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32 グランド・フィナーレ 01

 直径三メートル程の光の円が、黒い箱の上面に浮かび上がったかと思うと、円の内部が下に抜け落ちて穴が開く。突如、ブラックボックスの屋根に、円形の穴が開いたのだ。

 穴の中からは、日本刀を手にした閻と、アニヒレイターを手にした凰稀が、飛び出して来る。閻が抜刀術で穿った穴を通り、二人はブラックボックスの屋根である屋上に、逃げ出して来たのである。

 ブラックボックスの屋上は、海からの強い潮風が吹き抜けている。髪や服の裾が、潮風にはためく中、凰稀は耳に挿しっ放しにしてある、イヤホン型の無線機を使い、ブラックボックスの周囲に待機している筈の、バックアップ要員である厳に命令を出す。

「計画通りに、天井に出た! グライダーを寄越せ!」

 ブラックボックス外に出た今、無線は通じている為、即座に厳から返答が来る。

「承知しました! お受け取り下さい!」

 その時、返事をした厳は、一キロ程南の海上でパワーボートに乗ったまま、警察の警備艇数艇と、激しい追跡劇を繰り広げていた。桜花を閻に送り届けた際、警察に存在を知られてしまったが故である。

 厳はパワーボードを操りつつ、残り一基のジャベリンを構え、ブラックボックスの屋上に狙いを定め、トリガーを引く。すると、凄まじい爆音と煙を発生させながら、ブラックボックスに向かって、ミサイルが飛んで行く。

 爆音は、イヤホンから凰稀……だけでなく閻の耳にも流れ込んで来る。思わず二人はイヤホンを外し、顔を顰めて耳を押さえる。

 放たれたミサイルは山なりの軌道を描き、ブラックボックスの屋上に落下して来る。飛んで来たミサイルの着弾を、閻は待たない。

 着弾ポイントに先回りし、屋上を蹴って宙に舞うと、鞘から抜いた桜花の刃を煌めかせ、着地する。すると、ミサイルの外殻が切裂かれ、収納されていた二本の傘の様な物が、ブラックボックスの屋上に落下する。

 閻は手に取った二本の内、赤い方を駆け寄って来た凰稀に手渡す。そして、傘を開くかの様に、手にした傘の様な物のスイッチを押して開く。すると、傘の様な物は、小型ハンググライダーに姿を変える。

 厳に送り込まれた傘の様な物は、小さく畳まれた、小型のハンググライダーだったのだ。閻に続き、凰稀もスイッチを押して、赤い小型ハンググライダーを出現させる。

 警察などに気付かれず、ブラックボックスを脱出出来れば、それで良し。だが、盗みの途中で警察などに発見され、追跡を受けた場合、外部から厳が送り込んだ小型ハンググライダーで、ブラックボックスの屋上から飛び立ち、空から逃げるというのが、今回のスリル&サスペンスの計画だったのである。

「急ごう! あのオカマのガキとかが、追いかけて来てるだろうから!」

 先にハーネスと身体を固定し終えた閻が、凰稀を急かした直後、銃声が響き、銃弾が閻のグライダーのアルミパイプを貫いて、破損する。ハーネスに身体を固定しているせいで、身体が動かし難かった為、閻は銃弾を弾き損ねる。

 銃声は続け様に、青空に響き渡る。閻のだけでなく、凰稀のグライダーのアルミパイプも撃ち抜かれ、ほんの数秒でハンググライダーは、飛行不可能な状態になってしまう。

「どういう事だ? 方向は全て別々だし、音の発生源は、近くじゃない!」

 銃声と銃弾が飛来した方向から、閻は大よそ、自分達が何処から狙撃されているのか、見当が付く。しかし、その狙撃地点は閻にとって、予想を超えた場所だった。

 追撃して来ているだろうグレアムや、ブラックボックス近辺に配備されているだろう警官達からの狙撃なら、閻も予測していた。その程度の距離からの狙撃なら、憑鬼式が使える今、狙撃される前に相手を倒すなどの対処が、閻には可能だ。

 だが、今回の狙撃は、剣士にしては桁外れの遠距離攻撃能力を持つ閻であっても、反撃不可能な距離の、様々な所から行われているだろう事を、閻は察したのである。

「――気付いているだろうが、狙撃地点は一キロ前後、此処から離れている。しかも、狙撃地点は百箇所……狙撃手の数は百人だ」

 閻には聞き覚えのある声が、背後から聞こえて来る。閻は自分と凰稀の身体を、既に役立たずとなったハンググライダーのハーネスから切り離しながら、声の主の方を振り向く。

 すると先程、自分達が出て来た大穴の傍らに立つグレアムの姿が、閻の目に映る。

「サスペンス……貴様が遠距離攻撃出来る間合いは、過去のデータから二百メートル以下だと推測される。その間合いを計算に入れた上で、魁は間合いの範囲外に、ブラックボックスを取り囲む様に、百人の腕利きの狙撃手を配置した」

 勝ち誇った様な笑みを浮かべながら、グレアムは続ける。

「現在、ブラックボックスの周囲からは、人払いがしてある。貴様達は変装も得意だからな、狙撃手が標的を間違えない様に、配慮した訳さ。ドアから逃げようが、屋上からハンググライダーで逃げようが、同じ事」

 グレアムは広げた両手で、ブラックボックスの周囲……海を挟んだ向こうにある大井埠頭、臨海副都心にあるYGCビル、東京ビッグサイトやパレットタウンなどを指し示す。

「この洒落た景色の至る所から、貴様達を狙撃手が狙い、この下らない芝居に幕を下ろす。これこそが、魁が貴様等の為に用意した、グランド・フィナーレという訳さ」

 何時の間にか、広げたグレアムの両手には、自動小銃が握られている。

「無論、グランド・フィナーレには、僕もキャスティングされている」

 グレアムに銃口を向けられた閻は、鞘を左手に、桜花の柄を右手で握り、鞘と桜花の刀身を頭上に掲げる。すると、閻の姿が蜃気楼の様に揺らめき始める。

 閻は憑鬼式を発動し、周囲に大量の気を放出したのだ。頭上からは、二本の角の様に見える気の放出も始まっている。

「そんな豆鉄砲の弾なんて、あたしには効かないよ!」

「――その様だが、スリルの方はどうかな? 魁からの指示により、これからの攻撃は、スリルを狙って行われるんだ」

 グレアムは銃口の向きを閻から凰稀に切り替えつつ、続ける。

「全ての方向からスリルに向けて降り注ぐ弾丸の雨を、全て跳ね除けて逃げ遂せるかどうか、試したければ試すがいい。もっとも、答えは決まっているがな」

「このオカマの糞ガキがッ!」

 口惜しげに、閻は言葉を吐き捨てる。反撃が不可能な状態で、百人の狙撃手から、凰稀を護りつつ逃げ遂せるのが不可能なのは、閻にも分かり切っていたのだ。

 憑鬼式は大量の気を消費する為、長時間の発動は不可能。狙撃手達の射程距離内を脱する迄、発動し続けるのは困難な上、目の前には憑鬼式の存在を知った上で、再び立ち向かってきた難敵、グレアムまでも存在している。

「一体……今回の警備に、幾らの金を使ったのよ、アイ・オブ・プロビデンスは?」

 ブラックボックスの警備システムを、最新式の物に入れ替えた上、百人の腕利きの狙撃手を雇い入れるなどという、常識的には有り得ない警備体制を敷いた魁に対し、焦りと驚き……そして呆れの入り混じった表情を浮かべながら、凰稀は言葉を漏らす。

「ハリウッドで大作映画が、シリーズで撮影出来るくらいの額ですかねぇ」

 場にそぐわない気楽な声が、凰稀の問いに答える。答えたのは、穴からよじ登り、屋上に姿を現している最中の、魁であった。

「毎度毎度、冗談みたいな大金を盗みに費やしてる、スリル&サスペンスの相手をするには、それくらいの金が必要だって、冗談半分でスポンサーのソリッド・ヒストリーに吹っかけたら、予算が通ってしまったんですよ」

 屋上に上がり切った魁は、凰稀と閻に語りかける。

「お分かりだとは思いますが、ここから貴女方が逃げ切るのは不可能。既に勝負は、詰んでいます」

 魁は紳士的な口調で、説得を続ける。

「一キロ強の距離でも、ターゲットの手足だけを撃ち抜けるレベルの、凄腕の狙撃手を揃えてるとはいえ、風などの要素もありますし、間違って貴女方……特にスリルさんが致命傷を負う可能性は、ゼロじゃ有りません」

 直後、魁の言葉に説得力を与えるかの如く、強い風が屋上を吹きぬける。魁は強風に飛ばされぬ様に、ソフト帽を手で押さえる。

「――こんな風にね。無理に勝負を続ければ、不幸な結果を招く可能性が高い。怪盗フォルトゥナは、貴女方が死ぬ未来を変える為、この事件に絡んで来たのかもしれませんよ」

「怪盗フォルトゥナ……」

 怪盗フォルトゥナという言葉は、追い込まれ……消えかけた、凰稀の闘争心という炎に、油を注いだ。諦めずに、この場から逃げ切ってやろうという意志を、凰稀は固める。

「冗談じゃない、逃げ切ってやる! 怪盗フォルトゥナまで、でしゃばって来てるってのに、こんな所で無様に捕まっていられるか!」

「つまり、あんたの願いは……こいつらに捕まらずに、無事に逃げ遂せたいって事なんだね?」

 突如、聞き覚えの無い女性の声に、凰稀は問いかけられる。焦燥と高揚が共存する、混乱状態といえる凰稀は、その声が誰の声なのか知らぬまま、答えてしまう。

「ああ、その通りだよ! この絶体絶命の危機から逃げ延びて、スリル&サスペンスの伝説に、新しいエピソードを加えてやるんだ! 怪盗フォルトゥナとプロビデンスを出し抜いて、アニヒレイターを盗み出したってエピソードをね!」

「成る程。それが今度の持ち主の願いか……いいよ、叶えようじゃないか、その願い」

 謎の声の主は、再び凰稀に問いかける。

「それで、生贄はどいつだね?」

「生贄?」

 突如、生贄という思いもしない言葉を耳にして、凰稀はようやく、異常に気付く。自分が見知らぬ誰かと、会話している事に。

「――あんた、誰よ? どこから話し掛けてんの?」

 辺りを見回すが、声の主らしき女性の姿は、屋上には無い。

「やれやれ、鈍い子だねぇ。あんたが握り締めている、剣の中だよ」

 聞き耳を立てると、確かに謎の声は、凰稀が手にしているアニヒレイターから発せられていた。凰稀は、驚きの声を上げる。

「け、剣が喋ったッ!」

「剣が喋る訳無いだろう。喋っているのは剣じゃなくて、剣に宿っている、あたしさ」

「だ、だから……あんた何者なのよ?」

「アニヒレイターに宿る精霊……魔女とも呼ばれているけどね」

 魔女を自称する者が、そう言い放った直後、アニヒレイターから黒い霧が、スプレーの様に噴出し始める。黒い霧は凰稀の傍らに集まり、人の姿を形作り始める。

 黒いローブを身に纏った、艶っぽく妖しげな女性が、姿を現す。ファンタジー映画に出て来る、魔女の様な外見の、白人の若い女性である。

「ま、こういう魔女っぽい姿を見せた方が、愚かな人間には分かり易いでしょ」

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