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38 また兄さんに……甘えたい事があるんです

「あれ? 何仙姫は?」

 涼やかな半袖のブラウス姿で現れた文月と遥南に、花果王は問いかける。梅雨入りが近い、六月初頭の昼休み、崑崙八仙グループの面々が昼食を食べる為、林の中の広場に集まり始めた時の事である。

 晴れ渡る青空の下、慧練や詩文……千佳耶と共に、レジャーシートを敷いていた所、文月や遥南が、何仙姫を伴わずに現れた為、花果王は二人に問うたのだ。

「高等部の先輩に呼び出されてるから、少し遅れるって」

 遥南の返答を聞いた花果王は、気色ばんで遥南を問い詰める。

「男か? 何仙姫という美しい花にたかろうとする悪い虫が、また現れやがったのか?」

「あ、いや……今日呼び出されたのは、女の先輩ですよ。高等部の生徒会長の」

 文月の言葉を聞いて、花果王は胸を撫で下ろし、落ち着きを取り戻す。

「――女か。だったら安心だな」

「いや、そうでもないぞ。花果王……知らないのか?」

 花果王と文月の会話を耳にした慧練が、話に口を挟んで来る。

「知らないのかって……何をだ?」

「うちの高等部の生徒会長、レズだって噂だぜ。何時も連れて歩いてる、年上のメイドとも、付き合ってるとかいないとか……」

「れ……ず? 女が好きな、女?」

 驚いたのだろう、目を丸くして問いかける花果王に、慧練は頷く。

「だから、呼び出したのが女でも、安心は出来ないんじゃないかなぁ」

 慧練の話を聞いて、花果王の表情が、驚きから怒りに変わる。

「今度の悪い虫……そのレズの生徒会長とやらは、何処に何仙姫を呼び出しやがった? 言え! 何処に呼び出したのだあああ! すぐに吐かないと、貴様達の実名でポエムと恋バナ満載の、世界一恥ずかしいブログを、立ち上げてやるうううッ!」

 文月と遥南の襟首を掴んで揺すりながら、花果王は二人を詰問する。

「こ、高等部の……生徒会室に……呼び出されたみたいだけど」

 遥南の返事を聞いた花果王は、その場に二人を放り出し、高等部の校舎に向かって、風の様な速さで走り出す。

「ふははははははははははははははははははは! 待っていろ、妹を誑かさんとする害虫め! 妹を愛する事にかけては間違いなく世界一の俺様が、貴様を完膚なきまで駆除してくれるッ!」

 高笑いしながら広場を猛スピードで駆けて行く花果王を、今回も千佳耶を始めとする崑崙八仙グループの面々は、追いかけ始めた。無論、野次馬となって楽しむ為に。


「――それで、用って何なんですか?」

 呼び出された理由が分からない何仙姫は、生徒会長に問いかける。カーテンに殺がれた日差しが、柔らかに照らす高等部の生徒会室は、高校生が使うには不似合いな程に、高級な木製の家具が設えられている。

 常軌を逸した資産家の娘である現生徒会長が、自宅から持ち込んで自分の趣味通りに生徒会室を改装し、自室の様に好き放題に使っているという噂を、何仙姫は以前、文月に聞いた事があった。その噂は事実なのだろうと、初めて高等部の生徒会室に足を踏み入れた、何仙姫は思う。

 執務用のデスクを前にして、椅子に深く腰掛けていた生徒会長は、立ち上がると、会議用のテーブルの前にいる何仙姫に、歩み寄って来る。爽やかな笑みを浮かべて。

「この前、所用で中等部に行った時、君の事を見かけたんだ。君みたいに素敵な子が中等部にいるなんて、知らなかったよ」

 鳳翔学園女子の制服は、スカートとスラックスの選択制である。花果王より背が高い長身で、ボーイッシュな少女である生徒会長には、スラックスの制服が似合っていた。

「それで、君と仲良くなりたいなと思ってね、呼び出させて貰ったんだ。どうだろう、一緒に昼食でも? 今……メイドに食事の用意をさせている所なんだが」

 生徒会長が目線を送った先……生徒会室の右奥では、生徒会長以上に背が高いメイド服姿の女性が、サンドイッチらしき昼食の準備を整えていた。

「あの……昼食は兄や友人と一緒に食べる約束をしていて、待たせていますので……お誘いは嬉しいんですが、お断りさせて頂きます」

 何仙姫は丁寧に断りの言葉を口にすると、頭を下げて踵を返し、生徒会室を後にしようとする。しかし、何時の間にかドアには鍵がかかっていた為、何仙姫は驚きながら、ガチャガチャとドアノブを弄り続ける。

 そんな何仙姫を、生徒会長は逃がさないとばかりに、後ろから抱き締める。

「――え? あの……すいません、放してくれませんか?」

「欲しい物は、多少強引な手段を使っても手に入れるっていうのが、俺のポリシーなんだ。だから、悪いけど放さない」

 俺という一人称が、女なのに似合う生徒会長は、何仙姫の耳元に唇を寄せ、囁く。

「今から……うちのメイドと二人で、君を思いっきり可愛がってあげる。女同士の楽しみを、教え込んであげるよ」

「女同士の楽しみって……いや、そんなの教えて欲しく無いですッ!」

 どうやら、生徒会長が自分を、相当に強引な形で口説いているらしいと気付き、何仙姫は慌てふためく。身体を捩り、生徒会長の拘束を振り解こうとするが、身体の大きい生徒会長の力は強く、何仙姫の希望は叶わない。

「閻、食事は後でいいわ。先に……ベッドの用意をして」

「承知しました、お嬢様」

 生徒会長に命じられたメイド……閻は、昼食の準備を中断すると、壁に引き出しの様に埋め込んである、ダブルベッドを引っ張り出し、手際良くベッドメイクする。

「ちょっと! こんな所で、何をするつもりなんですかッ?」

「何って、それは勿論……」

 何仙姫を抱え上げ、ベッドの方に生徒会長が歩き始めた直後、生徒会室のドアが……爆竹が破裂するかの様な音を立てて、弾け飛ぶ。木片が生徒会室の床に散らばり、ドアには大きな穴が開く。

 穴の向こう側には、ドアを蹴り破ったばかりの、右足を突き出した体勢の花果王がいた。般若の様な形相の花果王は、来る途中にゲットしたのだろう、消火器を手にしている。

「に、兄さん!」

 喜びの声を上げる何仙姫が、生徒会長に抱き抱えられている光景を目にした花果王は、消火器の安全装置を解除しながら、生徒会長を怒鳴り付ける。

「貴様が何仙姫に手を出そうと目論んでいる、レズの生徒会長だな? この害虫が! ゴミ虫が! 蛆虫がッ!」

 何仙姫が抱き抱えられている為、消火器を発射すると、何仙姫にも被害が及ぶと考え、花果王は消火器のトリガーは引かず、消火器で生徒会長に殴りかかる。

「害虫は駆除すべし! 駆除すべし! 駆除すべーしッ!」

 奇声を上げながら、迫り来る花果王を目にしても、生徒会長は動じない。何故なら、ベッドメイクを終えた閻が、生徒会長を護るべく、花果王の前に立ちはだかったからである。

 武術の達人であり、人間離れした戦闘能力を持つ閻に護られている為、生徒会長は余裕を持っていたのだ。閻は本来、剣術を得意としているのだが、素手であっても、プロの格闘家を、一瞬で倒せる程に強い。

 閻は即座に消火器を払いつつ、花果王の腹部を狙い、気絶させるつもりで突きを放った。しかし、そこで驚くべき事が起こる。

 花果王は膝蹴りを繰り出し、腕が伸びきる前の閻の拳を止め、防いだのである。更に、そのまま身体を高速で回転させ、鋭い足払いを花果王は放ったのだ。

 必殺の突きを防がれた事に驚きつつ、閻は軽く跳躍して、足払いをかわす。しかし、相手を只の高校生だと侮って、安易に足払いを跳んでかわした自分のミスに気付き、閻は悔やむ。

 花果王は身体を前に迫り出し、足払いのリーチを伸ばす。すると、右足は閻の背後にいた生徒会長の足に届き、薙ぎ払う。

 閻に絶対の信頼を置き、油断していた生徒会長は、花果王の足払いをかわせず、バランスを崩して倒れそうになる。

「凰稀!」

 慌てていた為、思わず閻は生徒会長を呼び捨てにしてしまう。着地した閻は、即座に生徒会長である凰稀の身体を、両手で支える。

 その隙に、花果王は何仙姫の腕を掴んで、抱き寄せる。そして、消火器のノズルを、体勢を立て直している最中の、凰稀と閻に向けた上で、器用に右手だけでトリガーを引く。

 すると、粉雪の様に真っ白な大量の消化剤が、凰稀と閻に向かって吹き付けられる。

「うわああああああああああああぁ!」

 言葉にならない悲鳴を上げ、消化剤で全身を真っ白く染め上げられながら、凰稀と閻はパニック状態に陥り、白く染まる床の上をのた打ち回る。

「ひゃははははははは! 咽べ! 悶えろ! バラエティ番組の罰ゲームで粉だらけになる、リアクション芸人の様にィ!」

「に、兄さん……助けてくれたのは、凄く嬉しいんですけど、粉塵爆発はダメですよ!」

 何仙姫の頼みを聞いて、花果王は残念そうに舌打ちをする。

「本来なら、最終奥義の粉塵爆発によって、貴様等の様な害虫共は、粉微塵にしてやる所なんだが、何仙姫が止めるから、今日はここまでにしておいてやる!」

 花果王は消火器を放り投げて、何仙姫を抱き上げると、嘲る様な笑みを浮かべて、粉塗れの凰稀と閻に、言い放つ。

「我が最愛の妹の優しさに、感謝しやがれ! このゴミ虫共がッ!」

 そして、花果王は何仙姫を抱き抱えたまま、高笑いの声を残し、生徒会室を後にして走り去って行った。

「――無茶するねー、生徒会長の祢済凰稀って、うちの学園のオーナーの娘なのに、ここまでやるとは……流石はシスコンの花果王だ」

 蹴り破られたドアの穴から、生徒会室を覗き込んでいた慧練が、呆れた顔で呟く。

「花果王、何仙姫の事となると、怖い物無しになるからな」

 詩文の言葉を聞きながら、千佳耶が羨ましげに、走り去る花果王に抱き抱えられている何仙姫を目で追っていた事に、他の崑崙八仙グループの面々は、気付かない。


 高等部の校舎を出た二人は、心地良い風が吹きぬける林の中を、恋人同士の様に並んで歩く。昼食の場である、広場に向かう為に。

「御免なさい、兄さんに面倒かけてしまって。今は男の人には呼び出されても、無視する事にしてるんですけど、まさか女の人にまで……」

「今後、あの変態女には近寄るなよ!」

 花果王の言葉に、何仙姫は素直に頷く。

「――また、兄さんに助けられちゃった。私ってば最近、兄さんに助けて貰ってばかりですね。ダメな妹だな……」

 雲ひとつ無い空を見上げながら、自嘲気味に何仙姫は呟く。

「ダメな訳が無いだろ。お前は最高の妹だよ」

 花果王は何仙姫の肩に手を回し、優しく抱き寄せる。

「俺は好き好んで、お前の事を助けてるだけなんだから、お前は遠慮なんかする必要は無い。好きなだけ俺に助けられていて……甘えていていいんだ」

「本当?」

 顔を覗き込み、問いかけてくる何仙姫に、花果王は大きく頷いてみせる。

「――だったら、また兄さんに……甘えたい事があるんです」

 明るかった何仙姫の表情と口調が、暗く翳り始めたので、花果王は悟る。何仙姫が、あの夢を見てしまったのだと。

「また、何時もの夢を見たのか? 鐘の音の後に見る……あの夢を」

 花果王の問いに、何仙姫はこくりと頷く。

「今朝……見たんですけど、朝は忙しかったから、話しそびれてしまって」

 申し訳なさそうに俯き、呟く何仙姫を励ます様に、花果王は明るい……力強い口調で、問いかける。

「言ってみな! 今度は、どんな未来を……俺に消して欲しいんだ?」

 花果王の不敵な笑みと、力強い言葉は、何仙姫に勇気と気力を与える。暗い未来を知ってしまい、灰色の雲に覆われそうになっていた何仙姫の心が、明るく晴れ渡り始める。

 青一色に染まった空の下、何仙姫は花果王に語り始める。誰かにとっての残酷な運命を、消して欲しい不幸な未来を。







                                  (終わり)

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