表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王の剣士3「剣士」  作者: 雅
7/58

第一章 六

 通常の訓練は大体毎日同じような日程で回る。

 朝の半刻程度、一隊の少将以上の打ち合せがあり、その後レオアリスとグランスレイは七日に一度の割合で、師団全体の連絡調整を兼ねた会議に出席するため総司令部に出向く。


 近衛師団とはいえ王に謁見する機会はそれ程多くはない。総将アヴァロンは常に王の傍に控えるが、大将であっても特別な案件が無い限りは、十日に一度、諸侯の揃う謁見に列席する程度だ。


 一方、各中隊では午前中は個々の基礎訓練を行い、午後に全体の演習、又三日おきに左中右、三隊揃っての布陣演習が行われる。

 この流れは師団の第二、三大隊に於いてもさほどの違いはなかった。


 だが今は御前演習が近いため、通常の内容とは別に、演習訓練とその詰めの会議が連日行われていた。

 

 


 会議を終え、漸く一日の終わりを迎えてレオアリスが執務室に戻ると、帰り支度を整えていたクライフが顔を上げた。執務室の奥に置かれた机に向かうレオアリスを、クライフの声が追いかける。


「上将、お疲れさまです。終わりですか? これから飯行きませんか」


 空腹を感じていたレオアリスは迷う事無く頷いた。どうせ屋敷に戻っても食べるものはない。どこかで食事を摂ってから帰ろうと思っていたところだ。


「行く。すげぇ腹減った。けどちょっと待ってくれ、一件書類の確認を」


 そう言ってロットバルトの席を振り返ったが、珍しく空席だ。


「ああ、奴なら先に飯に行きましたよ。また戻るみたいですが」

「戻んのかよ……。じゃあ俺も戻りゃいいか」


 レオアリスは手にしていた書類を自分の机の上に放り、再び扉に向かった。取っ手に手をかけていたクライフが手を止めてレオアリスを振り返る。


「え、じゃ酒なしっすか」

「お前飲めば? 俺は元々飲まねぇし」

「一人で飲んだくれるのもなぁ。ヴィルトールは?」


 それも悪くは無いが、やはり一人で飲むより相手がいた方がいいと、クライフは同じように帰り支度をしていたヴィルトールに声をかけた。しかし普段はクライフに付き合う事の多いヴィルトールも、あっさりと肩を竦める。


「私は今日は帰るよ、悪いね。最近帰りが遅いせいで娘とまともに顔を合わせてない。そろそろ忘れられそうだ」

「あー、そうだな。ご愁傷さん」


 深刻そうな面持ちで溜め息をつくヴィルトールに対して、クライフはさっさと、それ以上彼が口を開く前に会話を打ち切った。


 そのクライフの態度に気付かず、レオアリスは以前に何回か会ったことのある彼の娘の姿を思い出し、口元を綻ばせた。前回会った時はまだ本当に小さかったが、子供の成長は早い。


「そういや最近会ってないけど、大分大きくなったんだろうなぁ」

「上将、突っ込まないほうが」


 途端にヴィルトールの顔が蕩ける。


「いやぁ、お陰さまで。そろそろ三歳になるんですが、もう大分しっかりした言葉を話し始めましたね。どこで覚えてくるものか、結構驚くような大人びた言葉を言ったりして、そこら辺がまたかわいいんですよ。妻に物言いが良く似てまして、妻の口ぐせそのもので叱られたりするので私の立つ瀬がないんですが。あ、先日は」

「分かった分かった、さっさと帰れ」


 堪り兼ねたクライフが、蕩々と語りだしたヴィルトールを追い払うように再び手を振った。


 ヴィルトールは愛妻家で、現在三歳の愛娘がいる。普段は穏やかだが娘の事を語りだすときりがなく、クライフにしてみればもはやその話は聞き飽きたといった態だ。


 クライフはまだ話し足りなさそうなヴィルトールを無視して、執務机に向かって分厚い書類に眼を通しているグランスレイに声をかけた。


「副将、いかがっすか」


 杯を傾ける仕草に、グランスレイは日頃厳しい眉根を苦笑に寄せた。


「私はもう少しやる事がある。あまり飲みすぎるなよ」

「残念だな。フレイザーは?」


 フレイザーは少し考え込んだものの、チラリとグランスレイに視線を向け、すぐに首を振った。


「私も、もう少し片付けてからにするわ。またね」


 その場の全員にすげなく断られ、クライフは心底残念そうに肩を落とした。


「しゃあねぇ。上将、飯だけ付き合ってください。飲みは現地調達します」


 笑って頷くと、レオアリスはグランスレイ達に一言声をかけて執務室を出た。


 中庭と、それをぐるりと囲む士官棟の回廊を抜けていく風が全身を包み、心地良い。上弦の月が照らし出す庭は穏やかそのものだ。会議続きで滅入っていた気持ちがほぐれるのを感じながら、レオアリスは続いて出てきたクライフを振り返った。


「どこにいく?」

「食うだけなら、食堂行きますか。誰かしらいるだろうし」


 飲み相手が、ということだ。


「いいぜ。近いし」


 そう言うと、二人は目指す食堂のある方へ回廊を抜けて歩き出した。


「あー腹減った。俺今日は会議ばっかであんま身体動かしてないのになぁ。絶対会議って演習より体力使うぜ」

「俺は常に寝てるんで分かりません」

「グランスレイには言うなよ、それ」

「バレてますよ。あっはっは」


 士官棟を抜けて通りを歩く道すがら、行き交う兵士達が立ち止まっては二人に敬礼を向けていく。丁度勤務交替の時間が過ぎたところで、日中より人影が多い。


 王城の第一層、各軍の司令部と兵舎が立ち並ぶ区域との境目辺りには、兵士達の為の食堂が置かれている。第一層は方角ごとに四分割されているのに近い作りの為、食堂もそれぞれ四ヶ所にあった。


 一般兵の配備は大体半日交替で、夕刻までの勤務の者は時間が終わると城下に繰り出す者も多いが、兵舎の傍にある食堂を利用する者も少なくない。


 士官専用のものもあるが、それは南の総司令部近くに一棟あるだけだった。その専用の一棟の中には、少し手間を掛けた食事や酒を出す店などが数店があるのだが、わざわざ士官専用に行くのは面倒さもあり、だからレオアリス達も大体この食堂を利用している。


 ヴィルトールなど家庭がある者はここで食事を共にする事は多くはないが、レオアリスやクライフなど独り身には有り難いものだ。


 食堂に足を踏み入れた途端に、賑やかな活気が二人を包んだ。任務から解放された兵達が思い思いに卓につき、酒杯を傾けていて、ずらりと百台近く並んだ卓は既にほとんど埋まっている。


「空いてないなぁ」

「この時間、回転悪いっすからねぇ。安いから皆長居して飲んだくれるんだよなぁ……」


 どこに座ろうかと首を巡らせているうち、その中で一角だけ、恐ろしく静まり返っている卓が目に入った。周囲よりも空席の目立つそこには、五人ばかりの兵が師団兵も正規兵も、おそらく先に座ってしまっていたのだろう、離れた場所に座っている他の兵達とは対照的に、まるで訓練中のように畏まっている。


 その元凶を見つけてクライフはあんぐりと口を開けた。


「うっはー、めっずらしいな、おい。つーか、周り固まってんじゃねえか」


 元凶はというと傍らに置いた書類に目を落しながら、我関せずといった様子で食事を取っている。一斉に立ち上がり敬礼する兵達の間を抜け、クライフは元凶、ロットバルトの隣の席にどかりと腰を下ろした。


 確かに煩雑なこの食堂内でそこだけ別の空間のようだと、レオアリスも苦笑を浮かべてロットバルトの前の席に腰掛けた。理由は考えるまでも無い。要はロットバルトの持つ背景と、本人の近寄り難さから来るものだ。


(見た目と違って面白いんだけどなぁ)


 レオアリス独自の感想に同意する者は少なそうだが、この状況はこれで傍から見れば面白いと暢気な考えの下、まだ緊張感漂う周囲の食卓を一度見回してからレオアリスは品書きを手に取った。


 隣のクライフを気にも止めず、ロットバルトは読んでいた書類を閉じ、レオアリスに顔を向ける。


「会議は終了されたようですね」

「一応、今日のところは。お前この後戻るんだろ? 悪いけど一件確認したい書類があるんだが」

「何です?」

「前回の御前の警備体制」

「承知しました。ご用意しておきましょう」

「頼む」


 レオアリスが言葉を切ると、クライフは机に深く肘を付きながら、斜め下からロットバルトの顔をまじまじと覗き込んだ。にや、とからかうような笑みを浮かべる。


「美味いか?」


 普段あまり口にする事はなさそうな料理の皿をつついてみせる。


「……まあ、それなりに。いい味ですよ」


 ロットバルトの評価に、背後の席を片付けていた給仕が、傍目にも分かる程ほっと肩を下ろす。


「しっかしお前、何だってこんなとこで食ってるわけ? 似合わねえよなぁ。周りの奴ら圧迫すんなよ飯時に」

「お忘れのようですが、私も入隊当初しばらくは宿舎にいましたよ。別に今初めてという訳でもない」

「いや、忘れてねぇ。お前の入隊当初が最近の奴等の中じゃ一番派手だったもんなぁー。だから圧迫すんなって言ってんじゃん」


 ロットバルトは改めてクライフに身体を向け、蒼い瞳を細めた。


「仕方ないでしょう、時間が無いんですよ。ここが一番近い」

「戻ってまた仕事かよ。せわしねえなぁ。俺みてぇに勤務時間内でビッと終わらせろよ」

「明朝までの書類を、どなたかが夕刻に出してくださったお陰でね」

「は……」


 口を開け、そのまま冷や汗をかいて固まったクライフを尻目に、ロットバルトはレオアリスに視線を戻した。


「御前演習については、大方整ったのですか?」

「まぁ」


 言葉を濁らせたレオアリスの様子に、ロットバルトは口の端に笑みを浮かべた。レオアリスがあまり剣舞をやりたがっていないのは、周囲にも伝わってくる。


「では、剣舞をなさるという事ですね」

「ま、そういう」


 レオアリスは非常に気が進まなさそうに言葉を濁したが、ロットバルトは逆に口元の笑みを深めた。


「見せ物的な要素は強いですからね、お気持ちはお察ししますが、力を示されるにはいい機会でしょう。周囲を破壊しないように気を付けて戴く必要はありますが、修繕費は想定被害分予算計上してありますので、一定範囲内であれば対応は可能です」

「何だそりゃ……」


 一体何を基準に予算要求したのだろう。ロットバルトの試算した範囲がどれくらいなのか分からないが、あまり知りたいとは思わなかった。


「大体お前、こないだは金ねぇって言ってたじゃねぇか」

「勿論無尽蔵にある訳がないでしょう。使いどころの問題ですよ」

「使いどころが間違ってんだろ……」


 レオアリスは口の中でそう呟くと、卓上に頬杖をついた。


「第一、あんなもの見て面白いか?」


 レオアリスにしてみれば単に気の赴くままに剣を振っているだけで、特に決まった型がある訳でもない。


 逆に言えば、自分の精神状態が如実に表れるのがレオアリスにとっての剣舞だ。


 術を施さなければならないのも、裏を返せば自分の能力が未熟で、完全に剣を制御仕切れていないということなのだ。


(みっともないじゃんか)


 多分完成された剣士なら、見事に舞って見せるのだろう。ただどうすればそこに近付くのか、今のレオアリスには見えない。


 指導を仰ぎたくても、その相手が近くにいないのだ。


「御前でなさることに意味があるんですよ」


 ロットバルトの指している意味はレオアリスにも判っている。王の御前演習は軍の一大行事の一つで、そこでの演武を行うのは最大の栄誉だ。


 ただ、レオアリス自身はやはり単純に喜ぶ気にはなれなかった。


 まして王の前で不完全なものを披露するなど、尚更嫌だ。


「上将、二刀使いましょうよ。派手でいいっすよ」


 クライフは卓の上に身を乗り出し、期待を込めた顔でレオアリスを見たが、当のレオアリスは余計情けない顔になって視線を逸らし、言いにくそうに口籠もった。


「いやぁ……、無理じゃないか、多分。正直言って二刀使いこなす自信がないんだ。制御が難しくってさ」

「制御って、まだそんな力が有り余ってんですか?」

「有り余ってるってなぁ……」


 クライフの驚いた声に、レオアリスは心外そうに眉をしかめた。ロットバルトが蒼い瞳を測るように細める。


「……使おうと思っても、使えないという事ですか?」


 使わないのか、使えないのか、それは大きな違いを持つ。ロットバルトの問いに、レオアリスは宙を睨むように考え込んだ。


「いや……。――そもそも使おうと思う事がまずないしな」


 二刀を抜いた事はこれまでに二度ある。そのどれも、王都に上がる前の事だ。


 一度目は剣士としての覚醒の時。あの時は死が目前にあり、ただ無意識に近く身体が動いた。よく覚えていないというのが実際のところだ。


 二度目は御前試合の前だったが、手にした瞬間意識ごと持っていかれそうな感覚に、慌てて収めた。


「慣らしとかなきゃいけないのは判ってんだけどさ。まあもうちょっと……」


 その言葉の中にはさほど真剣な懸念の色は無い。ロットバルトは束の間レオアリスの瞳を覗き込むような視線を向けたが、そこにあるのはいつもと変わりない色だけだ。


「――いずれ、見せていただきたいものですね」


 レオアリス達が頼んだ料理が運ばれて来たのを機に、ロットバルトは席を立った。


「では、私はこれで。書類はすぐに用意しておきます。ですが今日はもう遅い、御覧になるのは明日でもよろしいのでは?」

「ん……いや、戻るよ」

「承知しました。ごゆっくり」


 一礼しロットバルトが立ち去ると、二人の卓の周りも漸く賑やかさを取り戻した。それを眺め、クライフは大仰に天井を仰ぐ。


「上将、何とかしたほうがいいっすよ、あいつ」

「何とかって」

「もっと親しみやすくとか。あんなに兵を緊張させてもなぁ」

「そりゃ隊内の環境改善も俺の仕事だが……。親しみやすいねぇ……」


 レオアリスは一旦考え込むように腕を組み卓上を眺めたが、すぐ眉をしかめて腕を解いた。


「やめた。想像すると意外と恐ぇ……。まあ個性だろ、あれも」

「それで片付けるンすか?」

「隊持ってないからな。兵と直接関わる訳じゃないし」

「まあねぇ、家が家だしなぁ。ヴェルナーなんて普通、その辺歩いてるような家じゃないですし、仕方ないっちゃないんですが。俺も最初、単なる冷やかしか暇潰しかと思いましたからね」


 クライフは既に見知った気安さで口にしているが、実際侯爵家、それも筆頭ともなれば、誰もがより深刻にそれを感じるのは当然の事でもある。


 王都に、王城内にあれば、尚更そこを意識せずには通れない。


「そういうモンでもなくて、意外でしたけど」

「……いろいろあるさ」


 レオアリス自身にもその枷は大きい。正直に言ってしまえば、時折大将などという地位は返上したくもなる。レオアリスとしては王に仕えられるのであれば、ここでなくてもいいのだ。


 王都とは本当に面倒な所だ、とつくづく思う。


「そういや、お前は何で師団に入ったんだ?」


 クライフは一旦食事の手を休め、思い起こすように一度天井を仰いだ。


「俺ですか? 生活の為ですね」

「判りやすいな……」

「俺んとこ、弟妹すげぇ多いんですよ。俺が二番目であと下に六人いますからね。果実農家やっちゃいますが、さすがに食わせきれねぇでしょ。兄貴は跡継ぎだし他はまだガキなんで、働ける俺が出て来たって訳です」

「八人兄弟か、すげぇ」

「じじばばも入れると十二ですよ」


 考えてみればクライフのこうした話は聞いた事が無かったが、弟妹が多いというのはいかにもクライフらしい気がする。


「ま、腕試しって気持ちの方がホントは大きかったんすけど。師団つったらやっぱ俺らの地方でも花形だし、腕っぷしにはそれなりに自信ありましたんで」


 ガキの頃はさんざん暴れてましたからね、と今でもそう変わらなさそうな事を言って笑い、クライフはレオアリスに視線を戻した。


「上将はどうなんですか? やっぱ腕試しとか」


 改めて問われたのは初めてかもしれない。レオアリスは束の間、過去を思い返すように考え込んだ。故郷を想ってまず浮かぶのは、白く雪に閉ざされた村の風景だ。


「……まあ、俺もお前と似たようなものかもな。俺の故郷もそう豊かじゃなかったし、それにやっぱり、力を試したいって気持ちはあった」


 いつからだろう、明確に意識した事は無いが、ずっとそんな想いはあった気がする。あの場所を嫌っていた訳でも、育ててくれた祖父達に感謝していない訳でもない。


 レオアリスの育った北の辺境は、一年の半分が雪で閉ざされる厳しい地だ。農地を耕すにも生活は容易くない。


 彼等の側にいて彼等を助けたいと思いながら、心の何処かで常に、王都への漠然とした想いを感じていた。


「剣士ですもんねえ」

「いや、その時は剣なんて使えなくてさ。術士だったんだ。結構通用すると思ってたんだけど……」


 そこまで口にして、王都の術士達を目の当たりにした時に受けた衝撃を思い出し、レオアリスは気まずそうに語尾を口の中にしまい込んだ。


「まあ、何だ、前も言ったかもしれないけど、俺にはあんま術は向いてねぇ、と……」


 クライフが爆笑する。


「……笑い過ぎだ」

「いやいや、すんません。……まあでも」


 目の端に浮かべた涙を掌で擦ってから、クライフはもう一度にやりと笑った。


「上将は剣士のが向いてますよ。あの時の王の御前、俺見てたけど正直舌巻きましたからね。剣士なんて初めて見たし、師団の、しかも第一に配属された時は早く手合わせして見たくてウズウズしてたんで」


 レオアリスが剣士として頭角を表したのが、三年前の王の御前試合の時だ。誰もが想定していなかった、年若い剣士の圧倒的な勝利。


 王が近衛師団に配し、その後僅か二年の内に大将の地位を得たのも、外部には不満があったとしても、直に剣を合わせるクライフ達師団の者にとっては自然な事と言えた。


 こうしている間も、レオアリスが居るのに気付くと、入れ代わり立ち代わり兵士達が卓の周りにやってくる。他の大将達ではこれほど気軽に兵士達と言葉を交わす事はないだろう。


 要は彼等にとって、最高位と謳われる剣士の存在は誇りなのだ。加えて年が若く、屈託なく、貴族や王都の出ではない、謂わば彼等の土壌に近い事が大きく影響している。


 レオアリスが師団に配属された時、全く反発が無かった訳ではない。それまで師団に剣士がおらず、一般に流布する印象しかなかったのも一因だったが、レオアリスはすぐにその印象を忘れさせた。


 それでも、クライフがふと目を転じると、一方では面白くない表情を浮かべた者達も見える。


(西方か)


 正規軍の一部、特に古株の士官の間にはレオアリスに対する反感を抱く者が数名いて、それが少なからず兵士達にも波及している。


 正規軍と師団は、完全に両立しているとは言い難い。正規の誇り、王直轄軍としての誇りが、時として兵同士の対立を生む。レオアリスへの反感も、そうした事に端を発しているとも言えた。


(この地位で若いからな、うちの大将。あんま大将らしくねえし。俺はそういうとこがいいんだけどなぁ)


 地位や階級に拘る者からすれば面白くはないのだろう。


(まぁ、全体がけんつくやってる訳じゃねえし)


 クライフは視界に見知った顔を捉えて片手を上げた。彼もまた西方軍第一大隊の左軍中将、ワッツだ。ワッツは飲み仲間であるクライフを認め、にやりと笑って大股に近づいてきた。


 岩を削ったような顔に髪をすっかり剃り上げていて、グランスレイよりも体格が良く、見た目には近寄り難い容貌なのだが、どこか剽軽さを漂わせている。


 レオアリスの前に立つと、一旦腕を胸に当て敬礼を施す。正規軍の場合、右腕を当てる。


「お久しぶりです、大将殿。今日はもう上がられるのですか」

「いや、一度戻る。ワッツのとこの大将は」

「既にあちらで出来上がっております」


 ワッツは身体をずらし、奥の一角を示した。賑やかな様が見て取れ、レオアリスは笑った。


「クライフをお借りしても?」

「連れてってやってくれ。一隊には振られたところなんだ」

「承知しました。じゃ、クライフ、食い終わったら飲もうぜ」


 クライフが頷くのを見届け、ワッツはまた重い身体を揺らすようにして戻った。


 食事を終えてレオアリスは席を立つと、クライフへ、にや、と笑いかける。


「じゃあな。一応言っておくけど、飲みすぎるなよ」


 昨夜飲みすぎたと言って、今朝も遅刻しかけたところだ。明日また遅刻したら、グランスレイの大目玉を食らうのは間違いない。


「肝に命じます」


 真面目くさって敬礼してみせるクライフに苦笑を洩らし、レオアリスは入り口に向った。


 戻って前回の警備体制を確認して、グランスレイやロットバルトがまだいるようなら今回の体制の大枠を考える。……本格的に図面に落し込んで組むのは明日でもいいだろう。取り敢えずそれだけしたら、今日はもう寝よう。


 レオアリスの後ろ姿を見送り、クライフは早速奥の卓に足を向けた。


 明日は午後に演習があるが、午前中までなら多少頭が重くても大丈夫だろう。


 いつも通りの一日が、穏やかに終わろうとしていた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ