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王の剣士3「剣士」  作者: 雅
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終章 二(一)

「良く戻った。バインドを見事討ち倒しての帰都、喜ばしい事だ」


 王の声が、低く心地良く、そしてその場を圧する響きで、静かに流れる。


 高い位置に設けられた窓の飾り硝子から、複雑な色彩を帯びた光が玉座を浮かび上がらせるように降り注いでいる。


 レオアリスは玉座の壇下に跪いたまま、顔を伏せ、王の声を聞いていた。


 湧き上がってくる喜びと、誇り。

 それらは心臓から送り出される血液に乗って、身体の隅々まで行き渡るように感じられる。


 この感情が、彼の言っていた、主を得るという事なのだろうか。

 結局、明確な答えをくれる者はいない。


 それは自分自身で選ぶしかない感情だが、そうであれば、自分は既に選んでいるのだろう。


 許されるなら、王に尋ねてみたい事がある。


 十七年前の事を。

 何故あの時、自分を救い上げてくれたのか。

 名付けた、その理由を。


 だが、王の上には常と変わらない表情があるだけだ。


 レオアリスは気持ちを抑え、深く頭を下げた。


「……月の末は演習があったな」

「はい。御前に、披露させて頂きます」

「楽しみにしている」


 一言、そう告げると、王は瞳を閉じた。




 

 

 王都に戻ってからはひたすら慌ただしかった。


 まずは正式な報告書を作成しなければならない。どこまで記載すべきかで、ロットバルトやグランスレイと何度か議論を交した。


 レオアリスは直接的にバインドと関わる事柄のみでいいと考えていたが、ロットバルトは過去の経緯は一度明らかにしておく必要があると説き、グランスレイもそれに賛同した。


「それが誰にとっても真実となる訳ではありません。ですが、多方面からのものの見方は提示すべきでしょう。特にこの件に関しては、貴方は貴方の立場からの主張をいずれかの時点でしておくべきです。この先王都にあるなら、尚更必要な事ですよ」


 結局、実際の報告書へ追記として別に添える形で、その部分はロットバルトに任せた。

 自分ではどうしても感情が先に立ち、報告としての処理は出来そうにない。



 軍議での口頭の報告も残っていた。

 報告は淡々と行なわれ、バインドの死に対して確認する二、三の質問を受けただけで、特に問題も挙がらなかった。


 もとより四大公の立会いの上で王が下した決定に異論を差し挟む余地はなく、バインドを討って戻ったのであれば、それ以上の議論もない。


 まだ完全に納得したとは言い難い表情を浮かべている者もあったが、それも表立って取り沙汰される事は無かった。


 ロットバルトが用意した答弁の資料もあまり開く必要のないまま、彼等の反応には肩透かしを食らった気分さえ覚えたが、それでも正規軍副将のタウゼンが一連の軍議の終了を告げた時は、レオアリスもグランスレイも顔を見合わせ、開放感からほっと息を吐いた。

 

 




 中断されていた御前演習の準備もまた再開された。

 慌ただしく、しかし確実に、日常が戻ってくる。


 ゆっくりと振り返る時間もないままに、演習訓練、演習会場の警備や王の警護と入退場に伴う導線の確保、列席する諸侯の警備、一般観覧者への対応と、日々すべき事は山積していく。


 近衛師団内での会議や正規軍との合同の会議、更に合同の演習も重なれば、ほとんど食事を取る暇さえ惜しいほど、誰もが慌しく動き回っていた。

 バインドの一件で準備が滞っていた分、尚更立ち止まってはいられない。


 そうして、日数を数える間もなく、日々は過ぎた。




 


 

 街路樹は金色に染まり、乾いた葉が枝から零れそうに揺れている。

 気の早いものは枝を離れて散り始め、路上の石畳に鮮やかな絨毯を敷き始めてている。


 早いもので、もう明日は御前演習が行われる日だ。正規軍、近衛師団の詰める第一層は、出陣前にも匹敵する慌ただしさに包まれていた。


 最後の近衛師団全体の布陣演習を確認して執務室に戻ると、レオアリスは椅子にどさりと腰を下ろした。

 久しぶりに動くのを止めた気がする。


「――警備態勢も、演習の布陣も、閲兵の並びも、全部終わりだな?」


 念を押すようにグランスレイを見ると、グランスレイも慌ただしい影を額に残したまま、力強く頷いた。


「後は午後の会議で全体の最終確認を行い、それで本日の案件は終了です」


 グランスレイの言葉に、レオアリスは大きく息を吐き、椅子の背にぐったりと寄りかかった。


 ただ、闇雲に疲れている訳でもない。終着点のある慌ただしさは充足感も感じさせるものだ。


「明日か……」


 明日は正午から始まり、王の高覧のもと、布陣演習、隊内の実戦演習、演武、閲兵と、数刻に渡って行われる。

 演武の中で、レオアリスの剣舞も予定されていた。


 二刀を使うかどうか、それを少し迷っていた。剣の制御や演習場の状況を測った上で決めようと思っていたが、中々じっくりと考える時間も取れてはいない。


 実際あれ以来、レオアリスはまだ剣を抜いてはいない。

 完全に制御できるのかと自分に問えば、いま一つ確証が付け難かった。


 レオアリスは束の間天井を仰いでいたが、一旦身体を背凭れに沈め、勢いをつけて椅子から立ち上がった。

 とにかく、この後の会議、近衛師団、正規軍の揃う会議で取り敢えず最後だ。


「行ってくるか」


 面倒なのは変わらないが、バインドの件を議論していた時よりはずっと気が楽だ。


「どうぞ、会議用の資料です」


 扉へ向かうレオアリスへ資料を差し出し、ロットバルトは言葉を継いだ。


「会議が終了された後、お時間を戴いても?」

「予定は開いてるけど……めんどくさい案件じゃないだろうな。さすがにもう色々考えるのは遠慮したい」


 ロットバルトは笑ってそれを否定する。


「では、王立文書宮へお越しください」


 見せたいものがあるとそう言って、会議の時間が迫っているレオアリスを送り出す。

 何があるのか尋ねようとも思ったが、なんとなく止めた。



 外に出れば、日差しが暖かく中庭に注いでいる。吹き抜ける冷えた風も心地よい。


 レオアリスは青く晴れ渡っている空を振り仰ぎながら、束の間、遠く離れた故郷の雪を想った。


「参りましょう」


 グランスレイに促され、レオアリスは視線を戻し慣れた中庭の景色を見渡すと、頷いて歩き出した。








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