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王の剣士3「剣士」  作者: 雅
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第四章 五

 雪に覆われた廃墟の中に立ち、バインドはさも懐かしそうにその場を見渡した。


 明け方に再び降り始めた雪は、廃墟を更に白く染め上げていく。


 雪が覆っていなければ、崩れて焼け爛れたそれらを見る事が出来るだろう。

 だが一見しただけでは、おそらくそれが家だった事は分かるまい。


 自分がこの手で破壊し、焼き尽くした。

 ここに住む者達も全て切り裂いた。


 あれは、それまでどの戦場でも味わった事の無い感情だった。


 快楽。


 自分の裡からとめどなく溢れる、切り裂く事への渇望。


 落された腕は再生する事はなく、それは抑え難い苦痛を伴った。

 絶えず痛み続ける傷跡よりも、斬る事を封じられた、その事が強い苛立ちと焦燥を生んでいた。


 だが絶望の中、切り刻む事への渇望は、やがて左腕に新たな剣を生んだ。


 そして、その剣をかつてのように使いこなせるようになるまで、これだけの時がかかったのだ。



 あの時、右腕を切り落とした、青白い剣風――



 バインドは瞳を上げ、雪に覆われた木立の間を透かし見た。

 もう、ここに来る。近づいて来るのが感じられる。


 愉悦が、その頬に踊った。


 あの年若い剣士は、十七年前に斬った剣士よりも強いだろうか?


 あの剣士は強かった。初めて、あれほどの相手に出会ったのだ。


 力は拮抗していた。


 いや。


 あの男の方が自分より上回っていた。


 一瞬でも気を抜けば、切り裂かれていたのはバインドの方だっただろう。その事が逆に、バインドの中にこの渇望を目覚めさせたのだ。


 それまでの戦いは、ひどく退屈だった。

 力を出し切れる相手などどこにもいない。敵を切り裂く事は、まるで単純な作業のようだった。


 だがそれなら自分は何の為に存在しているのか。


 生も死も賭けられず、戦う相手も無い。

 自分の存在が空虚なものに思え、全てが煩わしかった。


 そんな時に目の前に現れた剣士。


 剣を弾かれ、受ける都度、力が増していくのを感じた。


 それでもあのままの状態であれば、自分が今生きていたかどうかは分からない。

 それもまた悪くはなかっただろう。


 だが、あの時――ただ一瞬だけ、あの男の視線が逸れたのだ。


 遠く離れた森の方角に、ただ一瞬。


 何の為かは分からない。だがその剣の持つ力を、一瞬だけそこに向けた。


 それで、勝敗は決した。


 ただ一瞬のうちに、生と死は逆転し、バインドは呆然と足元に倒れた男の身体を眺めていた。


 何が起こったのか、理解できなかった。


 勝利の喜びなどない。

 虚ろな心の中に沸き起こったのは、怒りだ。


 何があの男の気を、自分から逸らした?

 自分との戦い以上の、何があるというのか。


 勝利に駆け寄った副将を切り捨てた。

 驚き、そして憤り、それから恐怖の内に逃げ惑う自軍の兵士達を、目につくものから全て切り裂いた。


 周囲が何十、何百という死体で埋まっても、苛立ちは収まらなかった。

 そうして、森に、あの男の視線が向いた方角に向った。


 無性に知りたかった。そこに何があるのか。


 辿り着いた里で他の剣士達と戦った。

 右腕の剣は男との戦いで既に限界に近付いていたが、さほどの手間はかからなかった。

 家々を破壊し、捜し回った。


 剣士達が護る先に、目指すものが在るはずだ。

 剣から迸る炎が自分の周囲を焼き始めるのにも構わず、ただそこを目指した。

 里の者全てを切り伏せ、その先にあった家の壁を吹き飛ばした。


 崩れ落ちる石となだれ込む炎の中、女が一人、立っていた。


 たった今まで床に臥していた様子でひどく弱っていたが、それでも剣を手にし、決然と光を宿した瞳で、自分の前に立ちはだかる。


 女の後ろに、小さな白い布の包みが置かれていた。

 そこだと、判った。


 女を切り裂いた瞬間、その背後から青白い光が膨れ上がり、右肩に鋭い衝撃を感じた。

 女が制止の声を上げ、その光を隠すように覆い被さるのが見える。


 あの男の剣と同じ光――



 気が付いた時には、どこか見知らぬ場所にいた。

 激痛に目をやると、右肩から先が無かった。

 




 

 右肩に左手を当てる。バインドは失われたはずの腕が齎す痛みを、愛おしむように撫でた。

 肩に注いでいた視線を上げる。


 その先に、長い間待ち続けた者の姿があった。









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