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王の剣士3「剣士」  作者: 雅
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第二章 七(三)

「何だ、暗い顔してるねぇ」


 鈴を振るような悪戯っぽい声がかかって振り返れば、アスタロトが王城と文書宮を繋ぐ回廊を歩いて近づいてくるところだった。


 相変わらず軍服は着ていない。首に巻いて背中に流した繊細な織りの白い布。前の開いた同じ白い長衣の下に、丈の短い青の上下を合わせている。


 首や肩、腕に纏う銀の装飾品が歩くのに合わせて微かな音を立てる。


「尤も、連日あんな会議じゃ暗くなるのも無理ないか。私ももう疲れちゃった」


 レオアリスはそれには曖昧に頷いて、アスタロトが自分の前まで来るのを待った。


 純白の花崗岩を細く繊細に組み合わせ光を取り込んだ回廊に、アスタロトの艶やかな髪の漆黒が鮮やかだ。


「気にするなよ、奴らだって分かってるんだ。お前の剣を止められるヤツが、軍にどれだけいる?」


 そう言ってから、アスタロトはレオアリスの表情に眼を止め、首を傾げた。黒い艶やかな髪が肩にさらりと零れる。


「……それが気になってるんじゃないんだ?」


 回廊の白い格子壁に寄りかかり、レオアリスはアスタロトを見た。


 アスタロトの様子はバインドが現れる前も後も、あの軍議の中でさえ、全く変わらない。


 多分アスタロトも知らないのだろうと思いながらも、レオアリスは問い掛けた。


「――お前、十七年前の事ってなんか知ってるか?」


 レオアリスの問いに、案の定アスタロトは長い睫毛に縁取られた瞳を丸くする。


「十七年前? 知るわけ無いだろ。お前私をいくつだと思ってるんだ、お前と同い年だぞ。他のヤツに聞けよ、ベールとか、ファーとかさ。二人とも無駄に長く生きてんだし、知ってるんじゃない?」


 呆れたように細い肩を竦めると、剥き出しの肩にかかる細い鎖がしゃらりと音を立てた。


 アスタロトの言うファーとは、同じく四大公の一人、西方公ルシファーの事だ。


 レオアリスもこれまで幾度か面識を得てはいたが、四大公などそう簡単に会える相手ではない。アスタロトが特別なのだ。


「大体、十七年前の何についてな訳?」

「よく分からないが、多分師団」


 シスファンの事を問おうかとも思ったが、思い直した。それはロットバルトに任せてある。

 アスタロトも目に見える言動ほど実質は無軌道な訳ではないが、嘘の上手い方ではない。


 もしシスファンの喚問がアスタロトの預かり知らない所で行われているとすれば、正規軍に余計な亀裂を与えかねない。


 今は少しずつ動いた方がいいと、そう思った。


「はぁ? そんな事しかわかんなくて聞いてんの? おおざっぱなヤツだなぁ」

「お前に言われたくねぇな」


 アスタロトは軽やかに、舞踊を踏むように回廊を抜け、大広間を過ぎ、警備の立つ扉を出る。

 扉を警護していた近衛兵が二人に向かって敬礼する。


 アスタロトが話しながら先に立ってどんどん歩いていくため、レオアリスは自然、アスタロトの後を追うような形で王城の正門に向かった。


「それじゃ、師団のヤツに聞けばいいじゃんか」

「……聞いた」


 ちらりと紅い瞳だけを向ける。


「ふうん。……なあ、どっかいこう」


 ふいにくるりと振り返ると、レオアリスの腕をわしっと掴み、ぐんぐんと引っ張って歩き始める。


「ちょっと……待てよ、おいっ」

「いいところあるんだ~。最近お気に入りで、しょっちゅう行ってんだけど、お前まだ行った事ないだろ?」

「待てって。今はそんな時じゃねェだろう。それに俺ちょっと用事が」


 空を見上げれば、太陽は真上近くに昇っている。午後にロットバルトが戻れば、何がしかの答えが聞けるだろう。出来れば館に戻っていたかった。


 しかしアスタロトは腕を離す気配はない。


「堅いことばっか言ってるから、そうやって暗~い顔になっちゃうんだ。大体こうして待ってて事態が変わるか? 事態起こしてんのは私達じゃない。もし何かあれば知らせが来るさ」


 会話の途中も足を緩めず、アスタロトはずんずんと黒い玉石の敷かれた道を進んでいく。


 先日とは逆に、レオアリスは半ば引きずられるようにアスタロトの後を歩くはめになった。


「上将?」


 正門から王城内に向かう途中だろう、丁度通りかかったヴィルトールがその様子に驚いた顔を向けて足を止める。


「これは、公。ご無沙汰しております。で、上将、どちらへ?」


 アスタロトに一礼し、ヴィルトールが首を傾げる。


「アスタロトに聞いてくれ……」

「よく言った!」


 諦め半分のレオアリスの言葉ににっこり微笑んで、アスタロトはヴィルトールに手を振ってみせた。


「ちょっと借りる。上層の『アル・レイズ』に行くから。知ってるだろ?」

「は?」

「近いし、後で返すから心配すんな。じゃあね~」


 言うが早いか、レオアリスにもヴィルトールにも口を挟む暇を与えず、アスタロトはレオアリスの腕を掴んだまま、さっさと正門に向かって歩き出した。


 ヴィルトールがあっけに取られている間に、正門の外に消える。


「……あの方に捕まったら、暫らくは戻らないだろうな……」


 ぼそりと呟いて、今の事を見なかった事にすべきか否か、ヴィルトールは僅かに思い悩んだ。


グランスレイはまた溜息を吐くだろうが、


「ま、公が相手じゃお止め出来なかったのも無理はない。正直に報告するか」


 再び歩き出したヴィルトールは、目の前にある場内への巨大な扉に目をやり、自分の用件を思い出してグランスレイの代わりのように溜息を吐いた。


「内務か。どうせなら私じゃなく、ロットバルトを召喚してくれればいいものを」





 



 

 正門の脇で衛士と談笑していたアーシアが、アスタロトに気付いて顔を上げる。


「アスタロト様。ずいぶんとお早いお戻りですね」


 それから背後のレオアリスに改めて気付くと、にこりと柔らかい微笑みを浮かべた。


「レオアリスさん。こんにちは」

「お前も元気そうだな、アーシア」


 レオアリスが疲れた様子をしているのに気付いて、アーシアは心配そうに眉根を寄せた。


「随分お疲れのようですね。やはり今回の件に関して、お忙しいんですか」

「っていうより、お前の主人のお陰でなぁ」

「はは。それは、もう……諦めていただくしか」


 小首を傾げて爽やかな笑みを浮かべた少年を眺めて、レオアリスは改めてがっかりと肩を落とした。


「アーシア。『アル・レイズ』に行くぞ」

「ええ? よろしいんですか?」

「いいも悪いも私が決めるの。こいつの話、聞いてやんなきゃいけないしな」


 アスタロトが細い顎を振り向け、改めてレオアリスは彼女をしげしげと眺めた。


 ただ気のままに動いている訳でもないと判っていながら、アスタロトには時折驚かされる。


 自分を見つめるレオアリスに対し、アスタロトはいつもの得意そうな笑みを見せた。


「さて、外門まで出るのもめんどくさいし、このまま行くか」

「……このまま? 俺、ハヤテが……」


 レオアリスが皆まで言い終わる前に、左腕にアーシアを抱え込み、右手でレオアリスの腕を捉えたまま。


 アスタロトの姿はその場から消えた。









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