29 金庫室に集うキャスト達 03
「ソリッド・ヒストリーという組織が、どういった組織だか知っていますか?」
魁は京だけでなく、花果王や凰稀などにも聞こえる様な声で、問いかける。
「世界最大級の資金力を持つと言われる、慈善団体。色々と謎が多く、何らかの陰謀を企む秘密結社に違いないと、陰謀論を主張する連中も一部にいるようだが」
京はソリッド・ヒストリーに関する、一般的な認識通りの言葉を口にする。
「ま、それが常識的な答えなんでしょうが、ソリッド・ヒストリーという組織の名称に、疑問を持った事は?」
「ソリッド・ヒストリー……確実な歴史という意味か? 余り考えた事は無かったが、言われてみれば慈善団体にしては、妙な名称かもしれない」
「私が所属してる世界探偵協会は、ソリッド・ヒストリーと色々関係が深いんですが、関係の深さの割りには、余りにもソリッド・ヒストリーには謎が多いものでね。実は以前から、色々と調べていたんですよ、ソリッド・ヒストリーに関しては」
「怪盗フォルトゥナといい、色々と調べているんだな」
「ま、気になる事を調べてしまうのは、探偵の職業病みたいなもんですから」
肩を竦めて自嘲しつつ、魁は話を続ける。
「現在、ソリッド・ヒストリーと呼ばれている組織には、前身といえる組織がありました。第二次世界大戦の前まで活動していた、コレクターズという組織なんですが」
「コレクターズ……収集家達って意味か?」
「いえ、修正者達って意味の方です」
「『レ』の部分がLの連続じゃなくて、Rが連続してる方か。発音の区別が難しいな」
京の呟きに、魁は頷く。
「コレクターズという組織は、ノストラダムスの信奉者の組織だったんですよ。十七世紀頃から、ヨーロッパを中心に活動を始めた」
「ノストラダムスって……あの大外れした、大予言で有名な予言者?」
現実離れした名前が出て来たので、聞き耳を立てていた凰稀は、驚きの声を上げる。
「ええ。あのノストラダムスですよ。コレクターズは、ノストラダムスの予言を狂信していたが故、人類滅亡の未来の到来を信じていました。それ故、その未来を変える……修正する者達という意味で、コレクターズと名乗ったそうなんです」
(要するに、俺みたいな連中だった訳か、コレクターズってのは)
何仙姫が伝える不幸な未来を信じ、その未来を変えようとする自分と、魁が語るコレクターズは、似ているなと花果王は感じた。
「そして、コレクターズは未来を変える為に、組織の拡大を続けて、世界に対する影響力を強め、世界に裏から干渉し……第二次世界大戦前に、破滅の未来は避けられたという宣言を出し、組織名を改めました」
「ソリッド・ヒストリーに?」
京の問いに、魁は頷く。
「戦前までの活動により、ノストラダムスが予知した、千九百九十九年に人類が滅亡する未来は避けられたと、コレクターズは確信しました。それ故に、その後は破滅が避けられた未来の歴史を、確実なものとする為の組織として行動し始めたので、組織名を確実な歴史……ソリッド・ヒストリーにしたんでしょうね」
「――コレクターズは、千九百九十九年に人類が滅亡する未来が避けられたと、どうして確信出来たんだ?」
花果王は声を上げ、心に浮かんだ疑問を、魁にぶつけてみる。
「彼らは、ノストラダムスの予言を信じていました。つまり、予知能力を持つ人間の存在を、信じていた訳です。信じているからこそ、彼らは研究し捜し求めたんですよ、ノストラダムスの様に、予知能力を持つ人間達を」
普段なら聞く気すらしなくなるだろう、予知能力だのノストラダムスだのが出て来る、荒唐無稽な魁の話なのだが、京は真剣に耳を傾けていた。グレアムが見せた、超能力としか表現しようが無いアノマリーや、花果王のアノマリー……変身能力を実際に目にした後なので、予知能力などの話も、今の京には信じられるのだ。
「そして、コレクターズは自分達が集めた、予知能力というアノマリーを持つ者達に、未来を予知させ、ノストラダムスが予知した未来とは異なる、人類が滅亡しない未来に、運命が切り替わったのを確認したんです」
(何仙姫みたいな能力を持つ人間が、他にも……しかも、ソリッド・ヒストリーにいやがるのか!)
花果王は驚きの声を、心の中だけで上げる。
「――成る程。しかし、ノストラダムスの人類滅亡の予言が外れた今、ソリッド・ヒストリーは何の為に活動しているんだ?」
頭に浮かんだ疑問を、京は魁に問うてみる。
「ま、先程までの話は、世界中の胡散臭い文献や、怪しい研究続けてる、神秘学系の連中を調べ回った上での話なんで、それなりに根拠があるんですが、ここから先は、私の推測でしかないという前提で、聞いて下さいね」
魁の言葉に、京は頷く。
「ソリッド・ヒストリーは、確実な歴史を意味する組織名通りに、未来を彼らが知る歴史の通りに、確実に進ませる活動に専念しているんですよ、これまで通りに」
「妙な話だな、既に活動の目的は、果たしただろうに」
不思議そうに首を傾げ、京は呟く。
「彼らは未来を予知出来る、アノマリーという人材を抱え、世界の未来を……無論、限定的ではあるでしょうが、知る事が出来ます。そして、事前に察知された人類の滅亡レベルの危機を回避するのが、彼らの存在理由」
ニュース番組に出て来るコメンテーターの様に、魁は流暢に自分の推測を語り続ける。
「おそらく今現在、ソリッド・ヒストリーが知る未来に、人類が滅亡するレベルの危機は無い。それ故、彼らは彼らが知る未来……人類が滅亡しない未来に繋がる確実な歴史を、護り通そうとしているんじゃないですかね」
(成る程、要するに……今は俺の敵な訳だな。何仙姫を苦しめる未来を護ろうとしやがる、ソリッド・ヒストリーは。面白い話を聞かせて貰ったぜ)
花果王は魁の話を聞きながら、心の中で呟く。良くペラペラと喋り捲る探偵だと、少しだけ呆れながら。
「ある程度の数の人々を見殺しにしようが、人類が滅亡しない確実な未来を護ろうとしているソリッド・ヒストリーからすれば、死ぬ筈の人々を好き勝手に救い、未来を不安定にさせる怪盗フォルトゥナは、組織の存在理由を揺るがしかねない危険な存在……」
魁の言葉に、京が割り込む。
「だから、ソリッド・ヒストリーは怪盗フォルトゥナが絡んで来るだろう事件に、世界探偵協会の探偵を、次々と送り込んでいたのか」
「ええ、怪盗フォルトゥナの活動を阻止し、彼らが知る確実な未来を、守り通す為にね。要するに、彼等の依頼で日本に赴いた私の前に、怪盗フォルトゥナが姿を現したので、私は私の推測に確信を持てた訳です」
様々なルートで得た情報を分析し、自分なりに確信している推測を語り終えた魁は、深呼吸でもするかの様に大きく息をする。自分を落ち着かせるかの様に。
そして、魁は花果王に問いかける。
「――それで、怪盗フォルトゥナ……君が今、変えようとしている未来は、どんな未来なんですかね?」
(どうする?)
花果王は自問する。魁の腹づもりが読めない花果王は、とりあえず魁の腹の内を探るべく、問いかけてみる。
「その答えを知って、お喋りな探偵さんは、どうするつもりなんだい?」
「そうですねぇ……」
魁が花果王の問いに答えようとした瞬間、突如……鐘の音の如き金属音が続け様に、天井の方から響いて来る。その直後、黒く塗装された鋼鉄の板で覆われている天井に、無数の切れ目が走ったかと思うと、轟音と共に、コンクリートと鋼鉄の破片が崩れ落ちて来る。




