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05 とある兄妹の会話 02

 その年の夏休み、少年は友人を訪ねる為、一人で沖縄に行く予定だった。しかし、何仙姫は少年の沖縄行きに、大反対したのだ。

 理由は、何仙姫が見た夢のせいである。沖縄に向かう途中の飛行機が事故に遭い、兄を含めた乗員の全てが死んでしまう夢を、何仙姫は見てしまっていた。

 反対する理由が夢だったので、両親は当然、誰も何仙姫の言う事など、信用しなかった。無論、少年も妹である何仙姫の言う事を信じず、沖縄に行く予定でいた。

 だが、少年は沖縄に行けなかった。何故なら、何仙姫が少年の飛行機のチケットを盗み出し、出発予定の当日に、他の少年の荷物と共に、焼き捨ててしまったからである。

 チケットや荷物を焼き捨てた何仙姫の、正気を失ったかの様な言動に、少年は不安を感じた。それ故、何仙姫の話が現実になると考えてではなく、何仙姫の身を案じて、少年は沖縄に行くのを、先延ばしにする事にした。

 そして、沖縄に行かずに自宅にいた少年と両親は、その日の昼、恐ろしいニュースを知る羽目になった。少年が乗る予定だった飛行機が、原因不明の大爆発を起こして墜落し、乗員全員が死亡したというニュースを。

 沖縄行きの飛行機が墜落する夢を、何仙姫が見た後、実際に沖縄行きの飛行機が墜落したという一連の事実を、両親は偶然の出来事だと判断した。それは常識人であった両親にとって、当然と言える判断だろう。

 しかし、少年は別の判断をした。何仙姫には、未来を夢によって知る能力があるに違い無いと、少年は考えたのだ。

 当たっていたのは、少年の判断である。口にする事は殆ど無かったのだが、これまでも何仙姫は、未来に起こる不幸な事故や事件の多くを、事前に夢で見て知っていたのだった。

 何仙姫が自分の能力を隠していたのには、理由がある。幼稚園に通っていた頃、友人の身内の不幸を予知して言い当てたら、皆に気味悪がられ、避けられる様になってしまった経験が、何仙姫にはあったのだ。

 それ故、何仙姫は自分の能力を隠していたのだが、大好きな兄の死を予知した為、黙っていられなくなり、幼いなりに必死で行動し、兄である少年の死を阻止したのである。そして、何仙姫は未来の改変に成功した。

 兄である少年が、自分の予知能力を信じてくれた為、何仙姫は全てを少年に打ち明けた。不幸な事故や事件で、誰かが死んでしまう未来を知りながら、死に行く人々を救う為に何も出来ない自分に、幼い頃から苦しみ続けて……罪悪感に責め苛まれていた事なども、何仙姫は少年に打ち明けたのだ。

 身近な兄だからこそ、子供である何仙姫でも、チケットや荷物を焼き捨てるという方法で、救う事が出来た。だが、何仙姫が予知する殆どの事件や事故は、幼い子供である何仙姫には、どうしようも無かったのである。

 人間を越えた能力を持つが故に、密かに妹が苦しみ続けていたのを知った少年は、決意した。自分の命を救ってくれた妹を、今度は自分が救わなければならないと。

 妹が運命を捻じ曲げ、自分の未来を救った様に、死ぬ筈だった人々の運命を自分が捻じ曲げ、命を救おうと、少年は決意した。そうすれば、何仙姫は自分が予知した、人々の不幸な未来の実現に、胸を痛めずに済むのだから。

 しかし、少年は何仙姫と一つしか歳が違わない、只の子供。本来なら、事件や事故を防ぐ事など、少年には不可能と言っていい。

 だが、その不可能を、少年はやり遂げ始めたのだ。何故、そんな真似が可能だったのかといえば、何仙姫が特別な能力に恵まれていた様に、兄である少年も、ある特殊な能力に恵まれていたからである。

 その能力とは、変身能力。老若男女を問わず、少年はあらゆる人間に、姿を変える能力に恵まれていたのだ。しかも、ただ変身するだけでは無く、肌を触れ合った人間なら、声紋や指紋に至るまで、遺伝子情報以外の全てが、同じ状態の身体に変身出来る程の、高度な変身能力に。

 少年は変身能力を駆使し、何仙姫が予知した事件や事故の発生を阻止する為に行動した。その行動は多くの場合、何仙姫が少年を救う為にとった行動に似ていた。

 何仙姫がチケットや荷物を盗み出して焼き捨て、少年の沖縄行きを阻止した様に、少年は事件や事故の原因となりそうな存在を盗み出し、事件や事故の発生を阻止したのである。つまり、少年は不幸な未来を変える為に、あえて泥棒になったのだ。

 泥棒となった少年は、何仙姫が予知した様々な不幸な事件や事故を未然に防ぎ、多くの人々を救った。そして、人助けの為の泥棒を続ける内に、変身能力に加えて様々な技術を習得し、天才的な泥棒としての才能を開花させた少年は、女性の怪盗として、世間や警察に認知されたのである。

 何故、少年が女性の怪盗として認知されたのかというと、人前に身を晒さざるを得ない場合、正体を隠す為、本来の自分と懸け離れた、大人の女性の姿に変身している場合が、多かったせいなのだ。特に、動き易さ故に愛用していた黒のキャットスーツを身に纏い、顔を隠す為に愛用していた黒のドミノマスクを被った姿は、怪盗としての少年の、トレードマーク的なスタイルとして、社会に認知されてしまった。

 警察庁が五年前に新設した、難事件解決の為の特別組織……規格外犯罪殲滅局が、正式に怪盗として認定した七番目の怪盗であった事から、少年は報道などの際、以前は怪盗七号として報道されていた。しかし、二年前に一人のジャーナリストの書いた記事により、少年は別の名前で呼ばれる様になった。

 怪盗七号が関わる多くの事件で、怪盗七号が盗みを成功させたお陰で、殺人事件や死亡事故、テロや大災害などが防がれていた可能性が高い事に、気付いたジャーナリストがいたのだ。そのジャーナリストは、怪盗七号が事件を起こしたお陰で、事件や事故が未然に防がれる事から、怪盗七号をローマ神話に出て来る幸運の女神……フォルトゥナになぞらえ、怪盗フォルトゥナと命名したのである。

 怪盗フォルトゥナという仇名が、マスメディア受けした為に、その記事が出て以降、少年は怪盗フォルトゥナと呼ばれる様になったのだ。盗みを働くと、偶然にも誰かの命を救う羽目になってしまう、幸運の女神の名を持つ怪盗フォルトゥナと……。

「盗む事が偶然にも、誰かの命を救う事に繋がるなんて、相変わらず不思議な泥棒ですね、怪盗フォルトゥナは。まさに、幸運の女神と言う他は無い、謎の怪盗です」

 テレビの女性アナウンサーの言葉を聞いて、兄妹は過去の記憶から、現在に引き戻される。

「本当の幸運の女神は、俺じゃなくて何仙姫なんだけどな」

 少年は愛しげに、何仙姫の頬を撫でる。

「人の不幸な未来を知るお前が、何も出来無いと苦しみ悲しむのなら、その苦しみと悲しみから、お前を救う事こそ、俺の生きる道。だから、お前は何も気にせず、気に病みもせずにいていいんだ」

花果王かかお兄さん……」

 兄に抱き締められている何仙姫の表情は、既に曇ってはいない。

「――カレー混ぜないと、焦げちゃうから」

 プツプツという鍋底が焦げる音を聞き取った何仙姫は、もう少し抱き締められていたいという感情を押し殺し、兄を優しく突き放すと、身を翻す。そして、カレー鍋の中で泡立っているルーを、レイドルで掻き混ぜる。

 そんな最愛の妹の姿を、優しげな目で見守る少年の名は、崑崙八仙花果王。地味で頼り無さそうにしか見えない、鳳翔ほうしょう学園高等部に通う十五歳の少年にして、巷を賑わす女大泥棒……怪盗フォルトゥナの正体である。



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