37 盗みとは別の種類の罪を重ねる兄妹
「ただいまー!」
夕暮れ時、包帯と絆創膏だらけの姿となって帰宅した花果王を、制服姿のままの何仙姫が出迎える。無言で……抱き付くという形で。
頬に押し付けられた何仙姫の頬から、熱い涙が伝わって来る。言葉を交わさずとも、泣き腫らす程に、何仙姫が自分の身を案じていたのだと、花果王は察する。
「今回は、ちょっと心配かけちまったな。悪かった」
「謝らないで! 謝らなきゃいけないのは、兄さんじゃなくて、私の方なんだから!」
震える声で、何仙姫は続ける。
「死にそうな目に遭わせた上に、こんな酷い傷まで……」
何仙姫は花果王の包帯や絆創膏に目を遣り、目を伏せる。火の玉の爆発などで負った傷を、親しくて口が堅い女医に治療して貰ってから、花果王は帰宅したのだ。
「どうって事無い傷ばかりだ。すぐに治るよ」
実際は、それなりの深手ではあるのだが、花果王は傷の治りが早く、傷跡なども一切残らない体質なのだ。
「でも……」
何か言いたげに口を開いた何仙姫を、花果王は優しく抱き締める。謝罪の言葉など要らないという意志を、抱き締める事で、花果王は何仙姫に伝える。
そんな兄の優しさに甘え、何仙姫は身体を預け、目を瞑る。頬を寄せ、手を背中に回して、何仙姫は花果王を抱き締める。
オレンジ色の夕陽が射し込む玄関で、兄と妹は恋人同士の様に抱き合う。まるで、盗みとは別の種類の罪でも、重ねているかの様に……。
結局、プロビデンスと警察(規格外犯罪殲滅局)がアニヒレイターを巡って、スリル&サスペンスと争う筈の事件は、事件に乱入して来た怪盗フォルトゥナが勝利者となる形で、幕を下ろした。だが、アニヒレイターは怪盗フォルトゥナの物にはならなかった。後日、アニヒレイター法が発効したアズルランドの政府に、怪盗フォルトゥナが「粗品」と書かれた箱に入れて送りつけた為、アニヒレイターはアズルランド政府の物となったのである。
アニヒレイター争奪戦において、結局死者は一人も出なかった。魔女に願いを叶えて貰いながら、所有権を失った圷秀光すら、死なずに済んだのだ。
ホワイトレイドルで魔女が封印された為、秀光は魔女に呪い殺されずに済み、命を永らえたらしいというのが、アニヒレイター研究の第一人者である、テリー博士の見解であった。もっとも、魔女に捧げる生贄として、浮浪者を殺害した事実を、魁に調べ上げられた為、秀光は逮捕され、アルカナ・グループは倒産寸前の状態に陥る羽目になった。
以上の様な結果で終わった、「アニヒレイター事件」の裏で、怪盗フォルトゥナと呼ばれる泥棒が、故意に運命の流れを捻じ曲げ、二万人が死ぬ筈の未来を消し去っていたのを、知る者の数は少ない。




