1-4 呼び声
「ど、どうするの?」
最初に口を開いたのはルカだった。
数時間とも感じられる数十秒の間、二人は手を握ったまま森の入口から森の中を凝視していた。
「ど、どうするって言われても、・・・ねぇ?」
風で揺れる草や葉。この森のどこかでこちらを見ている者が居る。と考えると二人は視線を外すことが恐怖だった。
「アリアはどうしたい?」
「わ、私は早くこんなところから帰りたいわよ!学園も始まっちゃうし・・・。それに、あぶないじゃない?」
いつになく気弱なアリアの態度。
それは、本当に奴隷商人だった場合、最悪のケースも考えられるからだ。
昨晩見た内容では、自警団や王国兵までも倒せるほどの魔装の使い手。
第3世代の装備しかないアリアたちにとっては相手がどのような魔装かわからない以上こんなところからは離れることが一番。
「ルカも、早く学園に戻らないといけないと思うでしょ?」
「・・・」
「ルカ?」
アリアの言葉を聞きながらも、ルカは返事をしなかった。
その視線はずっと森の中を見ている。
「あの~・・・?ルカくん?聞いているのかな?」
返事がないルカを見ると、彼女はルカの視線に入るようにその場でピョンピョンと飛び跳ねた。
「あっ!あぁ、ごめん、なにか、吸い寄せられるというか・・・。目が離せなくて」
「ちょっ!怖いこと言わないでよ!」
急に目の前に現れたアリアの顔に驚いた彼は後ろに飛び退いた。
そのあともアリアと森を交互に見ている。
アリアは急に怖くなったのかルカの腕にしがみつき後ろに隠れるようにしている。
森の中は、依然として静かなままだった。
「アリア、先に帰っててくれ」
「わかった!早く帰って先生に相談・・・って、何!?先にってルカはどうするの?まさか」
「うん、調べてみようと思うんだ。なにか、この森に居るような気がする・・・」
そんな、魔装も満足に出来ないんだから置いていけるかっ!
と、喉まで出かかるも飲み込むアリア。
でも、ルカの表情は恐怖に支配されたものではなかった。
「そ、そんな。ルカを置いて帰れる訳無いじゃん!わ、わわ私は純特待生だし?その、わ、私がルカを守ってあげなくちゃね」
相変わらずルカの背中で隠れながら少し威張ったような態度で強がってみせるが、彼女は小刻みに震えていた。
(いざとなったら・・・魔装で・・・)
ルカもポケットにしまってあった学園から支給された指輪を身につけると、大きく息を吸い込みゆっくりと歩き出した。
その後ろを慌ててアリアもついてくる。
まだ、昼前だというのに森の入口に差し掛かると随分中が暗く見えた。
あれからどのくらい歩いたのだろうか。
後ろを振り返るも、森の入口はすでに見えなくなっている。
普段なら何も考えないで歩く道も、先に何かいるかもしれない。と思う恐怖があると上手く進めず、やたらと時間が長く感じる。
この状態で最初に根を上げたのはアリアだった。
「ねぇ?やっぱり何もいないんじゃないかな?きっと。・・・きっとあれは、子供たちの遊んだあとだったんじゃないかな?」
ルカの手をギュッと掴んだまま離さない彼女は、自分に言い聞かせるように言った。
(確かに、そうかもしれない。)
森に入っても何も変わらない。
人の気配もしないし、誰かに見られている感じもしない。
森の雰囲気も、いつもと変わらないような感じだった。
アリアを怖がらせまいとして言わなかったけど、ルカは何かに呼ばれているような感じがした。
正確には、呼ばれるというよりも、吸い寄せられる感じだ。
今はそれもさほど感じない。思い込みだったのか・・・。ルカも半分諦めていた。
「何もないみたいだし、アリアの言うとおり子供たちが遊んでただけかもね!帰ろっか!」
立ち止まり、アリアを見るとルカは笑いかける。
そう、自分の好奇心のようなモノのためにアリアをこれ以上危ない目に合わせるわけにはいかない。
「るぅかぁ~」
うっすら涙を浮かべながら肩を落とすアリア。
どうやら、よっぽど怖かったらしい。
あたりをキョロキョロと見回すと、何もいないことがわかったのか張り切って元来た道を戻り始める。
(だいぶ怖かったみたいだな。でも、何もいなくてよかった。)
まるでお化け屋敷にでもいるような恐怖な感覚は、入口に戻る。という結果になり一気に和らいでいく。
今来た道を戻るだけなら、それほど怖くない。
横で元気になったアリアを見てホッと一息、よかったような残念なような不思議な気持ちで歩いていると、それはいきなり聞こえてきた。
「―・・す・・て。」
急に立ち止まり奥を振り返るルカを見て驚くアリア。
「ちょっ、いきなりどうしたのよ。怖いじゃない!いきなりそんな―」
「しっ!静かに・・・。何か聞こえる」
「はぁ?」
文句を言うも、何か聞こえる。とまで言われ、アリアは困惑の表情をしている。
「別に何も聞こえないけど・・・」
ルカは真剣な顔で森の中を見渡している。
声の主を探しているようだった。学園では、こんなルカは見たことがない。
アリアはいつもより頼りがいのあるルカに見とれていた。
「―すけて。こっち・・・」
風音に紛れ、わずかに女の人の声が聞こえる。
「聞こえる・・・。やはり誰かいるんだ!助けないと!」
ルカはアリアの手を掴んだまま再び森の中へ走っていく。
「えっ!??まっ、わ、私まで!!?」
アリアはルカに引っ張られるがまま、森の奥へと消えていった。