175.再考篇:佳境の構造
今回は「佳境」についてです。
「書き出し」のことには触れていても、肝心の「佳境」について書いていないことにようやく気づいたので急遽執筆して投稿いたしました。
佳境の構造
毎日連載半年まであと少し。今一度振り返ってみると「書き出し」についてあれこれ書いてきたのですが、肝心の「佳境」については書いていなかったことに気づきました。そこで今回は「佳境」について書きます。
入りは話し合いから
「佳境」は主人公陣営と「対になる存在」陣営とによる最終決戦です。そこでまずは「佳境」の入りから見ていきましょう。
ここからは主にバトル小説を例にとって話を進めていきます。
主人公陣営と「対になる存在」陣営が顔を合わせるところから始まります。すると当然のように主人公陣営は「対になる存在」陣営と言葉を交わして「対話」で解決できないかを模索するはずです。
話し合い抜きで主人公陣営側がいきなり襲いかかってしまうケースもあるにはあります。でもその場合たいてい「対になる存在」陣営の用意したトラップにまんまと引っかかるものです。
主人公陣営の行動が単純である以上トラップが効きやすい。そこから抜け出すのに一工夫しなくてはならなくなるので、話を進めづらくなるのです。
多くの場合なにがしかのキーアイテムや救援キャラクターなどを使ってトラップを解除することになります。
つまり血気にはやる主人公陣営であれば、事前に伏線としてキーアイテムを渡しておくか特定の人物の協力を取りつけるかしておきましょう。そうすれば主人公陣営は無事にトラップを抜け出すことができます。
話し合いは主人公陣営の主張と「対になる存在」陣営の主張との「言葉によるバトル」です。でもたいていは決裂します。
もし「対になる存在」陣営が話し合いだけで折れてしまうようなら、そんな豆腐メンタルでよく今まで戦ってこられたなと読み手に呆れられます。
三百枚の中でいちばん盛り上がるべき「佳境」が対話だけで解決してしまう。読み手はもう白けざるをえません。
だから双方の主張が平行線をたどってついには戦って決着をつけようという展開も多いです。
たまに相手方の主張にも一理あると思わせて、それでもなお戦わなければならない状況というのもあります。
このように「佳境」の入りは話し合いから始まるのです。
恋愛小説なら「対になる存在」つまり意中の異性と主人公が顔を合わせる場面になります。どちら側が呼び出したのか、または偶然出会ってしまったのか。
状況はさまざまですが、とにかく主人公が「お付き合いをしませんか」と切り出すまでの逡巡や雑談の段階が「佳境」の入りです。
一気に物語中最大の苦境に陥る
話し合いが決裂し「いざ尋常に勝負」となったら、主人公陣営は一気に崖っぷちまで追い詰められます。
「対になる存在」陣営が強大な実力を発揮して力量の差を見せつけるのです。
それと同時に世界が存亡の危機に陥るような事態が起こるとさらに緊迫感を増します。ゲームではよくある展開ですよね。
もし主人公陣営が「対になる存在」陣営を凌駕して倒しきってしまったらどうなるでしょう。とても白けると思いませんか?
「三百枚」を読んできて最も盛り上がるはずの「佳境」があっけなく終わってしまうのです。読み手はなんのためにここまで読んできたのかもう訳がわからなくなります。
だから「戦ってみたら圧勝でした」というのは物語として「無し」です。
お伽噺『桃太郎』は桃太郎陣営が鬼たちを倒しに行ったらすぐに決着がついてしまいます。
戦うさまを読んでワクワクしてもらうのがこのお伽噺の目的ではありません。
「いろんな仲間を作る」ことと「正義は勝つ」ことという普遍的な「テーマ」を伝えるのが主目的です。
この「最大の苦境に陥る」をしなかったばかりに物語の盛り上がりを欠いた作品があります。私が『pixiv小説』に投稿している『暁の神話(旧題:希望の灯)』です。
この作品は「戦術の持つ魅力を伝えたいな」という気持ちで書きました。しかし肝心の「佳境」において主人公陣営が一方的に勝ちきってしまったのです。
そのせいで物語の緊迫感をまったく感じない作品になってしまいました。
中国古典・司馬遷『史記』において呉の孫武や斉の孫ピンといった優れた軍師たちは皆一方的に勝ちきる戦い方をするのです。
だから私も小説で一方的に勝ちきる小説にしたわけですが、これがいけませんでした。
歴史書である『史記』と小説はまるっきり別物です。歴史書は史実を書けばいいのに対し、小説は読み手を楽しませるために「佳境」で主人公陣営は苦戦して追い詰められる必要があります。
そのほうが読み手がハラハラ・ドキドキするからです。
『暁の神話』を執筆した当時はそんな簡単なことに頭が回らず、史実のように一方的に勝ちきってしまいました。
今となっては、そこまで読んできた読み手がその「シーン」で一斉に匙を投げたさまが目に浮かぶようです。
だから断言します。「佳境」ではバトルが始まったらすぐ主人公陣営を崖っぷちまで追い詰めてください。
連載小説なら追い詰めた直後でその回の投稿は終えておきましょう。続く節は次回に先送りしても問題ありません。かえって読み手の不安を煽ることができます。
この状態からどうやって逆転するのか。読み手はそれを見たくなるのです。
恋愛小説なら「対になる存在」にも気になっている異性がいることを告げられる、なんていう「状況」はどうでしょうか。
これから告白の言葉を語ろうと思っている機先を制され、衝撃的な事実を突きつけられるのです。
これ以上ないほどの「崖っぷち」だと思いませんか。
転機
「対になる存在」陣営の圧倒的な実力になす術もなく敗北の縁へと追いやられる主人公陣営。今のままなら確実に敗北してしまう。そんな緊迫した状態において、あることが起こります。
それを「転機」にして潮目が変わり、これまでとは逆に主人公陣営が「対になる存在」陣営を上回るように演出するのです。
この「転機」が「佳境」最大のターニング・ポイントです。
それはキーアイテムやキーマンであることが多い。
たとえば「対になる存在」陣営に属する主人公のライバルが、裏切って主人公の手助けをする、なんていう展開はよく見ますが効果的でもあるのです。効果的だからこそよく用いられる展開になります。
「転機」としてハプニングを起こす書き手もいますが「書き手都合」がにじむためオススメしません。
偶然が起きて勝ったなんてあまりにも虫が良すぎます。
たとえ主人公陣営が偶然を利用して勝ったとして、読み手に「偶然が起これば勝てる」という「テーマ」をメッセージとして送ってなんになるというのでしょうか。
中国古典の孫武『孫子』にも書かれているように智者は偶然になど頼りません。自らの揺るぎない立場を築くことをたのむのです。
水野良氏『ロードス島戦記 灰色の魔女』で主人公パーン陣営は「対になる存在」“灰色の魔女”カーラを倒すため、決戦前に“大賢者”ウォートの下へ赴いて時間制限はありますが切り札となる「魔法を封じる杖」を譲り受けています。
このキーアイテムにより絶望的な戦力差のあるカーラを倒すことができたのです。
特筆したいアニメがあります。ビッグウエスト『マクロス7』です。
「対になる存在」はプロトデビルンの親玉であるゲペルニッチ。
彼が「スピリチア」と呼ばれる生体エネルギーを無限に吸いとる「スピリチア・ブラックホール」状態となって主人公陣営そして銀河をどん底まで追い詰めます。
そんな中プロトデビルンから“アニマスピリチア”と呼ばれる主人公・熱気バサラが子どもの頃をふと思い返すのです。これが「転機」になりました。
バサラはわずかに残る気力を頼りに歌を小さく口ずさみます。するとバサラは一気に生気を取り戻します。その不思議な力が主人公陣営の人たちにも生体エネルギーとなって注ぎ込まれるのです。
そこにプロトデビルンでありながら歌に可能性を見出していたシビルも加わってゲペルニッチを追い詰めていきます。
いったん崖っぷちまで追い詰められたけど、あることを「転機」にして立場が一気に逆転したのです。これで視聴者が興奮しないわけがありません。
『マクロス7』は「転機」を最も効果的に魅せたアニメといえます。だからこそ二十五年ほど昔に放映されたロボットアニメなのに今でもファンを獲得し続けているのです。
未見の方がいらっしゃったらレンタルなどででも視聴することを強くオススメしたい。そのくらい観せ方が巧みなのです。
「転機」を作らず主人公陣営がそのまま敗れてしまったらどうなるのでしょう。
「どんなにあがいても強いやつには負けるんだ」という物語を読んで「面白い」「楽しい」と思えますか。少なくとも私は面白くも楽しくも感じません。
これまで楽しんで読んできた読み手はバカにされたように感じるはずです。
「バッド・エンド」にするつもりであっても「転機」がなければ無惨な敗北を見せつけられるだけ。
そんな小説が「面白かった」「楽しかった」と思ってもらえるとは思えません。
恋愛小説なら主人公の気持ちを知っている人物が現れるなんてどうでしょう。とくに「対になる存在」に信頼されている人物です。
「対になる存在」が思いを寄せる異性がどんなにひどい人物なのか。そう告げるだけで「対になる存在」の心は動揺して状況が一変します。
一気に決着をつける
「転機」によって立場が入れ替わったら、勢いそのままに勝ちきってください。つまり「対になる存在」陣営を打倒するのです。
せっかく「転機」を起こしたのにその後の展開が緩慢なら「劇的な決着」にはなりません。
小説は物語であり、物語はドラマチックなものです。だから「転機」が訪れたらその勢いを利用して一気に決着をつけてください。
『ロードス島戦記 灰色の魔女』は“灰色の魔女”カーラの魔法を封じて攻撃陣三人が一斉に襲いかかります。しかしカーラは剣士としても優れていてドワーフのギムが倒されます。しかしそのスキをついて盗賊のウッドチャックがカーラの意志を封じ込めているサークレットを奪い取るのです。
水野良氏はここまでを一気に書いています。「転機」を起こしたら勢いそのまま「一気に決着をつけた」のです。だからこそ劇的な勝利を読み手に味わわせることができました。
もし「転機」を起こしたけどすぐに行動しなければ展開が緩慢になって、まったくドラマチックには感じられなかったでしょう。
恋愛小説なら「対になる存在」が動揺している間に主人公が告白してしまいましょう。
多少強引になってもかまいません。「一気に決着をつける」ことを優先すべきです。
主人公の堅い意志を見せることで「対になる存在」も気持ちが傾いていきます。そしてついに主人公の告白を受け入れるのです。
最後に
ここまでが「佳境」に盛り込むべき要素です。
物語の結末は「佳境」の後に続く「結末」に書きます。「佳境」に書いてしまうと唐突に物語が終わる感じがして、読み手を置いてけぼりにする可能性があるのです。
だから「佳境」はあくまでも「話し合い」「苦境に追い込まれる」「転機」「一気に決着をつける」までを書いたものになります。
私の二の舞を演じないよう、皆様は「佳境」を最大限に盛り上げてくださいね。