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王の剣士3「剣士」  作者: 雅
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第四章 二(二)

 夏も盛りになる頃には、カイル達の不安は薄れていた。


 巷で殺戮者として恐れられ、自分達が存在を知られる事を恐れていた剣士達は、付き合ってみれば自分達と何ら変わる事はなかった。


 そして不思議と、全く性質の異なるはずの彼等と気が合った。


 ただ切り裂く存在として恐れられていた剣士。何がそうさせていたのかは分からないが、もはや彼らを恐れる気持ちはどこにもなかった。


 ただ、自分達が忌み族と呼ばれる者である事実を、彼らに告げられないでいる事に対する罪悪感は、日増しにカイル達の中で大きくなっていった。


 隠したくないという思いと、告げる事で彼らの視線が変わる事を恐れる気持ち、その二つが常にカイル達の心の中にあった。

 



 ある時、青年が一人の女性を連れてきた事がある。冬の前だっただろう。


 芯の強さを感じさせる、凛とした美しい女性だった。青年と同じ漆黒の髪が、しなやかに背の半ばまで流れている。


「紹介するよ、俺の妻だ」


 彼女は青年の傍らで頭を下げ、穏やかに微笑んだ。


「これはまた、美しい女性じゃの」


 当然カイル達と美の基準など違ったが、自然とそう口から出たのは、内面から照り映えるような美しさを感じたからだ。

 その理由は、すぐに分かった。


「いい女だろ。けど剣も気も滅法強くてさ。口説き落とすのは命懸けだったんだ」


 こっそりカイルの耳元で囁き、隣から向けられた視線に慌てて顔を引き締める。それから集まっていた村人達をぐるりと見渡した。


「この冬を越したら、子供が生まれるんだ。そろそろ雪も降り始めるし、そうすると暫らくは連れて来れないから、紹介しておこうと思ってさ」


 その場の者達は皆顔を見合せ、それから口々に祝いの言葉を述べる。彼女の内から零れる光は、ますます輝きと柔らかさを増したように思えた。


 青年は少し照れくさそうではあるが、その上には待ち遠しくて仕方がない様子が見て取れる。


 カイル達もまた、自分達の事のように喜びを覚えた。


 青年の義兄、彼の妻の兄は二人の肩に手を置き、やはり嬉しそうに破顔した。


「剣士なんて戦うばっかりが頭にあって、他は二の次でな。我々の一族に漸く生まれる子供だ。待ちに待った子だ。きっと、いい子が生まれるだろう」

 





 

 その言葉に、レオアリスは形容しがたい表情を浮かべた。


 右手が、服の中に納めた銀の飾りの辺りを押さえる。


 その子供――それがおそらく、レオアリスの事なのだろう。


 戸惑いと、思慕、喪失。


 そんなものが入り混じったその顔を、長老は悲しげな瞳で見つめた。








 その夜、村人達は誰からともなく、それを告げる事を決めた。

 もし疎まれるとしても、他から耳に入るよりは、自分達から告げた方がいいと思ったのだ。


 告げようと決めたものの、そうするのに数日はかかっただろうか。


 彼らの表情が、どう変わってしまうのか。

 こうして他者と交流する事が、どれほど心安らぐ事か、どれほど失いがたいものか――


 それは初めて手に入れた安らぎだ。


 今更それを失ったら、この先の放浪は耐え難い苦痛を伴うだろう。


 それでも意を決して告げたのは、どうしても、これ以上隠していたくなかったからだ。それは彼等の信頼を裏切る事になる。


 そして、忌まれたとしても、彼らの手にかかるのであれば、その方がいいと。



 だが、恐れていたような反応は全くなかった。


 まるで裁断を待つ面持ちで顔を伏せた村人達を前に、剣士達は少し途惑ったように顔を見合わせる。


 それから先ずは青年が、半ば苦笑しながらも申し訳なさそうに口を開いた。


「緊張してもらって悪いが、最初から知ってるよ」


 村人達が耳を疑ってざわめく様を、彼等はどこか面白そうに眺めた。


「そりゃこんなとこに来るんだ、ある程度訳有りだろう。第一俺達の方があちこち行くからな。自然と耳には入る」

「それで……」

「それでって言われてもなぁ」


 青年は腕組みし考え込むように天井を見上げた。


「……我らは、災いを呼ぶと」

「呼べんの?」


 逆に興味深々といった態で問い返され、カイルは返答に詰まった。

 そんな事は今まで考えた事もなかった。


「い、いや……」

「呼べないんだろ? じゃああまり意味はない。まあ、迷信なんてのは大体がそんなもんだ」


 自分達の恐れと不安が滑稽に思えるほどあっさりと、彼等はそれを笑い飛ばした。


 剣士というものが皆そうなのかは分からない。だが確かに、迷信など気にも留めない程の強さが彼等の中にはあった。



 カイル達の喜びがどれほどであったか、言葉に言い表すのは難しい。


 肩の力が抜け、安堵に座り込んだ村人達の背を、剣士達の手が軽く叩いた。


 ただそれが全てで、これまでの放浪の苦痛を癒し溶かすのには、それで十分だった。




 

 冬に入って、世界が雪に閉ざされ始めても、村と剣士の里とは互いに行き来を続けていた。


 そんな中でふと疑問に思った事がある。

 出会ってからずっと、彼等は全くと言っていい程、戦場に出る様子がなかった。


 通常、戦場にいる事の多いはずの彼等がこんな北の辺境に定住している事もまた疑問ではあったが、尋ねるとあっさりとその答えは返った。


「俺達は主持ちじゃないからな。必要な時に要請を受け、自分達が気に入った戦いなら参加する。気楽なもんだろ」







 

「主持ち……?」


 黙ったまま聞いていたレオアリスが、その言葉に引かれるように顔を上げる。

 懐かしむように細めていた眼をレオアリスに向け、長老は頷いた。


「そうじゃ。剣士には二通りあると彼は言っておった。自由意志で戦う者と、主を持つ者。わしはどちらが良いのかと問うた」

 






「よりけりだな。そこに条件がある訳でもないし、必ずしも主って概念でもない」


「だが剣士にとって、剣を捧げるべき相手を得る事は、何にも勝る存在理由だ。剣士ってのは言ってみれば抜き身の剣だ。主を得る事は、剣を収める鞘を得る事に等しい」







 

「剣を、捧げるべき相手――」


「お前は既に見つけておるじゃろう」


 窪んだ瞳を、じっとレオアリスに据える。


 その前で、自分の中の想いに答えを見つけたかのように、レオアリスの瞳の光が強さを増す。


 長老はそれを暫らく見つめていたが、再びゆっくりと語りだした。


 今まで懐かしむように語っていた声に、痛みを堪えるかのような響きが混じる。


「彼等との交流は、今までの放浪の苦痛を全て和らげるようなものじゃった。

それは思い返せば短い日々であったが、その間我らは自分達が忌まれるものである事も、ここが死と隣り合わせの厳しい冬を持つ北の凍土である事も、全く気にはならなかった。

「だが――それでも確かに、我らは忌み族と呼ばれる者だったのだ」

 





  

 きっかけは、北方辺境軍の村への地税調査だった。


 軍は彼らが何者であるかに気付き、そこにある事を疎んだ。


 軍に正式に、忌み族を排除せよと命が下されている訳ではない。


 忌み族とは根を辿れば、貧しさや日々の苦しさを転化する為により低い位置のものを創り、心を慰める為に創られた蔑称であり、長い時を経て一般の中に流布するようになった、謂わば迷信に過ぎないのだから。


 ただ単に、このような北方の辺境にある軍は王都の軍とは違い、地の者達で多く構成されている。迷信もまた、彼等の中では、現実感を伴って生きていた。




 出て行けと迫る彼等と、押し問答を繰り返す日々が続いた。


 偶然にも、その年はいつにも増して厳しい寒さが続き、近隣の村でも多くの者達が寒さと飢えの為に死んだ。


 この厳しい冬は、あの村の者達が呼んだのだと、いつしかそんな噂が流れ出していた。


 彼等さえいなければ、自分達の生活はもっと楽なはずだと。




 凍りつくような一日を越す毎に、兵達の顔にも憎しみの色が募る。


 そして、冬が漸く折り返し点を迎えた頃、耐えかねた警備軍の一小隊が村へと押し入った。


 彼等は入り口近くにあった家に火を放った。村人達が凍った大地を耕して作っていた薬草畑にも、燃え盛る松明を投げ入れる。


 それから――止めようとして飛び出した一人を、斬り捨てた。


 それは今までによく見た光景だった。ひと時なりと身を落ち着けた土地で、終わりはいつもそれとあまり大差ない形で訪れた。



 だが、その時そこに、剣士達の一人が居合わせたのだ。彼は村人達の薬草によって命を取りとめたあの男だった。



 村に来ていたのは僅か一小隊のみだったが、彼はそれを全て斬り捨てた。


 それが王の軍でなければ、結果は違っていたのかもしれない。








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