408.深化篇:全体像を見せてから細部に言及する
今回は「微に入り細を穿つ」描写こそが小説だ、と思っている方にちょっとした注意です。
人はいきなりものを「微細」なところから見るでしょうか。違いますよね。
まず全体像を把握して、そのうえで「微細」なところを見ていくはずです。
全体像を見せてから細部に言及する
説明するときは、まず「全体像」を読み手へ明らかにします。
「全体像」がわからないのに「細部」だけを細々と書いてはなりません。
読み手がまったくイメージできないからです。
あなたがものを見るとき、まず「全体像」をパッと見して第一印象を受けますよね。
それから自分の興味のあるところを見ていくはずです。
それなのに小説を書くとき、真っ先に「全体像」を書けない人が多い。
その差はなんでしょうか。
小説でも「全体像」がわからなければ、視点を持つ人物からはどんなものなのかを見極められません。
真っ先に全体像を示す
小説を書く多くの方は、「微に入り細を穿つ」描写こそが小説の真髄だ、と思い込んでいます。
だから、髪や瞳や肌の色はどんなだ、耳がとがっている、三白眼だ、鷲鼻だということを細々と書くのです。
ですが、いくら細部を徹底的に書いたとしても、「全体像(形状)」がわからなければ読み手の脳内イメージには具体的な像が浮かんできません。
ゾウほども大きな人なのかリスほども小さな人なのか。
まず大きさがわからなければ、なにも始まりませんよね。
「全体像(形状)」がわからなければ、読み手はすべて思い込みでイメージすることになります。
すると金髪で、耳がとがっていて、弓とレイピアを携えている、と書くだけで、読み手は「あぁ、このキャラはエルフだな」と思うわけです。
しかし実際には体長十五センチメートルの妖精であるフェアリーだったとしたら。
書き手から、ものの見事に裏切られた思いがするのではないでしょうか。
そうなると読み手はその場で「回れ右」してあなたの小説から離れていきます。
振り返ることさえしません。
閲覧数(PV)が多いのにブックマークや評価が低いことがよくあります。
そういう作品は、このような真っ先に「全体像(形状)」を書かないで細部ばかり書いているから、ということもじゅうぶんに考えられるのです。
読み手には、まず対象物の「全体像(形状)」を示してください。
エルフなら人間より少し背が低くて(少し高いとする作品もあります)スレンダーな姿をしています。
フェアリーなら十五センチメートルほどで羽が生えています。
ドワーフなら人間の半分ほどの身長で男女とも筋肉質でヒゲがもじゃもじゃ生えています。
そういった「全体像(形状)」を真っ先に書き、それからじょじょに細部へと書き及んでいきましょう。
そうしないかぎり、読み手に正しく伝わる説明や描写ができないのです。
次は目立つ色から順番に
「全体像(形状)」をさっと書いたら、次は目立つ「色彩」を順番に説明していきます。
たとえば髪が真っ赤、肌が緑色など。
「全体像(形状)」を見たときに最も気が惹かれるのは色です。
とくに赤や緑色、黄色や青色など彩度の高い色は目立ちます。
他にも金色や銀色といったキラキラした色も否応なく視覚を刺激してくるのです。
逆に黒やグレーやブラウンやベージュなど彩度の低い色はなかなか気が惹かれません。
黒い学ランに黒縁メガネ、さらに黒髪のキャラでは、まったく目立ちませんよね。
これは藤子・F・不二雄氏『キテレツ大百科』の「勉三さん」こと苅野勉三です。
二十五歳の浪人生で、主人公・木手英一が住む家の隣に建っているボロアパートで暮らしています。
付添人が欲しい場合に都合よく出てくるキャラなので、藤子・F・不二雄氏は没個性な人物像にしたのでしょう。
質感もたいせつに
「色彩」を述べたら「質感」にも言及しなければなりません。
たとえば鹿革のグローブは、金属のように冴えた反射をするでしょうか。
しませんよね。
光を当てても明るくなるだけで、強く反射することはまずないのです。
この「質感」にぬくもりを与えることもできます。
「色彩」には「質感」も含まれているのだと理解してください。
目立つものから順番に
アニメや小説などでは「全体像(形状)」を見せた後に「目立つ色(色彩と質感)」から順番に説明していきます。
あらかた説明が終わったら、次は「目立つもの」から順番に書いていくのです。
これはやはり手塚治虫氏を避けて通れません。
『鉄腕アトム』のお茶の水博士は鼻が大きいですし、天馬博士は前髪が特徴的な形をしています。
『リボンの騎士』のサファイアは大きなつば広ハットをかぶった男装の麗人です。
『ブラック・ジャック』の主人公ブラック・ジャックは顔に縫い目があり、髪は右半分が白色で左半分が黒色をしています。
挙げればキリがないほど、手塚治虫氏のキャラクターは多様な特徴を有しているのです。
その手塚治虫氏の直接的または間接的な弟子のマンガ家たちも、師匠同様に多様な特徴でキャラを立てています。
前述の藤子・F・不二雄氏も手塚治虫氏に大きな影響を受けたマンガ家のひとりです。
微に入り細を穿つ
「全体像」「目立つ色(色彩と質感)」「目立つもの」を説明し終えたら、ようやく皆様が「これぞキャラクター描写の真髄だ」と思っているものが出てきます。
前述しましたね。「微に入り細を穿つ」です。
「淡いピンクの口紅を引いた唇が艶めいている」だとか「マリリン・モンローのように大きな付けまつ毛」だとか「ツイッギーのようにウエストが細くミニスカートが似合っている」だとか。
「全体像(形状)」を書いてあるからこそ「細かな点」に筆が及んでも像が明確にイメージできるのです。
できるだけ「全体像(形状)」「目立つ色(色彩と質感)」「目立つもの」の後に「細かな点」を書きましょう。
しかし短編小説やショートショートなどでは、「細かな点」を書きたいのに順序として「目立つ色」「目立つもの」を書いていったら分量が増えてしまって規定枚数に収まらない、ということがあるのです。
そういうときは「全体像(形状)」のすぐ後に「細かな点」を書いていってもかまいません。
短編小説やショートショートは線香花火と単発の打ち上げ花火です。
長々と描写をしている暇はありません。
「全体像(形状)」の次にすぐ必要となる「細かな点」を書いていけば、それほど紙幅を割かずに書きたいことが書けます。
しかし長編小説や連載小説では、基本的に「全体像(形状)」「目立つ色(色彩と質感)」「目立つもの」「細かな点」の順を守るようにしてください。
長編も連載も、読み手の脳内イメージを明確にして長時間保持してもらう必要があります。
そのためには「全体像(形状)」「目立つ色(色彩と質感)」「目立つもの」「細かな点」の順に書かなければならないのです。
重要なのは「細かな点」がじゅうぶん記憶できるほど「全体像(形状)」などを明確に示せているかどうか。
読み手の脳内イメージがしっかりと固まっているかです。
最後に
今回は「全体像を見せてから細部に言及する」ことについて述べてみました。
たくさん小説を読んでいる人ほど「細かな点」の描写が読み手の記憶に残るんだ、という勘違いを起こしてしまいます。
実際には「全体像(形状)」がはっきりしてから「細かな点」を書かなければ記憶に残らないのです。
そして「細かな点」へ書き及ぶ前に「目立つ色(色彩と質感)」「目立つもの」があればそれを描写してください。
だから人物の「細かな点」を書きたければ、まず「全体像(形状)」「目立つ色(色彩と質感)」「目立つもの」を書いてからにしましょう。
そうするだけで、読み手の記憶にしっかりと残る描写ができます。