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王の剣士3「剣士」  作者: 雅
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第四章 七(二)

 無造作に、剣を握った右腕が上がる。


 カイルは少しも身動きする事なく、ゆるやかに持ち上がる剣を見ていた。


 これが自分を斬れば、もはやレオアリスは止まるまい。


 そうさせてはならないという想いの奥底に、小さな硬い石のようにこごった固まりがある。

 それが自分に裁断を下すのを待っている。


 彼らが去って長い間、口に出されないままに、ずっと抱き続けてきた想い。

 幾度重ねても、どうやっても、思考はそこに戻る。


 

 我々はやはり、忌み族だったのだと。

 


 関わるものに禍を呼ぶ。

 何故、生を求めてこんな地まで来てしまったのだろう?


 もっと早い段階で諦めるべきだったのだ。

 自分達の足掻きが呼んでしまったもの。


 ずっとどこかで死を望み続けてきた。


 もうすぐ、それが訪れる。


 一番、相応しい者の手によって。

 




 

 カイルは剣が振り下ろされるのを待つように動かない。

 その姿に、ふいにロットバルトの中に憤りにも似た感情が沸き上がった。


『あの子を、頼みます』


 あれは、そういう意味で言ったのか?

 『我が子』を想う親の願いではなく?


(――冗談じゃない。そんな頼まれ方は御免だ)


 雪に覆われた木立の間に視線を走らせる。探しているものはすぐに見つかった。


 いつの間にか晴れ上がった空の光を受けて、鮮やかに輝く。

 走り寄り、雪の上に落ちていたそれを取り上げると、ロットバルトは二人へと向き直った。


 今にも振り下ろされそうな剣。

 微かに震える腕が、レオアリスの中の葛藤を伝えている。


 カイルにはそれが見えていないのか。


「止めろ! あなた方が望んだのは、そんな事では無いはずだ!」



 鋭い声がカイルを思考から引き戻した。

 レオアリスの後方にロットバルトの姿がある。


 その手が投げた何かが、陽光を弾いてカイルの手の中に落ちた。


 剣の意匠に、青い石の飾り。


 目の前のレオアリスの姿に青年の姿が重なった。



『忌み族? 迷信なんて大体そんなもんだ』


『伝えたいのは――』



「あ、あ」


 自分は、何を、しようとしていた?

 この、何よりも大切な、彼等の忘れ形見。


 それを――


 見上げたレオアリスの瞳の中に激しく鬩ぎ合う色がある事に、カイルは漸く気付いた。

 どうして今まで見えなかったのか。


 そこにあるのは、怒りでも憎しみでもない。


 苦痛にも似た、悲しみの感情だ。

 今にも泣きだしそうな。


 無造作に上げられていると思った剣に込められた、二つの力。

 振り切ろうとするものと、押し止めようとするもの。


 それを目にした瞬間、カイルは腕を延ばして目の前の身体を抱き締めた。


 引き絞られ、限界に達した弓のように、その上に剣が落とされた。




 

 

 抑えがたい衝動が、鼓動に合わせて吹き上がる。

 止め処も無く生まれるそれは、解放を求めてレオアリスの意識を揺さ振り続ける。


 千切れそうになる意識を繋ぎ止める為に、精神は急激に疲労していく。


 目の前に祖父がいるのは判っていた。

 抑えようとする腕を無視し、切り裂く相手を求め、剣が歓喜に震えて持ち上がる。


 抑えようとするこの腕に力は入っているのだろうか。


 そもそも、自分は抑えようとしているのか?


 斬りたがっているのは誰だ。



 ――いやだ。



 剣の歓喜が膨れ上がる。


 目の前にいるのは、自分を育ててくれた親だ。



 ――嫌だ、止めてくれ!



 剣が落ちる。

 意識が、弾けた。







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