07 THRILL&SUSPENSE 02
「昨年、アズルランドのアルヴ島で発見され、神話上の武器が実在したと、世界中で話題になった伝説の魔剣が、日本にやって来ました」
女性キャスターが伝え始めた次のニュースも、スリル&サスペンスとは無関係なものだった。故に、凰稀は不貞腐れた様に唇を尖らせ、黙りこくったまま、女性キャスターの話に耳を傾け続ける。
「ヨーロッパのアズルランド王国に伝わる、アズルランド神話に語られた、この美しい剣は、虐殺者を意味する、アニヒレイターという名で呼ばれる、紛れも無い魔剣です」
テレビ画面が、防弾ガラスのケースに収められた、銀色の長剣を映し出す。翼の様な装飾が鞘や柄に施された、錆など見当たらない、美しい剣……アニヒレイターである。
「斬れぬ物が存在せず、所有者の願いを一度だけ叶えるものの、願いを叶えた者が所有権を失うと、破滅する運命を辿る事から、アズルランド神話において魔剣として語られて来たアニヒレイターは、北欧神話のストームブリンガーやレーヴァティンなどと同様に、様々なファンタジー系のフィクションに登場する有名な魔剣なのですが、昨年までは実在する物だとは、考えられていませんでした」
白衣を着た、如何にも学者然とした感じに見える、初老の白人男性の画像に、テレビ画面が切り替わる。画像の下には、「考古学者のテリー・ジョーンズ博士」というテロップが表示される。画像とテロップに、女性キャスターの声が被る。
「アニヒレイターを発見したのは、アズルランド大学の教授、考古学者のテリー・ジョーンズ博士。しかし、アニヒレイターはテリー博士の物にも、アニヒレイターを国宝に指定しようとした、アズルランド王国政府の物にもなりませんでした」
テリー博士の画像が消え、精気に溢れた東洋人の中年男の映像に切り替わる。クリーム色のスーツをラフに着崩している男は、アニヒレイターを手にして、笑顔を浮かべている。
「テリー博士が発掘調査を開始する以前に、日本の企業グループ……アルカナ・グループ傘下の企業が、ゴミ処理場としての利用を目的に、アルヴ島を島ごと買い取っていた為、アルヴ島で発掘されたアニヒレイターの所有権は、アルカナ・グループが得たのです」
新しい玩具を手に入れた子供の様に、嬉しそうな表情を浮かべ、アニヒレイターを振り回してみせる中年男の映像の下には、「アルカナ・ホールディングスの圷秀光CEO」というテロップが出る。ちなみに、アルカナ・ホールディングスは、アルカナ・グループを統べる持ち株会社である。
「テリー博士やアズルランド政府は、アニヒレイターの引渡しを要求しましたが、圷CEOは断固として、これを拒否。アニヒレイターはアルカナ・グループが東京に構える自社ビルに、所蔵される事となりました」
アニヒレイターが所蔵される予定の、黒い箱の様なアルカナ・グループの自社ビルの画像が、テレビ画面に映し出される。
「アニヒレイターを一般公開する予定はあるのか、アルカナ・グループの担当者に問い合わせてみた所、公開する予定は無いとの事でした。考古学的にも貴重な、このアニヒレイターを公開しないとは、残念な事ですね」
多少、アルカナ・グループに対する批判を滲ませた口調で、女性キャスターは話を締め括り、次のニュースに移ろうとする。
「――アルカナ・グループって、色々とえげつない真似してる会社じゃなかった?」
アニヒレイターのニュースになってから、ずっと黙っていた凰稀が、いきなり口を開いて、同じく黙ったままだった閻に問いかける。
「粉飾決算で業績誤魔化してたのがバレて、一時期は上場廃止に追い込まれそうになったんだけど、政府が不自然な圧力かけて上場維持させ、生き残らせた会社。まぁ、莫大な政治献金の効果って奴ね」
「粉飾決算に政権との癒着か……ろくな会社じゃないな。そんな会社には、さっさと消えて無くなって貰った方が、この世の為だよ」
吐き捨てる様な口調で、凰稀は呟く。
「前年度までは、倒産確実って感じの業績だったんだけどね、アルカナ・グループ」
閻の話を聞いて、凰稀は首を傾げる。
「前年度までは……って事は、四月からは違うの?」
「先月、いきなりグループ全社の業績がV字回復して、倒産の危機を乗り越えたのよ」
「倒産寸前の企業が、グループ全社で業績がV字回復? 奇跡だね、そりゃ」
「奇跡としか思えない様な形で業績回復した上、業績回復が始まった時期が、アニヒレイターの所有権に関する裁判で勝訴し、アニヒレイターをアルカナ・グループが、正式に得た直後。だからCEОの圷が、アルカナ・グループの業績回復をアニヒレイターに願ったなんて噂が、流れてたりもするのよね」
「一度だけ、所有者の願いを叶える魔剣、アニヒレイターか……。案外、本当なのかもよ、その噂」
腕を組んで数秒間、考え込んでから、凰稀は閻に問いかける。
「願いを叶えた者がアニヒレイターの所有権を失うと、破滅する運命を辿るんだよね?」
閻は、凰稀の問いに頷く。
「だったら、アニヒレイターが盗まれると、アルカナ・グループ……もしくは悪徳経営者の圷秀光が、破滅するんじゃない?」
「――本当にアニヒレイターに、そんな不思議な力があって、アルカナ・グループの業績回復を、圷が願っていたのならね」
凰稀の考えを察した閻は、少しだけ考えてから、話を続ける。
「でもまぁ、下級審の判決が出ただけの時点で、国外に持ち出されてしまった国宝級のお宝を、アズルランドに返還するのなら、盗み出すのも悪く無いかも」
「アズルランドにアニヒレイターを返還しても、裁判でアルカナ・グループに取り返されたりしないかな?」
「国宝級のお宝であるアニヒレイターを、アルカナ・グループに合法的に奪われた事に対する反省から、アズルランド政府は国内にある国宝級のお宝の所有権を、議会の承認を受けた上で、強制的に政府が得られる法律を整備したから、多分……大丈夫」
閻が説明した通りの法律……アニヒレイター法という新法を、アズルランド議会は成立させたばかりなのだ。ただ、法律が発効する日付の関係で、法案の名の由来であるアニヒレイターの所有権裁判に関しては、役立たなかったのだが。
「だったら、問題は無いね」
不敵な笑みを浮かべ、凰稀は続ける。
「富の再分配っていう目的は果たせないけど、悪辣な企業を誅するという目的は、果たせる訳だし」
凰稀の話に閻が頷いた直後、ドアを開いて厳が室内に入って来る。
「スポークスマンへ、伝達し終えました。二時間後に、報道各社に公表される予定です」
「――巽! 次の獲物が決まった! これから作戦を立てる、お前も参加しろ!」
凰稀は厳の報告になど興味が無いといった感じで、まくし立てる。
「次の獲物は、悪徳企業アルカナ・グループが所蔵する、アズルランド王国の宝……アニヒレイター! 悪徳企業を誅しつつ、アズルランド王国に宝を返還するのさ! 我等、スリル&サスペンスが!」
立ち上がって胸を張り、凰稀は高らかに宣言する。
「見てろ、怪盗フォルトゥナ! 今度こそ俺達は、お前より目立ってやるからな!」
「――だから、あたし達は目立つ為に、泥棒やってるんじゃなくてね……」
閻は呆れ半分の口調で、一応は主人である凰稀をたしなめる。