06 THRILL&SUSPENSE 01
ホテルのラウンジと見紛いそうな、豪勢な部屋の中で、少女は不愉快そうにテレビのチャンネルを切り替える。五十インチを余裕で越える大画面に、嘲笑しているかの様な笑みを浮かべた怪盗フォルトゥナの顔が、次々と表示され続ける。
夜のニュースが放送されている幾つかのチャンネルを、少女はチェックしているのだ。意志の強そうな瞳で、テレビを睨み付けている表情から分かる通り、少女は機嫌が悪い。
ベルベットのソファーに深く腰掛けながら、テレビのリモコンを手にしていない左手で、少女はノートパソコンを弄っている。モニターには、アメリカ大統領一家相手のテロを防ぎつつ、ネックレスを盗み出した怪盗フォルトゥナのニュースを、トップニュースとして扱うニュースサイトが、表示されていた。
左手がノートパソコンを弄るのを止め、癖のある赤毛のショートヘアを弄り始める。
「テレビのニュース番組もネットのニュースサイトも、全部あのクソアマのニュースばかりじゃないのさ! この俺を差し置いて!」
ボーイッシュな外見のせいで、俺という一人称に違和感が無い少女の、吐き捨てる様な言葉に、少女の傍らに座っている、メイド服の女が応える。
「――明日の朝刊や朝のニュース番組も、同じでしょうね。怪盗フォルトゥナに関するニュースがトップニュースで、あたし達に関するニュースは、その次って感じで」
女子高生にしては長身の部類に入る少女よりも、明確に二周り程身体が大きい、二十歳前後に見えるメイドである。うなじの辺りで二束に結われた、メイドの長い黒髪は、二本の馬の尾の様に見える。
少女もメイドもタイプこそ違えど、恵まれ過ぎな程の外見の持ち主である。
「悪徳消費者金融の経営者が、脱税して溜め込んでた二十億円を、華麗に盗み出したのよ、俺達は! 悪を懲らしめたのッ!」
声を荒げ、少女はメイドに問いかける。
「それなのに、二カラットのダイヤ付きシルバーネックレス程度を盗み出した怪盗フォルトゥナなんかより、扱いが小さい訳?」
「悪党にダメージ与えた奴より、沢山の人々の命を救った人の方が、世間じゃ受けますから。盗んだ額の問題じゃないですって」
淡々とした口調で、メイドは続ける。
「大統領一家の暗殺を未然に防ぐような、ド派手な真似した怪盗フォルトゥナと、同じ日に事件を起こした御自分の運の悪さを、お嬢様は恨んで下さい」
突如、ノックの音が室内に響く。誰かがドアをノックしているのだ。
「ここは私室じゃない、鼠党党首の執務室なんだ。仕事に関する用事なら、俺の許可など求めずに、さっさと入って来い、巽!」
ノックして入室の許可を求めたのが、誰だか見当がついているのだろう。少女は荒々しい口調で、ノックした者に入室を命じる。
すると、ドアが開き、初老の男が室内に入って来る。軽く頭を下げた、白髪頭の厳つい男は、ジャケットの丈が長い、黒い執事服を身に纏っている。
「――どうやら、虫の居所が悪い様ですね、凰稀様は」
テレビ画面に映し出されている怪盗フォルトゥナと、仏頂面の少女……祢済凰稀を見比べ、執事服の男……巽厳は苦笑する。
「今回も原因は、あ奴ですか?」
「用件は何だ?」
凰稀は問いに答えず、逆に厳に問いかける。
「本日の収獲の分、滞り無く再分配作業が終了しました」
「作業が終わったのなら、今回盗んだ二十億の現金全て、世界中の慈善団体に匿名で寄付した旨を、公表しろ。そうすれば、明朝のニュースでは、俺達スリル&サスペンスの名が、怪盗フォルトゥナよりも大きく……」
「凰稀お嬢様の、仰せのままに」
凰稀に命じられた厳は、恭しく頭を下げてから、話を続ける。
「しかし、今回は寄付の発表をした上でも、怪盗フォルトゥナよりニュースで大きく扱われる事を期待するのは、無理があるかと。何せ、大統領暗殺テロを未然に防ぐ様な、凄まじい真似をされてしまいましたからねぇ」
「巽……この伝統ある義賊一族の祢済家で、執事を務める貴様が、祢済家伝統の家業である、義賊の頭を務める俺に、意見するつもりか?」
敵を威嚇する猫科の猛獣の様な目付きで、凰稀は厳を睨みつける。
「意見などとは、滅相も無い。私は単に、現実を指摘しただけの話で」
しれっとした口調で、厳は主といえる凰稀に言い返す。
「相変わらず、口の減らん奴だ。御託はいらないから、さっさと発表を済ませてこい!」
凰稀に命じられた厳は、礼をしてから踵を返すと、ドアから出て行く。本日、悪徳消費者金融の経営者の豪邸から、脱税して溜め込んだ二十億ものタンス預金を盗み出した義賊団……スリル&サスペンスが、盗んだ二十億の金を、全て世界中の慈善団体に、分散して匿名で寄付した旨を、スポークスマンを通して世間に発表する為に。
スリル&サスペンスとは、スリルこと祢済凰稀と、サスペンスこと祢済家のメイドにして、祢済家執事……巽厳の長女である巽閻の二人組を中心とした、義賊団である。表に出るのは、リーダー格である二人の女性なのだが、スリル&サスペンスの実態は、千人を越えるメンバーによって構成される大義賊団、秘密結社鼠党なのだ。
江戸時代に活躍した義賊、鼠小僧次郎吉の血を引く者達の中には、富める悪人から財を奪い、貧しき者に配るという義賊活動を続けて来た者達がいる。そういった者達は徒党を組み、幕末に鼠党という義賊結社を組織した。
鼠党は、「泥棒による悪の処罰と富の再分配」を実現する為の組織である。悪人からしか財を奪わず、奪った財は全て、貧しき者達や社会正義の為に活動する団体に、完全なる資金洗浄ルートを通してから匿名で寄付し、自らの懐を泥棒によって潤す事は無い。
明治初頭、鼠党の主要メンバーの一人である祢済仁義が、貿易商として莫大な財を成し、企業グループを血族で率いる程の大富豪となった。以降、鼠党の活動の財務的なサポートを担当する事になった祢済一族が党首を務め、鼠党を率いる制度が確立した。
だが、祢済家の当主は、日本有数の企業グループである祢済グループの経営に専念しなければならない為、多くの場合、祢済家の党首は鼠党の党首を務められない。それ故、次世代の祢済家当主候補が鼠党の党首となり、義賊活動を行う場合が多いのだ。
現在、祢済家当主を務める祢済才何の長女である凰稀が、女子高生だてらに鼠党の党首を務めているのは、そういった理由があるからである。ちなみに、鼠党は裏の名前であり、表には出せない為、党首が変わる度に、表に出す義賊団としての名称は変わる。
凰稀が党首となってからは、鼠党の主力義賊団はスリル&サスペンスという名称を、表向きの名前にしている。自身がリーダーのスリルを名乗り、サブリーダーにして遠戚の閻を、サスペンスと名乗らせる形で。
ちなみに、祢済家で執事を務める厳も、スリル&サスペンスの主要メンバーである。
「全く……あー気分が悪い! こいつの顔見てると、心の底から嫌な気分になる!」
テレビ画面に映し出されている、怪盗フォルトゥナの顔を睨み付けながら、凰稀は吐き捨てる様に呟く。
「あたし達の活動目的は、悪の処罰と富の再分配。活動目的は果たされてるんだから、ニュースで報道される順番なんて、気にしなさんな」
閻に窘められた凰稀は、不満げに反論する。
「でも、衆人の目を集めた上で、悪党を罰した方が、悪党を減らす効果は高いから、盗みは衆人の注目を集めた上でというのが、鼠党の伝統じゃない!」
悪事を働いて利益を得る者を、衆人の目を集める形で叩けば、悪事を働いて利益を得ようとするのは、割りに合わないという考えが広まり、結果として悪事を働く人間の数が減る……。それ故、衆人の目を集めた上、悪党は叩くべしというのが、鼠党の伝統となっている。
「それは、あくまで可能ならってだけで……」
閻の言葉が終わる前に、凰稀の興味は女性キャスターの言葉に移る。
「――それでは、次のニュースです」
ようやく怪盗フォルトゥナ関連ニュースが終わったので、凰稀の表情が明るくなり、瞳を期待で輝かせ始める。次こそ自分達……スリル&サスペンスに関するニュースに違いないと、凰稀は期待しているのだ。