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王の剣士3「剣士」  作者: 雅
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第一章 八

 副将以下、中隊中将が顔を揃える中、レオアリスは執務机に肘を乗せ、その手に頭を預けたたまま暫らくの間考えに沈んでいた。


 グランスレイが促そうと口を開きかけた時、漸く顔を上げ、その場にいる者達の顔をぐるりと眺め渡す。


「報告しろ」


 グランスレイは改めて姿勢を正した。


「侵入者はおそらく一名。北外門から衛士六名を殺害し侵入。上将が遭遇した頃合を考えると、その足で士官区に向ったと思われます」


 遭遇?


 違う。あの男は始めから、レオアリスを目的にしていた。


「殺害された衛士達は、手足を落とされ、傷口が焼かれています。武器は何を使ったものかは目下調査中ですが、」

「剣だ」


 視線が集中する中、レオアリスは宙空を睨む。


「警備は」

「現在、引き続き二隊全体が当たっています」

「三隊にも警備の増強を伝えろ。それから、クライフ」

「は」

「夜明けまでは、お前の中軍を当てろ」


 レオアリスの指示に、クライフは厳しい面持ちのまま頷いた。


「……それと、グランスレイ。二、三隊に伝達を。――もし出くわしても手を出すな、と」


 その場の全員が驚いたようにレオアリスを見つめる。


「それは、どういう……」


 集まる視線の中、レオアリスがゆっくりと立ち上がる。痺れを残していた右腕。


「剣士だ」


 短く、確信を持って告げられた言葉に、彼等は一瞬息を呑み、お互いの顔を見回した。


「俺の剣を止めた」

「止めた……」


 執務室内に、電流にも似た緊張が走った。


 レオアリスの剣を止める。


 それがどのような意味を持つのか、この場の全員が身を以って知っている。


「一隊もだ。発見しても手を出さず、俺が行くのを待て」


 それぞれが無言のまま頷くと、張り詰めた表情を浮かべたまま一礼し、各隊に指示を出す為に退出していく。レオアリスは一番最後に扉へ向かったグランスレイの背に声をかけた。


「グランスレイ」


 呼び止められ、グランスレイは足を止めてレオアリスを振り返った。


「お前、いつから師団にいた?」


 唐突な問いにグランスレイは怪訝そうな色を浮かべ、レオアリスを見つめた。


「……二十七年前に入隊しております」


 第一大隊の中では、誰よりもグランスレイが尤も長く在任している事になる。


「そうか、なら……」


 言い掛けて、ふと言葉を切った。レオアリスはそのまま、何事か迷うように、壁に掲げられた軍旗に視線を向けていたが、暫らくして再びグランスレイへ視線を戻した。


「上将?」


 なかなか口を開こうとしないレオアリスへと、グランスレイは戸惑った視線を向ける。


「――『十七年前』と『バインド』という名に、何か覚えはあるか」

「――いえ」


 グランスレイの表情も声音も全く変わらなかったが、背後に立つロットバルトには、下ろした拳が僅かに握り締められたのが分かった。レオアリスからは執務机の死角になり、気付いたかどうかは分からない。


 暫らくグランスレイを見つめた後、レオアリスは視線を外した。


「そうか。呼び止めて悪かったな」

「いえ。では、これで」


 退出するグランスレイの後ろ姿を見送り、ロットバルトは侵入者との遭遇以来、ずっと厳しい表情を浮かべたままの上官に視線を戻す。


 あの時――ロットバルトがあの場に着いた時、丁度レオアリスが剣を振り抜いた時だ。レオアリスの剣を止めたあの男は、その後何事かを発した。

『――を調べろ』、と。


 何をかは聞き取る事は出来なかったが、ただ侵入者があったというだけにしては、レオアリスの様子は不可解な印象が強い。


 先程のグランスレイへの問い掛け――『十七年前』というのが、おそらくは男が調べろと告げた事なのだろう。


 十七年――丁度レオアリスの年令がその位だ。


 問うべきか、問わないままに進展を見るべきか、視線を向けた先のレオアリスの横顔には、彼自身が戸惑っているような陰がある。


(……あまり、退いているべきではないか)


 今レオアリスが全て把握しておらず、何を言うべきか迷っているのだとしても、早い段階で口火を切る切っ掛けはあった方がいい。


「――上将。あの時、あの男は何を言ったんです?」


 ロットバルトの問い掛けに、レオアリスは考え込むような視線を返す。


「どう聞こえた?」

「何かを、調べろと。それ以外は。……必要とあれば、お調べ致しますが」


 レオアリスは暫らく黙ったままロットバルトの視線を受けていたが、やがて普段の彼らしく肩を竦めた。僅かに苦笑を浮かべる。


「……いや。いいさ。どうせ戯言だ」


 自分に言い聞かせる響きに、ロットバルトはそれ以上尋ねる事なく、自らの執務机に戻り警備再配置の為の図面を広げた。


 どれだけ経っただろう、ふと顔を上げると、レオアリスは再び何事かを考え込むように、軍旗に視線を注いでいた。








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