屋台をはじめてみることになった
5/7、一部表現の変更、行間の調整をしました
「トモシさん、ちょっと話がある」
食堂を閉めて後片付けも済み、落ち着いたであろう頃にズィードさんに声をかけられた。
「今日はありがとうな。お陰で今までで一番売り上げが良かったぞ」
「お疲れ様です。そんなによかったんですか?」
「おう。嬉しい悲鳴たぁまさにこのことだな」
ズィードさんは機嫌がよさそうだから嘘じゃないだろう。
まぁ俺としては肩の荷が下りて一安心。
そして俺の明日の宿代がサービスになって何よりだ。まさにウィンウィン。
「で、話っていうのはな。トモシさん、あんた屋台をやってみないか?」
「屋台?」
「ああ。あんた金に困ってるんだろ?そこで俺がこの店を構えるために使ってた屋台をしばらく貸してやろうと思ってな」
「え?」
突然降って湧いた話に思考が一瞬停止する。
「いいんですか!?」
思わず喰い気味に聞いてしまう。
「おう。シーナから相談されちまったし、トモシさんの腕は見せてもらったしな。あんたにならタダで貸していい。ただし、貸してる間は今まで通りうちで泊まってもらうし、宿代は別でちゃんと貰う。どうだ?悪い話じゃないだろ?」
悪いどころかとんでもなくいい話だ。
もしかして夕方の一品って腕を試されてた?
いや、結果こうやってお話をもらってるんだ。今大事なのはそこじゃない。
こんなにありがたい話はない。生きるために遠慮なく利用させてもらおう。
しかしシーナちゃん、本当にエエ子や。
「ぜひよろしくお願いします!」
「決まりだな。出す場所はどうする?ウチの前ならタダだが、それ以外で出すんなら商業ギルドへ行って交渉しな」
場所は大事な要素だ。ここから近くて、治安がよくて、人通りがあって、価格を安く抑えられる場所がいいな。なおかつ自分が知ってる場所なら安心もできる。
……ここに出すのがベストじゃん?
「じゃあこの店の前でやらせてもらってもいいですか?」
俺の回答にズィードさんが意外そうな顔をする。
「いや、いいんだがこんなに早く決めちまっていいのか?出す場所は大事だぞ?」
「いやぁ、この場所すごくいいんですよ。俺の要望全部かなうんで」
「そうか。まぁトモシさんの決めたことだ。俺はもう何も言わねぇ。んじゃ、実物を見せてやる」
「はい」
そうして案内されたのは宿屋の裏。そこには倉庫らしき建物があり、中に入って明かりをつけると、奥のほうに屋台の骨組みらしきものが照らし出された。
「こいつにゃ世話になったからな。どうしても捨てられなかった。そいつが再び役に立つ時がくるとこう、嬉しいもんがあるな」
ズィードさんは屋台の骨組みを嬉しそうに、懐かしむように手に取る。
暗くてよく見えないが、状態はかなりよさそうだし、頑丈そうだ。
「ちゃんと手入れもしてたからいつでも使えるぜ。いつから使いたい?」
「明日、食材を調達してきますので明後日から使わせてもらえれば」
「わかった。んじゃ明日の昼過ぎの暇な時間に組み立てておいてやる」
「ありがとうございます」
「おう。礼は明日ちょこーっと食材を分けてくれれば十分だ」
「あははは。任せてください」
ズィードさんのおちゃらけた反応に笑いながら、俺は心の奥底で本気で感謝した。
生きていけるきっかけはもらった。このチャンス、絶対に無駄にはしない。
翌日、朝食を終えた俺はそれまでの日課だった冒険者ギルドには行かず、いつも狩をしている森に来ていた。
荷車を引いて。
いや、昨日ズィードさんが倉庫にあった荷車を屋台のついでとか言って無理やり押し付け(ゲフゲフ
……貸してくれたんだ。
いや、今はすごく感謝してる。
見た目かっこ悪いし手間だしで敬遠してたけどこれ便利だわ。あれもこれももって帰れる。
なんで今まで利用してこなかったのか。過去の自分をぶん殴りたい。
今日の成果は、ゴート3匹、ゴブリン1匹、ウルフ4匹、それに1匹イノシシっぽいのを倒すのに成功。
それに昨日取りきれずに残していったスピッツ、ああもうこれはミカンでいいや。ミカンを大量にゲット。
それとグランドバードっていう飛べない鳥の卵に、また唐辛子を見つけたのでいくつかとっておいた。
あとは別の皮袋に分けたが、転移前に見た食べられそうなキノコをたくさん。これは後で冒険者ギルドか商業ギルドで仕分けしてもらおう。
いやぁ大漁大漁。
ホクホクでいつもより多い荷を引きながら町へ帰り、冒険者ギルドで素材を買い取ってもらう。
まずイノシシっぽいやつ。こいつはテディボアとかいう畑を荒らす害獣だったらしい。俺が狩ったやつは普通サイズで、賞金があるうえに牙と毛皮が割といい値段で売れた。
しかしテディボアて。熊の人形じゃあるまいし。
とりあえずテディボアの話は置いといて。
キノコは5割が毒キノコだったが、中には貴重な調合用のキノコが混ざっており、毒キノコ共々これも割りといい値段で買い取ってもらえた。
仕分け料金を支払っても黒字な上、食用のキノコもゲットできてお得だった。
結果、今回荷車を借りてたくさん持って帰れたこともあるけど、金貨5枚超えという過去最高の買取金額を手にした。
でも浮かれちゃいけない。昨日、今の生活の仕方の限界を知った。だからこのお金は屋台をするのに必要な食材や調味料、調理道具を買うために使う。俺は昨日までの俺とは違う。生まれ変わってニュートモシとなったのだ。
俺は帰り道にそれらを購入。宿屋へと帰った。
宿屋の前にはもう屋台が組まれていた。
おぉぉ、想像してたよりいいものだ。
「あ、トモシさん、おかえりなさーい」
シーナちゃんだ。
「うん、ただいま。ズィードさんいる?」
「おう。どうだった?」
俺の声が聞こえたのか、奥からズィードさんが出てきた。
「はい。ズィードさんに荷車を貸してもらって助かりました。今日、過去最高の成果ですよ」
「お?んじゃ屋台は余分になっちまったか?」
「まさか。今の生活に限界を感じてたんです。これからズィードさんの屋台でどんどん稼いで、いつか自分の屋台を持ちますよ」
「がっはっは。夢がちっせぇな。男なら俺みたいに店を持つんだ!ぐらい言ってみせろ」
「そうですね。でも俺は小さな目標からこつこつと叶えてくほうが性に合ってますから」
「私はトモシさんの目標、ちゃんと現実を見据えて立ててるから信頼できるって思います。夢を見るのはいいですけど、状況を把握できずに空回りや暴走する人も多いですから」
おおぅ。シーナちゃんがなんか難しいことを言ってる。しっかり者だとは思ってたけどこれほどとは。
そんなことを考えつつも、褒められたことにはしっかり照れているブレない俺である。
……褒められてるんだよね?
「おいシーナぁ、俺はどうなるんだ?」
珍しくズィードさんが情けない声をあげる。やっぱり娘には弱いのか。
「お父さんはまた別だよ。じゃなきゃ今こうやってお店持ってないでしょ?」
「ああ、その通りだ。さすが俺の娘。見る目がある。がっはっは」
早っ!一瞬で立ち直った。なんかズィードさんの意外な一面を見た気がする。
「ありがとね、シーナちゃん。これお礼もかねてお土産」
俺はミカンをひとつシーナちゃんに手渡す。
「わぁ、スピッツだ。ありがとうございます」
「おい、俺にはねぇのか?」
「もちろんありますよ。はい」
「わりぃな、催促しちまったみたいで」
いや、催促したでしょ?と心の中で突っ込みながら二人が笑顔なので余分なことは黙っておいた。