1157.技術篇:命名の法則性
今回は名前のつけ方についてです。
名づけ方にはさまざまなものがあります。
おおかたはなにがしかの法則に従って命名されているのです。
まったく脈絡のない名前は、読み手が憶えにくくなり、それだけ損をします。
だから「文豪」も命名には法則を用いていました。
命名の法則性
物語の登場人物には名前があります。名前がないと誰だか区別がつきませんからね。
しかしまったく白紙の状態から名前を考えるのはとても難しい。
そういうときは「法則」に従って名づけるのがいちばんです。
一、二、三
たとえば「一ノ瀬」「二宮」「三鷹」「四谷」「五十嵐」「百地」「千堂」「萬田」のように、数字を当てはめていくパターンがあります。日本人ならまず間違えません。このパターンはマンガの高橋留美子氏『めぞん一刻』で採用されています。
基本的に同じ数字のキャラは、家族以外では出てこない。だから誰でもすぐに憶えてしまえます。
赤、青、黄色
次に「青木」「赤石」「浅黄」「緑谷」「茶谷」「紫」のように、色の名前を当てはめていくパターンがあります。日本には五千を超える色名があるため、応用しやすい。色の近さで関係の近さも表せます。たとえば「赤石」「朱鷺田」「桜木」は赤系統という具合です。このパターンはマンガの藤巻忠俊氏『黒子のバスケ』で採用されています。
木、火、土、金、水
「木崎」「火野」「土屋」「金子」「水谷」のように、中国の五行思想の要素を当てはめていくパターンもあります。マンガの武内直子氏『美少女戦士セーラームーン』で採用されています。(惑星(曜日)の名前を使っていますが、その元も五行思想から来ているので、これは卵が先か鶏が先か問題です)。
西洋の錬金術師パラケルススが提唱した四大精霊である「地」「水」「風」「火」を使った「天地」「垂水」「立風」「野火」のようなパターンもあります。
松、竹、梅
日本独自のランク付けとして「松竹梅」があります。最も簡単なのが「松本」「竹本」「梅本」のように「本」を付けるパターンです。他にも「松木」「竹木」「梅木」のように「木」を付けるパターン、「松山」「竹山」「梅山」のように「山」を付けるパターンもあります。
木の名前を付けるのは日本人に多いのです。「杉本」「檜山」「樫山」「楢崎」「楠木」「椿」あたりはぱっと出ますし、花や実の生る「桜坂」「桃山」「栗原」もあります。
花、鳥、風、月
自然の美しいものを集めた「花鳥風月」という言葉があります。これをもじって「花澤」「鳥山」「風谷」「月本」と名づけるパターンです。
また絶景を表す「雪月花」という言葉もあります。こちらなら「雪野」という名前も考えられるでしょう。
鳥の名前でまとめるパターンもあります。「鳩山」「鶴丸」「朱鷺田」「鷹村」「鷲山」「烏山」「隼」「燕」などですね。
山、丘、谷、川、海
自然のもの「地形」を名前に入れる習慣は世界中にあります。
「山岸」「浅岡」「谷繁」「河合」「内海」のようなパターンです。「峯岸」「谷川」のように組み合わせて用いることも多い。
東、西、南、北
方角も世界的によく用いられるパターンです。
「東山」「西村」「南田」「北野」など。「北」は字面をめでたくするために「喜多」と書く方もいます。「北方謙三」氏と「喜多方ラーメン」の差ですかね(それは言いすぎかと)。
バンドやユニット
著名な音楽バンドやユニットの名字をそのまま使うパターンもあります。マンガのかきふらい氏『けいおん!』で採用されています。「平沢」「秋山」「田井中」「琴吹」「中野」はテクノバンド「P−MODEL」のメンバーの名字です。マンガだと萩原一至氏『BASTARD!! 暗黒の破壊神』に出てくる人物はアメリカのロックやヘビーメタルなどのバンド名、メンバー名が多く用いられています。
また「高見沢」「坂崎」「桜井」なら「THE ALFEE」、「宇都宮」「小室」「木根」なら「TM NETWORK」。このように皆が知っている名字を当てはめると、読み手が憶えやすいのです。
戦国武将
これも昔からよくあるパターンですね。「上杉」「浅倉(朝倉)」がお隣さんとか「新田」が出てくるとか。マンガのあだち充氏『TOUCH』は戦国武将からいくつか借りてきていますね。
さまざまなネーミング・ネタが出てくるマンガの青山剛昌氏『名探偵コナン』では、山梨県警の大和敢助(山本勘助)、黒田兵衛(黒田官兵衛)は武田家の軍師の名前です。ちょっと外れますが、諸伏高明は「所轄の高明」で中国三国時代・蜀の軍師「諸葛孔明」から来ています。
伝承や神話
各国の伝承や神話に登場する人物名を拝借するケースは枚挙にいとまがありません。
とくに頻度が高いのが、本コラムでも紹介した『アーサー王伝説』です。アーサー、ランスロット、ガウェイン、トリスタンなどは多くの作品に登場します。今ではスマートフォンアプリ『Fate/Grand Order』で有名ですね。
田中芳樹氏『銀河英雄伝説』で銀河帝国側の人物はたいていドイツ語の名前になっています。そのせいか北欧神話の影響が数多く見られるのです。中でも大神オーディンの名はよく出てきますし、主人公のラインハルト・フォン・ローエングラムはローエングリン、ジークフリード・キルヒアイスはジークフリート、旗艦ブリュンヒルトはブリュンヒルデに由来しています。
人名辞典から引いてくる
「異世界ファンタジー」の場合、適当な名前をつけても成立してしまいます。なにせ「異世界」ですから、日本語でなくてもよく、ありえないような発音にしてもまったく問題ないのです。強く「異世界」感を出したいなら、各国では用いられないような名前をひねり出してみるのも悪くない。
しかしまったく法則がないと読み手が憶えるのに難儀するのです。
そこで「人名辞典」を開きます。
主人公がいる国はイギリス名、「対になる存在」がいる国はドイツ名。周辺国はフランス名、スペイン名、イタリア名、オランダ名、ロシア名にするなど。
一貫性を持たせると憶えやすいですし、ネーミングに統一感が出ます。
もし「現実にあるネーミングだと没個性になってしまうから」と敬遠される方は、いったん決めた名前から一字だけズラしてみてください。それだけで「ちょっと違う」世界を演出できますよ。
たとえば「ミシェル」を「ミセル」に変えるとわかりやすいし憶えやすい。
私の構想作である『秋暁の霧、地を治む』に出てくる王国側の若き四将をミゲル、ガリウス、ラフェル、ユーレムとしたのは、憶えやすくするためです。
ちょっとしたズラシをしていますが、ちょっと気づければ元ネタはすぐわかります。
カートリンクは小型自動車の「カート」と「スケートリンク」などの「リンク」をくっつけただけです。だから「カート場」のような印象ですぐ憶えられると思います。
このようにちょっとズラしたり、足し算引き算してみたりすると、わかりやすくて憶えやすい名前がつけられますよ。
最後に
今回は「命名の法則性」について述べました。
ほとんどの小説で、登場人物の名前になにがしかの法則を取り入れています。
今回挙げたのはほんの数例です。他にも十二支や星座などを組み込む方は多いと思います。マンガの車田正美氏『聖闘士星矢』の主人公・星矢も「射手座」の持つ「弓矢」から来ていますし、紫龍も「竜座」から借りています。
法則をつけたほうが読み手も憶えやすいので、あえてやっている書き手もいらっしゃるようです。
魅力的な物語には、憶えやすい人名が多い。
連想ゲームでパッと浮かぶくらいの人名がちょうどよいとも言えます。




