第二章 三
夜の闇の中で一人目を閉じる。
そうしていると遠い場所から聞こえるざわめきと、横たわった寝台の柔らかい生地の感覚しか感じられない。
冬が近づきつつある王都では、夜は次第に冷え込みを強くし始めていた。
北方の辺境のあの村では、もうそろそろ雪が降り始める頃だ。一旦雪に覆われれば、王都が春を迎えてもなお、一面の白い世界に閉ざされている。
脳裏に想い描いた祖父の顔は、ひどく懐かしさを伴った。今もあの囲炉裏の傍で、薬草や術具、大量の本に囲まれているのだろう。
王都に出てきてから数えるほどしか帰っていないが、常に彼等を忘れた事は無かった。
自分を育ててくれた養い親達。
レオアリスが王都での王の御前試合に出ると言った時、彼らは強く反対した。ただそれは、自分の未熟さを思慮したものだとばかり思っていた。
けれど、もしあの男、バインドの言葉に真実があるのなら、彼らは何かを知っていたのではないか?
『お前の一族はどうなった』
(――俺の、一族)
瞳を開ける。薄闇の中に、格子状に細い木の張られた天井が映る。
一族などと言われても、それはレオアリスの中に明確な像を結ばなかった。
親の顔など知らない。気にならなかったと言えば嘘になるが、あの北の雪深い村で育ってきた中で、それを想う事はほとんど無かっただろう。
というよりは、ある一時期まで確実に、全ての子供には『親』という存在があるのだという事すら知らなかった。村には自分の他に子供はおらず、年を経た老人達ばかりだったからだ。
自分と祖父達の姿が違うのは知っていたが、村の外を知るまでは、ある意味それはレオアリスにとって当たり前の事だった。
いつだったか、初めて近隣の村へ出た時、自分と同じような姿の者や、小さい子供の手を引く者の姿を、どこか不思議な思いで眺めた事を覚えている。
それが親子というものだと自分に告げた祖父の顔には、どこか翳った色があった。
その後考え込むように黙ってしまった祖父の悲しそうな姿に、聞くべき事ではないのだと、以来その事を口にした事はない。
だが、あの時自分はどう思っただろう?
あまり気に留めなかった気がする。それとも、少し、寂しさを感じただろうか。
ただそれ以来、あの廃墟、ずっと昔に焼け落ちた森の中の家々が、自分の『親』が居たところなのではないかと、時折思った。
一族。
レオアリスは再び瞳を閉じた。
手が無意識の内に、首からかけた小さな青い石の飾りを握り込む。
そうすると、波打つ思考が静かに、穏やかになる。
何があるというのだろう。隠すべきもの。
静かなざわめきが、次第に意識を眠りへと引き込んでいく。
夢の中で、燃え盛る赤い炎を見た。