表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王の剣士3「剣士」  作者: 雅
25/58

第三章 一(一)

 アス・ウィアンの外壁を囲むように、周囲の草原に北方軍第二軍中隊千騎が展開していた。


 重装歩兵を中心とした屈強な兵士達は、アス・ウィアンの街から棚引く幾筋もの煙を視界に捉えながら、進攻の号令を今や遅しと待っている。


 街の内部の様子は城壁に阻まれ、この場所からは見て取る事は出来ない。だが、先日のエザムと同じような状況であろう事は、立ち昇る煙から想像できた。兵達の間には、戦いに逸る気持ちとバインドに対する怒りが満ちていた。


 陣の中央に張られた本陣では、先程から指揮官カシムや参謀官、少将等が集い軍議を行っているが、まだ動く気配はない。


 一人の兵が逸る気持ちを表すように、腰に帯びた剣の鞘を叩き、鎧に打ち付ける。


 規則的に叩かれるそれが、やがて輪のように広がり、アス・ウィアンの敵を脅かさんとするように、雷鳴のごとく響き始めた。

 


 

「――馬鹿な! 公は何を考えておられる!」


 本陣の幕中で、中将カシムは憤りのあまり、手にしていた剣を足元に叩き付けた。たった今、伝令がアスタロトの指示を運んできたのだ。


『近衛師団第一大隊大将が着くまで、陣を展開させ、そこで待て』


「手を出すな、と……」


 腕の血管が浮き上がるほど両手を握り込む。

 周囲からは兵士達の剣を打ち付ける音が、幕内の会話を掻き消すように響いてくる。


 バインドが目前に居るのは分かっている。アス・ウィアンの警備兵を殺害し、その後は街に入ったまま動いていない。


「あのガキに、譲れと……!?」


 足でそこに置かれていた衝立を蹴り上げる。衝立は激しく音を立てて倒れ、側近達はびくりと身を縮ませた。


 もともとカシムは気性の荒い将だ。先日バインドによって焼かれたエザムはカシムの管轄でもあり、名誉挽回を期して功を焦る気持ちも強い。


(バインドをこの手で討てば、名を上げられる。それを、ただ待てだと?)


 剣士がどれ程のものだというのだ。自分とて剣にそれなりの自負がある。更に千もの重装歩兵を擁して、何の不足があると言うのか。


「ここは、公の仰るとおり、様子を見るしか」


 恐る恐る、北方二軍の二等参謀官ノーマンはカシムの顔を見上げた。


 その弱腰と映る態度をカシムは憎々しげに睨む。


 剣士と聞いて以来、この男はやけに慎重策ばかり説き、それもカシムの苛立ちに拍車を掛けていた。


(老いぼれめ)


 だが、命令に反するか?


 規則正しく、雷鳴は轟いている。


(……いや、倒せばいい事だ。命令に背いたも何も関係ない。あの方は、所詮あまり多くを気にされぬ)


 カシムは、荒く息を吐くと、ノーマンに眼を向けた。


「包囲を狭め、三方の門より討って入る」

「し、しかし……」


 怒りに満ちた眼で、カシムはノーマンを睨み付けた。


「しかしだと?! では貴様は、ここで間抜け面を晒して笑い者になるか! 北方二軍はたった一人の敵を囲むだけで、手も足も出なかったと?!」

「そ……」

「さっさと行って全軍に伝えよ!」

「は――はっ」


 慌てて伝令を呼ばわりながら駆け出していく後姿に舌打ちをし、カシムは剣を取り上げた。

 

 



 すぐに、全軍が移動を始める。外壁の三方の門に向かって、三隊に分かれて重い足音を立てながら進行していく。


 アス・ウィアンはすぐ背後に深い森が迫り、門を持つのは北、東、南の三方だけだ。


 門を守る警備兵は、全てバインドによって切り裂かれ、辺りに転がっていた。

 その様を横目で眺めながら門を抜け、兵士達の列がひしめきながらアス・ウィアンに入る。


 折り重なった死体。それは何か、どこかが異様で、兵達の間に正体の知れない不安が過ぎった。


 街並みはまるで大きな鉈でも振るったかのように壁は切り崩され、焼け落ちて煙を上げている。狭い石畳のそこかしこに住民達の死体が転がっている。街の中には進軍する兵列の他に、動く影は見あたらなかった。


 アス・ウィアンはそれほど大きい街ではない。だがそれでも、その光景には兵達の怒りを急速に冷ますような、心胆を寒からしめるものがあった。


「……本当に、これを一人でやったってのか……?」


 歩兵の一人が厚い頬当ての奥で呟いた言葉は、等しく兵達の心の中に浮かんだ疑問でもある。


 極力崩れた家々を、倒れている人々を見ないように前を向き、兵列は重い足音を石畳に打ち鳴らしながら進んだ。

 視線の先には先頭に騎馬を立てて進む、中将カシムの姿が映る。


 その堂々たる姿は兵達の心を鼓舞し、不安を打ち消すのに十分なものだ。

 きつく傲慢なところがありはするものの、殊戦場においては、カシムは十二分にその将たる所以を示している。


 カシムは兵列の先頭に立ち、苛立ちを隠さない瞳で街の中央に聳える塔を睨んだ。


 その塔の上屋に、隠そうともしない気配があった。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ