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王の剣士3「剣士」  作者: 雅
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第二章 五

 エザムの壊滅。


 軍議は対応を巡って紛糾した。


 当初の報告にあったとおり、北方軍が駆けつけた時点で既に、エザムには動くものすらなかった。街並みは見る影もなく破壊し尽くされ、燻った煙を上げていた。


 調査の結果、エザムを壊滅させたのが、たった一名によるものであろうという結論に達し、軍内部に衝撃が走った。


 壊滅から三日が経った今も、明確な対応を打ち出せないまま、既に数回の討議を重ねている。


 バインドの情報が少なすぎる事、またバインドと対峙した時、どれ程の兵を充てれば討ち取る事が出来るのか。それらを巡って議論は平行線を辿った。


「二個小隊が壊滅させられたのだ、動くのであれば、中隊を基本にすべきだ」

「それでは本来の軍の編成が意味を成さなくなる。第一、警戒し過ぎではないか?」

「軍を各方面に差し向けて、草の根を分けてでも捜し出すべきです。王城への侵入、エザムの壊滅、これで手をこまねいていれば、軍の威信に関わる」

「たった一匹の賊の為に軍を動かせば、それこそ威信に傷が付くと言うものだ」

「もはやその様な事を言っている場合ではない!」


 レオアリスはその様に、心に広がる苛立ちを隠しきれない。


 バインドに関する情報を知っている者は、全て出せばいいのだ。現在の事のみならず、過去のものも全て。


 そうしなければまともな対応など出来はすまい。そうなる事を、レオアリスは期待すらしていた。


 だが事ここに至っても、知っているであろう者はそれをしようとはしない。むしろ軍議において積極的に発言する事を避け、事の行く先を見定めようとしているようだった。


 彼等自身に直接尋ねようにも、互いに多忙の中ではその機会も無い。また、運よく話す事が出来た者も、何の事かと問い返されれば、それ以上問い質す術が無かった。


 手探りで不確かな情報を拾い集めようとする今の状況は、レオアリスの中に少しずつ焦燥を積み上げていく。


「そもそも、責任の所在を」



 閣議の間で延々と交わされる議論に、正規軍の長であるアスタロトは欠伸を噛み殺す事もしない。

 ちらりと細長い円卓の対角に座っているレオアリスに目を向けた。


(苛立ってるなぁ)


 バインドが現れて以降、軍議では連日のようにレオアリスに対する批判の声が上がっていた。

 バインドと対峙しながら逃した事に対する批判だが、その根底には日頃からの様々な思惑がある。


「もちろん、この責任は果たされるのでしょうな」


 既にそれは何度も繰り返された言葉だが、議場内を覆う焦りや屈辱感は、より単純な議論しやすいものへ収斂されていく。


 アスタロトは小さく溜息を吐いた。


「王城を守護すべき近衛の大将が侵入者を逃すなど、本来任を解かれても致し方ないものだ」

「この先、もしいずれかの街が襲撃されたとしたら、どうその責任を取るつもりか」


 堪り兼ねたトゥレスが、苛々と正規軍の将校達を()めつける。



「そう言うなら、早いところバインドの情報を取ってきて貰えないか」


 バインドがエザム以来動いていない事、またエザムに関する件については全て正規軍に権限があるため、近衛師団が勝手に動く事は出来ない。未だ管轄に拘っているのは正規軍の方だ。


 喉元まででかかった不満を飲み込んだトゥレスに対し、北方軍大将ランドリーはやはり苛立ちを隠さず、トゥレスと、そしてレオアリスを睨んだ。


「勿論、正規は昼夜を問わず捜索している。だが、剣士殿は動く気配もないではないか」

「どこにいるかも判らずに、動ける訳がない」

「まさか同じ剣士とあって、臆したのではないでしょうな」


 ランドリーの言葉に、正規軍の将達の間から微かな失笑が洩れた。


 色をなして立ち上がろうとしたグランスレイの腕を、レオアリスが押さえる。


「……臆する……? 俺が?」


 それまでの苛立ちも相まって、レオアリスは取り繕う事すらせずに、彼らを見据えた。その口元に浮かんだ凄惨とも云うべき笑みに、それまで不満を口にしていた諸候が押し黙る。


 レオアリスが――剣士が戦いを臆する事は無いと、その場の誰もが理解している。しかしその頬に浮かんだ笑みは、彼等を少なからず戦慄させた。


 戦いを、同じ剣士と剣を交える事を、待ち望むかのような笑み。


 それは――



(まあ、今回のこれを片付ければ、皆どうせ何も言えなくなる)


 その場を満たした緊張を事も無く見渡して、アスタロトはもう一つ欠伸をする。


(――剣士か)


 アスタロトにとっては軍議は退屈で、エザムの壊滅もここであれこれと言っても仕方のない事だと思っていたが、レオアリスの剣を止めたその男には、僅かに興味を覚えた。


 ここに居並ぶ諸候の中で、おそらく剣士を抑え得る者など僅かだろう。正規四軍の大将か師団総将であっても、エザムをたった一人で壊滅させる事など、不可能に等しい。


 アスタロトが考える限りでは、最もそれを可能とするのが、同じ剣士であるレオアリスだ。


 軍を出すの出さないのと、ここで議論をする事自体が無駄なのだ。何故それが判らないのだろう。


 アスタロトは短く息を吐き、顔を上げた。


「さて、今日はこれまで。解散だ」

「し、しかしアスタロト公」

「しかしもかかしもあるか」

「か、かかし?」

「お前等連日顔を突き合わせて、一体どんな議論が進んだ? ぐるぐるぐるぐる同じとこを回りやがって、尻尾を追い掛ける犬じゃあるまいし。時間の無駄だ。どうしても議論を続けたいなら次回までに具体案を出せ。ほれ解散」


 アスタロトがさっさと席を立つと、正規軍副将タウゼンが軍議の終わりを告げる。


 しぶしぶといった呈で席を立つ者、解放された色を浮かべる者、様々だ。


 レオアリスも溜息を一つ吐いて立ち上がった。アヴァロンが彼を手招き、二、三言、今後の体制について言葉を交わすと、先に退出する。


 諸侯が退出して行くのを眺めながら、アスタロトはレオアリスに歩み寄り、その前に立った。


 傍らのグランスレイが深く頭を下げるのに対し、軽く手を振って答える。


「お疲れ。大変だなーお前も。めんどくさい奴らばっかでさ。まぁ後ろのグランスレイの方が噛み付きそうな顔してたけど」


 アスタロトにしっかり見られていた事に、グランスレイは恥じ入ったように口元を歪めた。


「これは、みっともない姿をお目に入れました」

「気にするな。あいつらもう、やれる事なくって焦ってるんだ。正規がこれってのは情けないけど、一旦動き出したらきっちりやるからさ、まあ勘弁してよ」


 控えめな笑みを浮かべ、グランスレイは再び頭を下げた。


「しかし、相手が動かない事には、我々としても手の施しようがありません。公、ほんの僅かでも情報が入れば、何卒我が隊にもお知らせ戴きますよう」

「分かってる。結局レオアリスには動いてもらわなきゃなんないしね」

「恐れ入ります。上将、私は先に戻ります。午後は演習がございますので」

「ああ」


 左腕を胸に当て二人に敬礼すると、グランスレイは後方の扉に向かった。



 グランスレイの後姿を、レオアリスはどこか複雑な色を浮かべて眺めている。


 アスタロトはその横顔をチラリと見て、白っぽい陽射しの差し込むがらんとした議場内を見渡した。ここ数日で、すっかり見飽きた眺めだ。


 レオアリスは何かを気にしている。それが何かは分からないが、レオアリスが言わないのであったら、敢えて水を向ける気も無い。


 自分の助けが欲しくなったら、そう言って来る。


 レオアリスは暫らく同じように黙って議場内を眺めていたが、改めてアスタロトに顔を向けた。


「悪いな、アスタロト。お陰で早めに開放された」


 首を傾げ少し考えてから、軍議の事を言っているのだと気付いて、アスタロトはもっと礼を言えといわんばかりの笑みを浮かべた。


「ふふん、感謝しろ。まあ本当は私も鬱陶しかっただけだ。時間の無駄なんだもん」

「無駄……。そりゃそうだが、お前がそれでいいのかよ」


 レオアリスに呆れた視線を向けられても、アスタロトはあっけらかんとした態で顎を持ち上げた。


「いいの。とにかくお前さ、さっさとバインドとやらを斬っちゃえよ」


 その言葉に、レオアリスは笑みを刷いた。楽しそうに声を立てて笑うと、アスタロトは再びその鮮やかな深紅の瞳をレオアリスに向ける。


「どっちにしろあんまり考えすぎるなって。たまには息抜きしなきゃ。遊びに行くなら付き合うぞ」


「本当、お前はそればっかりだな。――分かってる。まぁ、適当にやるさ。相手が目の前にいない以上、どうしようもないからな」


 だがそう言って笑いながらも、黒い瞳には沈んだ色が見える。


 アスタロトは思わし気な色を浮かべたが、それには気付かず、レオアリスは窓の外に視線を投げた。



 この二日、当たった先は空振りばかりだ。誰に問うべきなのかも明確ではなく、誰にでも問えばいいという問題でもない。


 自分で探って行く他に手は無いが既に手詰まりの感がある。師団の保管庫にはあれ以上の情報はなかった。


(もう一つ、調べてみる所がある)


 王立文書宮。


 そこなら、全ての書物が揃っている。今の段階で、情報を得られる可能性が最も高いのは、王立文書宮だろう。


 蔵書量もさる事ながら、王立文書宮の長スランザールはこの国随一の賢者と呼ばれ、膨大な知識を有している。


 時間を見つけて、明日にでも行ってみる必要があった。









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