17. :あらすじを創る
いよいよ実践的な話に入ります。まずは「あらすじ」を創りましょう。
あらすじにはキャラ設定と舞台設定がセットで必要になります。
これは以前書きましたので、今回そこは省いてあります。
純粋に「あらすじ創り」だけを述べてみました。
あらすじ創りは遡るか時系列どおりか
先に佳境と「主人公の結末」を作っておくのですが、私流です。
そこから遡ってエピソードを創っていっては最後まで通読して伏線の張り忘れや見落としがないか確認していきます。
どの段階で伏線を張ればいいのかを確認したいときにも便利な創作方法です。
紙の原稿用紙に書くときはこんなことは面倒すぎてできません。スマートフォンで執筆するときも管理が少し面倒ではあります。
パソコンならスクロールで簡単に全体を見通せ、別ウインドウであらすじと人物設定・舞台設定のファイルを開いておけばより楽に執筆できるメリットがあるのです。
もし本格的に小説を書きたいとお考えでしたら、スマートフォンではなくパソコンで執筆することをオススメします。安いものなら三〜四万円ほどでノートPCが手に入る時代です。その程度のノートPCでもじゅうぶん小説を執筆できます。
スマートフォンは状況を思いついたときのメモ帳として利用すると便利です。スマートフォンで複数の文書ファイルや長文ファイルを管理するのは手間がかかりすぎますからね。
出来事を通じて人々の性格や性向が変わる
遡って執筆するときは「次のエピソードの冒頭につながる」ように「主人公の結末」を決めましょう。そうすれば自然と次のエピソードへの期待感を煽ることができます。
主人公にはさまざまな出来事が襲いかかってきます。それは主人公が先に動いたから生じた出来事かもしれないし、先に出来事が発生して主人公がそれに巻き込まれて対応するのかもしれません。ただ、出来事と行動によって主人公の性格や性向は徐々に変化していきます。
現実社会でもそうですよね。問題が発生してそれに対処した。自分がこうしようと思って動いたらこんな出来事が生じてしまった。この二つは人生に必ず付いてまわります。
「ジャンボ宝くじを買ったら七億円が当たった」というエピソードも、主人公が「宝くじを買う」という行動が巡り巡って「七億円が当たる」という「主人公の結末」に結びつきます。
その七億円を何に使うのかは次のエピソードに回すことを匂わす、という具合です。でも宝くじ一等に当たるのは数千万分の一の確率であり、おおかたは「ハズレた」か「三百円が返ってきた」だと思います。「当たった」状況なら今後の展開はどうなりそうか、「ハズレた」状況ならどうなりそうか。
つまりエピソードで一つの出来事を片づけると、それを受けた今後の展開が気になります。小説のエピソードとはそれほどの存在なのです。
時系列に従ったあらすじ創りの難点
時系列に従ってあらすじを考えたらどうなるでしょうか。
エピソードを展開する際にどれだけ伏線を張れるかはすべて書き手の技量によります。せっかく伏線になりそうな出来事なのに、それを生かせずにそのまま出来事を閉塞させてしまう。ひじょうにもったいないです。
ただ、後々につながりそうな出来事は、すでに閉塞してあっても生かすことができます。「伏線を張らずに伏線に転換してしまう」わけです。物語の最初のほうで閉塞した出来事が巡り巡ってここへきて生きてくるという具合に。こんなことができるのも書き手の技量なのです。
時系列に従う方法では「キャラが勝手に動く」まで人物設定と舞台設定を凝る必要があります。ムダに過ぎていく時間が増え、連載が投稿できない日が続くこともあるでしょう。連載小説でそれをやってしまうと読者は一気に離れます。
遡るか時系列に従うか
私が提案している「佳境から主人公の結末へそこから遡る」作り方なら「主人公の結末」にたどり着くには、主人公がどんな目に遭っていなければならないのかを想定しながらあらすじを書けます。
こうなるにはこの前でこんな出来事が起きないと。そう考えながら遡って作っていくのです。
あるエピソードにおいて提示される多様な選択肢の中で、主人公が必然的にその選択肢をとるには「以前このような出来事を経験していたから」だ。これは実に考えやすいのです。
ある程度書き慣れてきて時系列に従ってあらすじを創りつつ執筆していける技量があれば、「主人公の結末」はあらかじめ考えていなくても本文を書いていけます。その場その場で作った出来事によって最終的な「主人公の結末」を自在に変更させるのです。
だから書き手は最終的な「主人公の結末」がわからないまま執筆を続けていくことになります。ある意味では小説のダイナミズムが現れており、書き手本人が「主人公の結末」がどうなるのかなと、ワクワクしながら書き進められるわけです。うまく終結できれば百点満点をとれる書き方といえます。
しかしこの書き方だと以前お話ししたように伏線の回収が疎かになり、また物語そのものが支離滅裂になって破綻しかねません。途中はあれほどいいねやブックマークを獲得していた作品なのに、最終話を投稿して読み手に示した「主人公の結末」が納得されない。
それでは最終的な満足度は及第点に達しないでしょう。だから「すべて書き手の技量による」わけです。
以上のことから私は「あらすじは遡って創る」ほうがよいと皆様に提案しています。
遡って創ればひじょうに緻密な物語を簡単に組み立てられ、物語は破綻することなく完成し、結果読み手の読後満足度は高まるのです。
百点満点はとれなくても必ず及第点には達します。合間合間に突発的なエピソードを入れたくなったらいつでも自由に入れていい。それによって新たな伏線が生じる可能性もありますからね。
結末にはポジティブとネガティブがある
「出来事にはポジティブな結末とネガティブな結末がある」と憶えておいてください。結末を待たずにさらなる出来事を起こして読み手を混乱させたり、そのまま出来事を畳み込んで物語の最後ですべて解決させたりするような荒業もありますが。
それを理解したうえで、やはり書き手は「出来事にはポジティブな結末とネガティブな結末がある」と考えたほうがいいのです。
そうすれば「このエピソードの出来事ではネガティブな結末にしたいので、ひとつ前のエピソードの出来事ではポジティブな結末にしてバランスをとろう」という具合に物語の流れを書き手が自在にコントロールできるようになります。
作品が重くなりすぎず軽くなりすぎずちょうどいい塩梅に収めるわけです。
もし時系列に従って場当たり的な連載を続けていたら、このような操作はできません。やろうとすると展開上の「無理」が生じるからです。
書き手はつねに物語の流れと対話しています。「勝手に動くはずのキャラ」がこの場面ではこう動かなければならない、と足枷をはめられてしまうのです。これではキャラが生き生きと動き出しません。
時系列に従う書き方では、なにより「キャラが生き生きとしているか」が魅力になります。次にどんなことをしでかすかわからないキャラたちがいるから、読み手は「次はどんなことになるんだろう」とワクワク・ドキドキするのです。
だから「この結末が欲しいからこの出来事を起こしてやろう」という発想には「無理」が生じるのです。もちろん書き手に技量があればできないことはありません。でもかなり高いハードルであることはご理解ください。
書き出しを判断する
遡ってエピソードを書いてきた場合、「書き出し」は「主人公の結末」と対になるところです。ここが「書き出し」には最も適しています。
時系列に従ってあらすじを書こうとすると、やはり書き出しでかなり悩むことでしょう。「どう始めたらよいものか」まったくわからないからです。さもありなん。そもそも「主人公の結末」が書き手にもわからないのですから。
そこでとりあえず舞台設定を最初に書いておこうとします。舞台設定を書いている間にどの時点地点から主人公を動かそうかと考えあぐねるのです。
次回のお題にも関わりますが、「書き出し」では主人公と舞台設定をほぼ同時に冒頭に持ってくる必要があります。
主人公を出さずに舞台設定だけが延々と書かれている小説には何の魅力もありません。
読み手は小説を開いてまず冒頭部分を試し読みし「どんなキャラがどんな舞台で出来事を見せてくれる小説なのか」を判断します。この試し読みの間に主人公が登場しない小説では読み手が主人公を素早く把握できません。
つまり「どんなキャラか」がさっぱりわからないために早々に読むのをあきらめて別の小説を試し読みすることでしょう。
「書き出し」にはそれだけの重みがあります。時系列に従ってあらすじを創ろうとするとどこで始めるのか悩みます。
遡って創ろうとすればその小説にふさわしい「書き出し」はすぐに見つかるのです。
最後に
時系列に従ってあらすじを創りたい書き手も、騙されたと思って一度遡ってあらすじを創ってみてください。
そのうえでどちらが自分の性に合っているかを見出すのも悪くないと思います。
なるようになるがいいか予定調和がいいか。偶然性か必然性か。どちらがよいかは書きたい作品にもよりますからね。