第三章 七(一)
執務室の扉を開けると、思い思いの場所で黙り込んでいた中将達がさっと顔を上げた。
入って来たレオアリスの姿を確認し、緊張した面持ちで立ち上がる。
一番初めに口を開いたのはフレイザーだった。
「――おかえりなさい」
柔らかい笑みと単純なその言葉が、僅かに躊躇いを覚えていた気持ちを溶かす。
思えば初めて近衛師団に配属された時も、フレイザーはこうして笑って迎えてくれた。
「……ただいま」
レオアリスが照れくさそうな顔をしながらも頷くと、クライフがほっとしたように息を吐いて、それから大股で歩み寄った。
「探しに行こうかと思ってたんすよ。ロットバルトに任してたら、日が暮れたって戻ってこねぇし」
にやりと笑ってレオアリスの前に立つ。扉の前にいたロットバルトはただ肩を竦めた。
「ヴィルトールから大体は聞きました。正直言って驚いたなんてモンじゃないんですが、でもそれよりも先ずは腹立ってンですけどね」
そう言うとクライフは一旦言葉を切り、唇を曲げ眉をしかめてレオアリスを眺めた。
「水くせぇですよ。上将も、副将も。言ってくれりゃ、いくらだって手伝ったのに」
「お前が口を出したら、事をややこしくするだけだ」
ヴィルトールの言葉に、クライフは首を巡らせて後ろを睨み付けた。
「そういう所が十分ややこしいっつーの。大体お前だって黙ってたくせに口出すな」
「全てがお前のように単純じゃないんだよ。残念だけど」
「てめぇ、本っ当」
「悪かった。――一人で何とかしようってのは、考えが甘すぎた」
ヴィルトールに身体を向けかけていたクライフの前で、レオアリスは静かに頭を下げた。
クライフが慌てて手を振る。
「やめてくださいよ。頭を下げて欲しいとかそんな事言ってんじゃなくて」
「そうです。大将がそう簡単に部下に頭を下げるものじゃ」
「もう一つ、勝手を言わさせてもらう」
中将達は顔を見合わせ、それから姿勢を正した。
「――第一大隊に、バインド討伐の許可を戴くつもりだ。直接は俺が出る。ただ命が下されれば、動いてもらう事になるだろう」
バインドの力は既にエザムとアス・ウィアン、それよりも十七年前の一件で証明されている。
軍を動かす事は、例え最終的にレオアリスがバインドを倒したとしても、犠牲を出す事も考えられる。
「これは俺個人の問題でもある。だから、選んでくれて構わない」
必要なのは王の下命であって、彼等の犠牲ではない。バインドを抑える事が出来るかと問えば、正直に言ってしまえば、その確信はまだレオアリスの中には無かった。
「――それが水くせェって言うんですよ」
「当然、上将がどうお考えだろうと、私達はそのつもりですわ」
「よく、考えて……」
もう一度、促すように彼等を見回した中で、ヴィルトールが灰銀色の瞳を真っ直ぐにレオアリスに向けた。
「結局どの時点であっても、軍とバインドとの衝突は避けられません。現時点で師団が出ず、――貴方が出なくとも、バインドは同じ事を続けるでしょう。結果が同じなら、早期に手を打った方がいいと思いますよ」
ヴィルトールの言葉に全員が頷く。クライフはもう一度、にやりと笑った。
「決まりですね。まあ、ロットバルトにきっちり戦術考えて貰いましょう。人探しは苦手だろうけど、当然本来の役割だ、いい手考え付くよな?」
向けられたからかう視線をロットバルトは事も無く返す。
「剣士相手に策ですか。私なら先ず、退けと言いますがね」
「役立たね……」
扉が開き、グランスレイが戻ってくる。室内を一度見渡してから、レオアリスの前に立ち、一礼した。
「王への面会の許可が下りました。すぐにお会いいただけると仰せです。仕度を整え、王城へ参りましょう」
「今……?」
こんなにも早く面会が叶うとは考えていなかった。
瞳を見開いたレオアリスへ、グランスレイが促す表情を向ける。
レオアリスは瞳を伏せ、自分の鼓動を数えた。
一つ、二つ、三つ――
意志は変わらない。
王に目通りする事を考えれば、過去を知った今でさえ、震えるような喜びを覚える。
何故と問いかけても、答えのない感情だ。
瞳を上げる。
「――行こう」
そう言うと踵を返し、レオアリスは扉へと足を向けた。