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04 とある兄妹の会話 01

 夜に近付いた夕暮れ時、街外れの林の中にある古びた一軒家に、一人の少年が帰宅する。長い髪を後頭部で結い、ロイド眼鏡をかけた、人並みの背格好の少年である。

「ただいまー!」

 明るい声を家の中に響かせつつ、少年は玄関から、照明が点いているダイニングキッチンに向かう。カレーの刺激的な匂いが流れて来る、ダイニングキッチンに。

「お帰りなさい、兄さん!」

 嬉しそうな少女の声が、少年を出迎える。ダイニングキッチンにいたのは、長い髪をポニーテールにしている、整った顔立ちの健康的な少女。夕食の準備中なのだろう、少女はギンガムチェックのエプロン姿で鍋の前に立ち、レイドルを手にしている。

「今夜はカレーか、嬉しいねぇ」

「――兄さんが上手く、目的を果たせたみたいだから、お祝い」

 そう言いながら、少女はテレビを指差す。テレビのニュース番組は、今日の昼過ぎ、来日したアメリカ大統領一家が、巷を騒がせる怪盗フォルトゥナに襲われ、ファーストレディのハルが身に着けていた、二千万円相当のネックレスを盗まれたというニュースを、報道していた。

「――ご覧の映像は、偶然にもユリテレビの取材ヘリコプターのカメラが捉えていた、怪盗フォルトゥナの姿です」

 女性アナウンサーの声が流れているテレビ画面には、黒いドミノマスクを被り、黒装束に身を包んだ怪盗フォルトゥナが、ワイヤーを手にして、カントレア大橋の主塔を下りている途中の姿が映し出されている。

「警察の目を囮であるスーツに集めつつ、カントレア大橋から降下している、怪盗フォルトゥナです。黒いドミノマスクに黒のキャットスーツという出で立ちは、普段通りですね」

 怪盗フォルトゥナが着ている、ダイビングスーツやレオタードに似た感じの黒装束は、キャットスーツというのが正式な名称である。フロントジッパーの黒のキャットスーツと黒のドミノマスクが、怪盗フォルトゥナのトレードマークなのだ。

「テレビ局のカメラに映ってたのか、気付かなかったぜ」

 少し悔しげな少年の言葉を聞いて、少女はフォローの言葉を口にする。

「偶然映ってただけで、兄さんがスーツを囮にして下に逃げてたのに、気付いてた訳じゃ無いみたいよ」

「ま、あの格好の俺を見て、俺だと気付く奴なんかいないから、別に映っていても構わないんだが。怪盗フォルトゥナが女だと思い込んでいてくれた方が、有り難いくらいだし」

 まるで、怪盗フォルトゥナの正体が自分であるかの様な言葉を、少年は口にする。

「確かに、あのセクシーな女の人の正体が兄さんだなんて、誰も思わないよね」

 楽しげに、少女は笑う。その笑い声は次第に弱くなり、表情は曇っていく。

「――ごめんなさい、私のせいで……兄さんに泥棒なんかさせてしまって」

 鍋に満たされたカレーを、レイドルで焦げない様に混ぜていた、少女の手が止まる。

「お前は謝る必要も、気に病む必要も無いんだよ、何仙姫なせき

 妹である少女……崑崙八仙くろはせ何仙姫に歩み寄り、後ろから抱き締めながら、少年は優しく慰めの言葉をかける。

「でも、私が予知能力なんて持っていなければ、兄さんは犯罪者にならずに済んだ筈なのに! 私のせいで……」

「自分を責めるな、何仙姫。お前の予知能力は、人々を救える素晴らしい能力なんだから」

 テレビには、スシニャンのぬいぐるみが映し出されている。「事件に使われた物と、同タイプのぬいぐるみ」というテロップと共に。

「怪盗フォルトゥナが起こす事件では、珍しく無い事ですが、今回も失われていた筈の命が、運転手に変装して大統領専用車に乗り込んでいた、怪盗フォルトゥナに救われました」

 女性アナウンサーの声が流れる中、ぬいぐるみの画像の隣に、ドミノマスクを被った、嘲笑っているかの様な表情の、怪盗フォルトゥナの画像が表示される。

「政府が大統領令嬢の為に用意しておいたぬいぐるみを、時限爆弾が仕掛けられた同型のぬいぐるみとすり替えたのは、大統領暗殺未遂事件の容疑者の一人で、第二東京国際空港に、警備スタッフとして潜入していた紋多明もんたあきら

 画面がスシニャンと怪盗フォルトゥナの画像から、細面の中年男……紋多明の、証明写真風の画像に切り替わる。

「紋多明は、反グローバリズムを掲げるテロ団体『緑の使徒』のメンバーであり……」

「今回の大統領一家や、爆破事件の巻き添えになっていた筈の、警備の連中だけじゃない。これまでの事件で命を救われた連中の数を合計すれば、既に数千人に達している」

 そう言いながら、少年は何仙姫の身体を半回転させ、何仙姫と向き合う。

「皆、何仙姫の予知能力のお陰で、命を救われたんだ。お前が事件や事故の発生を予知したからこそ、事件や事故の発生を未然に防げたのだから」

「違う! 私は人の死を……不幸な事件や事故を予知しても、何も出来ずに、悲しむだけしか出来ない、弱くて情け無い人間。人々を救ってるのは、兄さんよ!」

 大きな瞳で、何仙姫は少年を見詰める。瞳を潤ませ、声を震わせつつ、何仙姫は訴える。

「兄さんが事件や事故の原因になる存在を、泥棒という形で盗んだり壊したりしてるからこそ、人々の死の運命が捻じ曲げられて、未来が変わり、命が救われるんだから!」

「――俺が人々の死の運命を捻じ曲げ、命を救えるのは、お前の予知能力があってこそなんだ。それに、お前が俺の死の運命を捻じ曲げたからこそ、今……俺は生きていて、人々の命を救えるんだから……全て、お前のお陰なんだよ、何仙姫」

 少年は何仙姫を抱き締め、続ける。

「あの日……お前が俺の運命を捻じ曲げ、命を救ってくれた時に、決めたんだ。この先の人生、俺は何仙姫の為に生きようと」

 まるで恋人の様に、少年は何仙姫の耳元に唇を寄せ、囁く。あの日……という言葉により、兄妹の頭に五年前の記憶が蘇る。少年が小学五年生、何仙姫が小学四年生だった年の、夏の日の記憶が。


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