第四章 六(三)
周囲には静寂が満ちていた。
目の前に赤い一本の剣が浮かび上がっている。
(――何をするんだっけ? ……ああ、)
バインドが頭上から剣を打ち下ろす。
レオアリスの右手の剣がそれを受け止めた。
感じるのは、悦びだ。
解放と、――目の前の戦いへの。
沸き起こる、歓喜。
(こいつを、斬ればいいのか)
にぃ、と口元に笑みが刻まれた。
受け止めたバインドの剣を、軽く、ほんの僅か、跳ね上げた。
その動作に、逆に体勢を崩され、バインドがよろめく。
レオアリスの左腕が動いた。
閃光のように打ち込まれた剣をかろうじて受け止め、バインドが後方に吹き飛ばされる。
防いだはずが、バインドの胸から腹にかけて深い傷が走った。吹き出した血に、驚きと、
悦びがその顔を彩った。
剣が赤々と焔を纏う。
廃墟に、赤い光が渦を巻いた。剣から散った焔が廃墟を覆う雪に灯り、四方に走る。
「懐かしい光景だなぁ。まるであの時に戻ったみたいじゃないか」
レオアリスの足元を焔の舌が舐める。
蒸発していく雪の下から黒い土と、焼けて崩れた石が覗く。
「この墓場に相応しいのは、俺か、お前か」
バインドの足が焔を蹴る。
レオアリスの右後方へ、一刀に間合いを縮めると、剣を斬り上げた。
焔が迸り、大気を焦がす。
振り返りもせず、レオアリスは右手を動かした。
バインドの剣はレオアリスの背後で、その剣に阻まれて止まった。
剣に触れた瞬間、バインドは弾き飛ばされ、廃墟の中に叩きつけられた。
刃を下に向けたまま、レオアリスが身体の前に二本の剣を掲げる。
剣は引き合うように重なり、そのまま一振りの長剣に姿を変えると、強い光を発した。
目の前に浮かび上がった剣の柄を、光の中に延ばされたレオアリスの右手が掴む。
剣の纏う光が、主の手の中に収まり、一瞬輝きを増した後、静まった。
例えようもない圧迫感が周囲を取り巻く。
大気の振動が、離れた所にいるロットバルトにまで伝わる。
無造作に剣を一閃させると、生じた剣風が周囲の木立を断ち、その奥の山肌を穿った。
レオアリスがひどく酷薄な笑みを刷く。
「――それが、完全な姿か……」
バインドは目の前の剣士を、ただ陶然と眺めた。
剣が、届かない。
剣を打ち合わせる、それすら適わず自分の剣が空を切るのを、バインドはどこか敬意すら抱いて眺めた。
横薙の剣の回転をそのまま乗せ、左足を軸に踏み込む。
袈裟掛けに振り抜かれた剣には、やはり何の手応えもなかった。
バインドの顔を、今までとは違う笑みが彩る。右肩を覆い続けていた痛みは、既に無かった。
戦いは、バインドにとって生命だ。
死を感じることこそが生命だ。
漸く、今再び、生を得た。
青い光を視界の隅に捉え、バインドは咄嗟に上体を反らした。今まで首があった場所を、剣風が抜ける。
戻した上体の、すぐ前に、レオアリスがいた。
黒い凍るような瞳と、酷薄な笑み。
何の予備動作もなく至近から打ち込まれた剣を、バインドの左腕が迎え撃つ。
くぐもった、嫌な音が響いた。
「!」
剣の衝撃を殺せず、バインドは地面に叩きつけられた。
砕けた左腕を、驚愕に見開いた瞳が見つめる。
「はは」
顔を上げた視線の先に、レオアリスの姿はない。
気配を感じて動こうとした瞬間、足が左腕を押さえ付けた。
青白い剣が首筋にひやりと当る。
バインドとレオアリス、二人の視線が合わさる。
笑った。