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03 怪盗フォルトゥナ参上 03

「――驚いたなぁ! 大統領夫人のネックレスを盗みに来たついでに、スシニャンのぬいぐるみも盗んでおこうと思ったら……」

 怪盗フォルトゥナは、左手でスシニャンのぬいぐるみを高々と掲げる。腹の裂け目から姿を覗かせる時限爆弾が、周りを取り囲んでいる者達から、見える様に。

「ぬいぐるみの腹の中に、時限爆弾が隠してあるんだもん!」

 時限爆弾の存在を視認し、周囲の者達がどよめき始める。日本語が出来るシークレットサービスが、即座に仲間に怪盗フォルトゥナの言葉を訳して伝えるので、その場にいる者達は皆、怪盗フォルトゥナが何を言っているのか、知る事が出来る。

「しかも、爆発予定時刻まで、あと十秒しか残って無いや!」

 怪盗フォルトゥナの、すっ呆けた様な言葉を聞いて、どよめいていた者達は、右往左往し始める。爆発まで間が無い時限爆弾が間近にあるという、殆ど対処しようが無い事態に、いきなり直面したのだから、彼らが狼狽するのも当然といえる。

 皆が慌てふためいている中、時限爆弾を手にしている怪盗フォルトゥナだけが、冷静さを保っていた。怪盗フォルトゥナは、時限爆弾のデジタル時計の時間が、爆発時刻に近付くのを確認しながら、残り四秒の時点で、メジャーリーグの外野手の如き見事なフォームで、スシニャンのぬいぐるみを海に向かって山なりに放り投げる。

 カントレア大橋の上から投げられたスシニャンのぬいぐるみは、見事な放物線を描きながら、強い日差しを浴びて煌めく、東京湾の水面の上を飛び続ける。そして、五十メートル程の距離を飛んだ後、時限爆弾のデジタル時計が、午後二時を表示する。

 直後、スシニャンのぬいぐるみごと、時限爆弾は弾け飛ぶ。耳をつんざく爆音と共に、大気と海面、カントレア大橋を震えさせる程の衝撃波と、大量の爆煙を辺りに撒き散らしつつ。

 爆音が収まると、人々の悲鳴や怒号が、橋の上に響き渡って大騒ぎになるが、シークレットサービスやスペシャルポリスの面々は、すぐに冷静さを取り戻し、大統領や総理大臣などの無事を確認する。爆発は橋から離れた空中で起こった為、車中の大統領や総理大臣達だけでなく、車外に出ていた警備の者達も皆が無事であり、存在をすぐに確認出来た。

 だが、その場で存在を確認されない者が、一人だけいる事に気付いたスペシャルポリスの一人が、叫び声を上げる。

「怪盗フォルトゥナの姿が見えない! 逃げたぞ!」

 その叫び声をきっかけとして、爆発のドサクサに紛れた怪盗フォルトゥナの逃亡に、橋の上にいる誰もが気付いた。橋の上にいる皆は、怪盗フォルトゥナを探し始める。

 直後、橋の上にいるスペシャルポリスのリーダーが手にしていた無線機に、上空を飛んでいる警視庁のヘリコプターの乗員から、報告が入る。橋の上にいるのは、殆どが男なのだが、このリーダーだけは、三十歳前後の女性であった。

 もっとも、リーダーの女性は並の男より背が高く、引き締まった筋肉質の身体をしている上に、オールバックにサングラス、マニッシュなダークスーツという、男性的な出で立ちのせいで、殆ど男にしか見えないのだが。顔立ちは一応、女性として整った部類であるというのに。

「吊り橋のケーブルの上に、黒装束の何者かが上がって来ました!」

 無線連絡を受けたスペシャルポリスのリーダーは、吊り橋の主塔を結ぶケーブルを見上げ、黒い人影らしき何かが、ケーブルに向かって上昇しているのを視認する。そして、即座に怒鳴り声を上げ、周囲にいる警備の面々に指示を出す。

「怪盗フォルトゥナは、ケーブルに上るつもりだ! 誰か、後を追え!」

「無理言わないで下さい、きょうさん! 人間離れした運動能力の持ち主である、怪盗フォルトゥナでもなければ、あんな高いケーブルまで上るのは、不可能です!」

 部下のスペシャルポリスが言う通り、ワイヤーの高い部分は高さ百メートルを越えるので、普通の人間には上るのは不可能に近い。忍者の如き身の軽さを誇る怪盗フォルトゥナなら、話は別なのだが。

「バカ野郎! カントレア大橋クラスの大きな吊り橋なら、あの手の主塔と主塔の間を繋いでるケーブルは、歩いて渡れるんだよ! ケーブルが垂れ下がってる部分からケーブルに上がって、奴を追うぞ!」

 強い口調で言い放つと、リーダーである京屋きょうや京は、部下を数人引き連れ、主塔と主塔の中央辺り……ちょうどケーブルが橋桁の辺りまで垂れ下がっている部分に駆け寄る。運動能力には自信があるのだろう、ひらりとケーブルに飛び乗ると、幅が一メートル強しか無いが、一応は人が通れる通路の様に、手すりが付いているケーブルの上を、京は駆け上がり始める。

 主塔に近い、高さが百メートル以上あるケーブルに、既に黒い人影らしきものは、辿り着こうとしていた。吹き抜ける強い潮風に乱れるオールバックを、拳銃を手にしていない左手で整えながら、京は駆け上がって行く。

 程無く、ケーブル上の黒い人影らしきものに、京は辿り着く。そして、黒い人影の正体を目にして、悔しげに頭を掻き毟り、オールバックの髪を乱す。

「こいつは奴が脱ぎ捨てた、運転手の服……只の囮だッ!」

 悔しげな京の言葉通り、ケーブルの上にあったのは、怪盗フォルトゥナが脱ぎ捨てた、運転手のスーツだった。スーツには細いワイヤーが繋がっていて、ワイヤーはケーブルの手すりに引っ掛けてあり、ワイヤーのもう片方が、ケーブルの下に向かって伸びていた。

 実は、ケーブルには事前に怪盗フォルトゥナにより、ワイヤーが仕掛けられていた。怪盗フォルトゥナは皆が爆発に気をとられている間に、運転手のスーツを脱ぎ捨て、橋桁はしげたまで垂れ下がっていたケーブルの一端に運転手のスーツを結び付けると、もう一端を手にして、橋桁から下りていたのである。

 すると、橋桁の下にある主塔の部分を、怪盗フォルトゥナが下りて行くにつれて、ワイヤーに結び付けられた運転手のスーツは、ケーブルに向かって上昇して行く。まるで、怪盗フォルトゥナが主塔を上っているかの様に。

 つまり、運転手のスーツを囮にするのが、怪盗フォルトゥナの策だったのだ。怪盗フォルトゥナの策を、ようやく見抜いた京は、無線機を使って、即座に皆に指示を伝える。

「下だ! 奴は橋の下に逃げた!」

 だが、京の出した指示は、既に手遅れであった。ケーブルの一端を手にした怪盗フォルトゥナは、その時既に海中にいたのである。海中に用意しておいたスクーバダイビングの道具……酸素ボンベや水中スクーターを使い、怪盗フォルトゥナは海中を逃げていたのだ。

 警察は一応、ダイバーを乗せた警備艇を数艇配備し、海上の警備も行っていた。しかし、皆が空中で起こった爆発と、囮のスーツに気をとられたせいで、怪盗フォルトゥナが海中に逃げた事に、気付かなかったのである。

 歯噛みして悔しがる京などの、警備任務に就いていた警察関係者や、命を救われた大統領一家を残して、怪盗フォルトゥナは逃げ遂せた。何の証拠も残さずに……。



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