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王の剣士3「剣士」  作者: 雅
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第一章 九

 グランスレイは灯りを落とした室内で、窓際に立つ老将の言葉を待っていた。


 東に設けられたその窓の外には、ようやく仄かな夜明けの気配が漂っている。深い藍色と闇の色とが渾然と重なり混ざる時刻だ。


 ずいぶん長い間、総将アヴァロンは窓の外を眺めたままだったが、やがて東の空に闇を斬るように黎明の兆しが一筋差し掛かった時、漸く振り返った。


「バインドか。古い名だ」


 淡々とした口調には、苦さと、追憶、そして僅かに懐かしむ色がある。


「お前はあの時、やはり一隊にいたか」


 グランスレイもまた何かを透かし見ようとするかのように、窓の外の藍色の闇に眼を向けた。


 少しずつ、しかし確実に、闇は薄れていく。覆い隠されていた様々な形が現れる。


 王城の甍。王の居城の尖塔の影。


「直前に、一隊の中将に任ぜられました。ですから、幸いと申し上げるべきでしょう。――二隊は、全滅でしたから」


 そう――


 あの時、第二大隊は全滅した。


 あの男――左軍中将だった、バインド、たった一人の為に。


 第二大隊だけではない。あの戦場にあった北方辺境軍、千余名。


 それから――



 だが、あの時死んだはずだ。


 いや、そう結論付けられたのだ。どれだけ捜索しても、剣以外、何も出なかったのだから。


 剣を失った剣士は、死んだも同然だ。


 そのバインドが、生きていた。


 剣を、再びその腕に宿したのか。


 不意に問いかけた、黒い瞳。


『お前、バインドを知っているか?』


 何故、今になって、しかもレオアリスの前に現われた?


 レオアリスの問いに、グランスレイは返答を躊躇った。


 その名は、禁忌だ。――特にレオアリスにとって。


 その為に、第一大隊には特に、当時を知らない者を多く配しているのだ。


 誰もが口にする事を避けているとはいえ、蓋をしたいが故に明文化されている訳ではない。ふとした弾みで耳に入らないとも限らない。


「如何致しましょう。おそらく、再び上将に接触してくる可能性は高いでしょう」


 その問いには答えず、アヴァロンは灰色の瞳をグランスレイに向けた。


「お前は、当時のバインドと、今のレオアリス、どう見る」


 グランスレイは僅かに躊躇した後、顔を上げた。


「……私はあの時のバインドを直接見ておりません。しかし、上将が二本目の剣をお持ちになるところも、未だ見た事がない。……ただ、今でさえ、仮にあの方を本気で抑えよと命ぜられたら、何隊出すべきかは計りかねます」


「……そうだな。そしてそれが、もう一つの不安材料でもある」


 グランスレイは黙って頭を下げる。


「暫くは状況を見よ」

「上将には、何も?」


 それは、少し危険に思える。バインドと出遭った以上、もはや伏せておく事が良策とは思えなかった。


 だが、そう口にしたグランスレイに、アヴァロンは頷かなかった。


「それは、私の一存では決められぬ事だ。……バインドに関しては、レオアリスの指示通り、発見しても手を出さぬよう徹底させよ。正規四軍には私から伝えよう」


 それ以上は何も問わず、グランスレイは左腕を胸に充て深く頭を下げる。アヴァロンは再び、次第に明るさを増していく窓の外に視線を向けた。


 その先に、王城の尖塔が影のように聳えている。


「王にお伺いを立てねばな」





 

 総将の執務室を退出し、グランスレイは重い足どりを第一大隊の司令部に向けた。


 第一大隊の士官棟への回廊の角を曲ると、そこから司令部の窓際にレオアリスの姿が見える。グランスレイは足を止め、窓にかかるその姿を眺めた。


 レオアリスはバインドの口から、何を聞いたのだろう。あの時の事を全て語る時間は、おそらく無かったはずだ。


 だが。


「バインド――」


 右腕に焔を纏う剣を備え、最強と謳われた剣士。


 十七年前のあの場で、敵味方を問わず、全てを切り裂いた。


 切り裂き、焼き尽くし――そして、唐突に、消えた。


 その剣のみを、焼け爛れた戦場に残し。


 王はその名を禁忌とし、暗黙の内にあの戦場は伏された。


 そして、以来レオアリスまで、軍に剣士は存在しなかったのだ。


 王がレオアリスを師団に配したとき、当時を知る者は等しく不安を抱いた。


 十七年。

 たったの、十七年だ。


 あの戦場を直接知る者はいないとはいえ、焼き尽くされたあの地を見た者は多い。グランスレイの脳裏にも、離れる事なく焼き付いている。


 切り裂かれ、焼かれた身体。


 腕、足、胴、首……それらが延々と転がる様。


 戦場を見知った者にとってすら、それは悪夢のようだった。


 同じ剣士――。再び同じ事を起こさないと、誰に保障できる?


 そして、レオアリスは――



 グランスレイは浮かんだ考えを振り切るように、頭を一つ振った。


 周囲の思惑をよそに、レオアリスの中にバインドの持っていた闇は感じられず、その不安は時を追うにつれ、次第に薄れて行った。


 漸く解消されつつあるその不安に、再び暗い光が照らされようとしている。










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