二つ、照り焼きバーガーにフライドポテトのLサイズ、コーラLサイズにしようかな」
と哲也はこれから食べるものに対して早くも食欲をそそられているようだ。
由佳「それを見ながら私はサラダだけを食べるわけね。かなり意地悪してないかしら」
と膨れながら由佳が哲也に近づいてきた。
…………
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とまぁこんな感じで、思いついたシチュエーションを即興で書いて「原稿用紙五枚」を埋めてみてください。もし「原稿用紙五枚」に収まらなければ、いくらでも枚数を費やしてかまいません。また「原稿用紙五枚」で強制終了してもいいのです。ただし必ず「原稿用紙五枚」以上は書いてください。これは「物語を書く」ことに慣れていただくための基礎トレーニングなのです。
「原稿用紙五枚」という少なくもなく多くもない絶妙な文字数で、物語の雛型である台本の「ト書き」を徹底的に書きましょう。
脚本家が小説家に転身しようという試みは今に始まったことではありません。
ただし、台本の「ト書き」が書けることと、「小説の文章」が書けることに因果関係はありません。多くの脚本家が小説家を目指して小説講座に通っているそうですが、実際に「小説賞・新人賞」を獲得できた方はほとんどいないそうです。それほど「ト書き」と「小説の文章」は根本から異なります。
ですが物語で「原稿用紙五枚」を埋める練習には、「ト書き」が最も簡単なのです。
プロの書き手になってからも「ト書き」は物語を最短で書き留めるために「プロット」として使えます。頭の中でパッと物語がひらめいたとき、「小説の文章」を考えながら書いていると時間がかかってしまい、せっかくひらめいた物語を散逸してしまうことになりかねません。その点「ト書き」は基本的にセリフを中心に書き出し、そこに主たる動作や心情などを書きつけていくので、ひらめいた物語をほぼ取りこぼすことなく「プロット」として形に残せるのです。
「ト書き」と「小説の文章」はあくまでも異なります。しかし利点を活かして使い分けることで、「小説を書く力」がより身につきやすくなるのです。
五枚を十枚、十五枚に
「原稿用紙五枚」を埋めるのに慣れてきたら、次は「原稿用紙十枚」を目指しましょう。だいたい三千字から三千五百字ほど書くことになります。さらに慣れてきたら「原稿用紙十五枚」を目指すのです。だいたい五千字から六千字ほどの分量になります。
小説投稿サイトに連載小説を投稿する際、一回の投稿にふさわしい分量は二千字前後から五千字前後までです。「原稿用紙十枚」「原稿用紙十五枚」を埋めるための練習は、そのまま連載小説を書くための練習でもあります。
「原稿用紙十枚」「原稿用紙十五枚」を毎日書けたら、「小説を書く」持久力が身につくのです。
持久力は将来の連載投稿には欠かせません。
どんなにすぐれた「原稿用紙十枚」「原稿用紙十五枚」を書けたとしても、それを毎日続けられないのであれば連載小説にならないのです。
だから、まず毎日書ける分量でその日を締切にして書きまくりましょう。当初は連続した物語でなくてかまいません。一話読み切りでもいいのです。とにかく毎日書き続けてください。
「小説を書く」持久力がついたら、いよいよ本格的に小説を書くことになります。
いきなりマラソンを走っても完走できません。まず百メートル、二百メートル、四百メートル、八百メートル、千五百メートル、三千メートネル、五千メートル、一万メートルと走る長さを伸ばしていき、ハーフマラソンを経てようやくマラソンを走ることができるのです。
小説も同様で、初心者がいきなり三百枚の小説を書くことはまず不可能です。小説を書き続ける持久力がついて初めて書けるようになります。
コツコツと文章を書く長さを伸ばしていき、毎日連載一回ぶん執筆できるようにするのです。連続して投稿できる状況を整えることが当面の目標になります。
最後に
今回は「小説を書く意志は五枚でわかる」ことについて述べました。
「小説が書きたい」と思っている方は多いのです。なのに実際に小説を書いている人は少ない。とは言っても各小説投稿サイトのアカウントから察するに五十万から百万人規模で存在することは確かです。
ですが全員が「小説を書いて」いるかといえば甚だ疑問だといえます。
「小説を書きたい」のであれば、まずは「原稿用紙五枚」を埋めることから始めましょう。